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第一章
和解
しおりを挟む翌日の早朝、俺たちは今度はフェルディナント伯爵領に向かう護衛依頼を受け、帰路に着いた。
ユーリには貴族的な事情があることを説明しつつ、かい摘んだ経緯を話してゼリルドらの同行を認めてもらった。
子爵領はもはや敵地のようなもので、二人だけで移動させてまた攫われでもしたら困るためだ。うちの領都に連れて行くのも同じ理由である。
しかし馬車に二人分の余分なスペースはなかったために、ゼリルドは三人だったイルベのパーティに組み込まれ、無事に走らされることになった。
「ほら、遅れてますよご主人様」
「はぁ、はぁ...くそっ......なんで俺がこんなこと...」
馬車から顔を出したリアが、大粒の汗と文句を垂らしながら走るゼリルドに声をかける。
応援...いや、なんというか、煽るような色が混じっているように感じるのは気のせいだろうか......?
「ふっ...日頃から鍛錬をサボってたからこうなるんですよ」
「う...、うるさい!」
普通に煽ってた。あれ、メイドなんじゃなかったの...?いいのか、これ?
しかし、そう返すゼリルドは、なんというか......言葉とは裏腹にちょっと...いや普通に嬉しそうに見える...。
その顔を見て、俺は閃いた。閃いてしまった。
(こ、こいつまさか...)
いやまて、それも当然かもしれない。
残念ながら、平民と貴族の命の価値は等しくない。それにもかかわらず、彼女が人質に取られたゼリルドは従順に従い、最終的には自ら捕らえられすらした。
つまりは、そういうことなんだろう。
だからこれは大切な人と話せて嬉しいのであって、きっと、意地悪なことを言われて喜んでいるとかそんなんじゃないはず...。
Sっ気メイドに言葉責めされて喜ぶドM貴族 ─── さすがに変態的すぎる......!
馬車に乗っている間は暇すぎて、ついついそんなことを考えてしまう。
やがて休憩時間が訪れると、四人は地面に崩れ落ちた。
「お疲れ様です。頑張りましたね」
「はぁ、はぁ...これくらい当然だ」
「汗、拭きますね。...なんだかやけに顔が赤いですね」
「な、何を言ってるんだ!」
なんとも微笑ましいというか、甘い空気だ。
─── その光景を見た瞬間、俺の心につっかえていたゼリルドへの棘が、はらりと溶け落ちていくのを感じた。
あいつへの視線が、感情が、その色を変える。
ふと、頭に浮かぶ。
─── もしも、俺があいつの立場だったなら。
─── もしも、地球にいた頃に伶奈を人質に取られて何かを要求されたなら。
(多分、俺はなんだってやっただろう)
それに、と思う。
上位貴族の長男であるゼリルドには、日本では考えられないような、横暴を押し通す権力がある。
それを鑑みれば、むしろよくあの程度で済んだものだ、と。
その日の夜。
質素な食事の後、皆が寝るためにテントなり馬車なりに入り、俺とアルフレッドの二人で焚き火を前に見張りを始めると、ゼリルドが声をかけてきた。
「少しいいか」
「うん?いいよ」
俺がそう返答するとアルフレッドは気を利かせたのか、弓を持って少し離れた木に歩いていった。
ゼリルドが隣に座る。
「俺たちのこと、お前のおかげで助かった、エルリック。......それと...悪かったな」
俺は予想していなかった言葉に一瞬驚きつつも、微笑んで口を開いた。
「ああ、別にいいよ。まあ思うところもあったけど、お前らのこと見てたら、なんていうのかな。なんかそんなのどうでもよくなった」
「そうか」
「大事にしろよ、リアのこと」
俺が少しニヤけて言うと、
「はあ?そんなんじゃねえよ」
唇を尖らせるが、声音は面白いほど柔らかい。つい笑ってしまう。
「ぷっ」
「おい」
とことん素直じゃない。その様子にさらに口元が緩む。
それから、渋るゼリルドから彼女との今までのことを聞き出していると、テントからリアが顔を出した。
「ご主人様、早くこっちに来てください。こんなこともあろうかと、寝袋を買っておきましたので」
(いつのまに...?)
ゼリルドが快哉を叫んでテントに向かう。
「よくやった!...ってなんでお前が入るんだ...?」
「買った私が使うのは当然です。ほら、一緒に寝ますよ」
「は?い、一緒にか...?」
「仕方ないでしょう、風邪を引かれたらお世話する私が困るんですから」
「いや、ご主人様とかお世話って、お前はもうクビにされただろ」
「それとこれとは別です。いいから早く入ってください」
「わかったよ......ぉ、おい、足を絡めるな...!」
「冷えてはいけませんから」
(素直じゃないのはリアもか...)
呆れながらも、テントの中から聞こえてくる二人のやりとりに、胸がじんわり暖かくなる。
けれどその暖かさの中に、無視することのできない寂しさや懐かしさを覚えて、俺は天を仰いだ。
視界いっぱいに広がったのは満点の星空だった。深い夜空を飾り付ける星々の煌めき。あまりにも美しいその光景は、穏やかに俺の心を受け止めてくれるような錯覚すら覚えさせた。
(この空のどこかに、地球はあるんだろうか─── )
そんな俺の感傷を、アルフレッドの陽気な声が振り払った─── 。
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