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第二章

拠点防衛②

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 野営の準備を整えた後はやることもほとんどないまま夕方になり、やがて日が暮れた。

 夜はすっかり冷える。焚き火のそばに座り、ちびちびと野菜スープをすする。どこか懐かしい、控えめな塩の味。手に持つ器の温もりが心地いい。
 
 「はぁ~」

 深く息を吐きながら空を見上げると、なんとも言えない感動がしみじみと湧き上がってくる。
 
 この世界の夜空はいつだって綺麗だが、それでも冬の星空は格別に美しい。一目で心を奪われる。
 
 (どんな写真よりも、絵よりも綺麗だ。美術なんて興味なかったけど)

 それでもこの光景を見ていると、美術館に足を運ぶ人の気持ちがなんとなくわかったような気さえした。

 

 食事は質素だが、街から近いこともあってか、護衛実習の時より幾分もマシだった。

 一人でそんな晩飯を食べながらでそうしていると、
 
 「あ~さみぃ」
 
 今日作業を一緒にやった男がやってきて側に座った。

 「おつかれさん、隣いいか?って、もう座ってんだけどな」

 そう言ってははは、と朗らかに笑う。
 
 「今日は色々とありがとうございました」

 俺もつられて笑いながらそう言うと、

 「あん?大したこたぁしてねぇーよ」

 彼はポリポリと頬を掻いて口元を緩めた。

 「そういや、お互い名乗ってなかったな。俺はビューラーだ」

 「俺はエル...です」
 
 (危なかった、普通にエルリックって言いそうになった...。)

 「エルか、よろしくな」
 
 そう言ってビューラーは右手を差し出してきた。




 森に踏み込んで行った一団は、結局、帰ってこなかった。

 朝になり、昼を迎え、また夜が来る。交代で見張りをしながら一日を過ごす。

 他にやる事と言えば、街から運ばれてくる物資を馬車から下ろす作業や、森の浅い部分から焚き火用の枯れ枝を拾って来るくらいだ。
 薪も有限なので、なるべく節約をということだ。


 そんな日々が続き、何事もないまま四日目に突入した。

 退屈と言えばそうだし、疲れも溜まってきたが、俺はここでの日々を気に入っていた。

 
 「くそっ...またか」

 「へへっ、悪いな」
 
 俺は二日目から、日中の暇な時間はビューラーや他の冒険者とポーカーをしていた。

 この世界にもトランプがあり、しかも遊び方まで同じだった。

 他に娯楽もないので大ハマりした。

 しかし、勝てない。

 俺の銅貨が......。

 賭け金は長く楽しむために、少額でというルールでやっている。そのため金銭面では痛くも痒くもないのだが...負けるのはなんだか癪だった。

 「いやまだだ、まだ取り返せる!」

 俺はそう息巻いて、大銅貨を叩きつけた。

 「おいおい...完全にダメなやつの思考じゃねぇか」

 うるさい。

 昨日も一昨日も負け越してるんだ、今日こそは......!

 そろそろ運が回って来るに違いない。そんな確信を胸に、俺はカッと目を見開いて勝負に臨んだ。


 俺の絶叫とビューラーの笑い声が響いたのは、その十数秒後のことだった...。




 四日目その日の夜になっても、彼らは一人も帰ってこなかった。そのまま向こうで野営しつつ活動しているのだろう。

 (魔物がいっぱいいる森の中で野営するなんて、危なくないのかな?視界も悪いだろうし)

 そんなことをぼんやり考えながら見張りにつく。

 見張りは数人で円を描くように立って行い、俺は街の方を眺めていた。

 「ゴブリン、三!」

 「排除した!」

 時折魔物がやってくるので気は抜けないが、来たと思うとすぐに倒される。さすがは上級冒険者たちだ。

 ─── !

 また、反対側、森の方から声が上がった。しかし遠くて聞き取れない。

 ──だ──すぐ── !

 明らかに只事ではない。見張りをしていた冒険者が、テントを回って皆を起こしている。

 何が起きてるんだ...?

 騒ぎの元に駆け寄ると、一人の騎士が倒れていた。抱き起こした冒険者がポーションを飲ませている。

 「うっ......」

 「何があった!?」

 「も、森でモンスターに囲まれた...!大群だ。今も戦っている...!」
  

 (大変だ、助けないと...!)

 しかし走り出そうとすると後ろから肩を掴まれる。ビューラーだ。

 「下手に行きゃあ被害が広がるだけだ。一人で行ってどうする」

 「だけど!」

 夜の森が危険だということはよくわかっている。
 日本でも危ないと言われていたのに、この世界では魔物がうようよいるのだ。

 だけど...。今も戦っているのなら、早く行かなければ彼らが危ない。朝まで待っていたら、大勢が死んでしまうかもしれない。


 そんな俺の思いを読み取ったのか。
 
 「皆んなでだ。固まって行くぞ」

 「っ...ああ!」

 俺はビューラーの言葉に強く頷いた。
 
 
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