上 下
32 / 52
第一章

和解

しおりを挟む

 翌日の早朝、俺たちは今度はフェルディナント伯爵領に向かう護衛依頼を受け、帰路に着いた。

 ユーリには貴族的な事情があることを説明しつつ、かい摘んだ経緯を話してゼリルドらの同行を認めてもらった。

 子爵領はもはや敵地のようなもので、二人だけで移動させてまた攫われでもしたら困るためだ。うちの領都に連れて行くのも同じ理由である。

 
 しかし馬車に二人分の余分なスペースはなかったために、ゼリルドは三人だったイルベのパーティに組み込まれ、無事に走らされることになった。

 
「ほら、遅れてますよご主人様」

「はぁ、はぁ...くそっ......なんで俺がこんなこと...」
 
 馬車から顔を出したリアが、大粒の汗と文句を垂らしながら走るゼリルドに声をかける。

 応援...いや、なんというか、煽るような色が混じっているように感じるのは気のせいだろうか......?

「ふっ...日頃から鍛錬をサボってたからこうなるんですよ」

「う...、うるさい!」

 普通に煽ってた。あれ、メイドなんじゃなかったの...?いいのか、これ?

 しかし、そう返すゼリルドは、なんというか......言葉とは裏腹にちょっと...いや普通に嬉しそうに見える...。

 その顔を見て、俺は閃いた。閃いてしまった。
 (こ、こいつまさか...)
 

 いやまて、それも当然かもしれない。

 残念ながら、平民と貴族の命の価値は等しくない。それにもかかわらず、彼女が人質に取られたゼリルドは従順に従い、最終的には自ら捕らえられすらした。

 つまりは、なんだろう。


 だからこれは大切な人と話せて嬉しいのであって、きっと、意地悪なことを言われて喜んでいるとかそんなんじゃないはず...。

 Sっ気メイドに言葉責めされて喜ぶドM貴族 ─── さすがに変態的すぎる......!


 馬車に乗っている間は暇すぎて、ついついそんなことを考えてしまう。

 やがて休憩時間が訪れると、四人は地面に崩れ落ちた。
 

 「お疲れ様です。頑張りましたね」

 「はぁ、はぁ...これくらい当然だ」

 「汗、拭きますね。...なんだかやけに顔が赤いですね」

 「な、何を言ってるんだ!」

 
 なんとも微笑ましいというか、甘い空気だ。

─── その光景を見た瞬間、俺の心につっかえていたゼリルドへの棘が、はらりと溶け落ちていくのを感じた。

 あいつへの視線が、感情が、その色を変える。

 ふと、頭に浮かぶ。

 ─── もしも、俺があいつの立場だったなら。
 ─── もしも、地球にいた頃に伶奈を人質に取られて何かを要求されたなら。

 (多分、俺はなんだってやっただろう)

 それに、と思う。

 上位貴族の長男であるゼリルドには、日本では考えられないような、横暴を押し通す権力がある。

 それを鑑みれば、むしろよくあの程度で済んだものだ、と。


 
 その日の夜。

 質素な食事の後、皆が寝るためにテントなり馬車なりに入り、俺とアルフレッドの二人で焚き火を前に見張りを始めると、ゼリルドが声をかけてきた。

「少しいいか」

「うん?いいよ」
 
 俺がそう返答するとアルフレッドは気を利かせたのか、弓を持って少し離れた木に歩いていった。


 ゼリルドが隣に座る。

「俺たちのこと、お前のおかげで助かった、エルリック。......それと...悪かったな」


 俺は予想していなかった言葉に一瞬驚きつつも、微笑んで口を開いた。


「ああ、別にいいよ。まあ思うところもあったけど、お前らのこと見てたら、なんていうのかな。なんかそんなのどうでもよくなった」

「そうか」

「大事にしろよ、リアのこと」

 俺が少しニヤけて言うと、

「はあ?そんなんじゃねえよ」

 唇を尖らせるが、声音は面白いほど柔らかい。つい笑ってしまう。

「ぷっ」

「おい」

 とことん素直じゃない。その様子にさらに口元が緩む。

 それから、渋るゼリルドから彼女との今までのことを聞き出していると、テントからリアが顔を出した。

「ご主人様、早くこっちに来てください。こんなこともあろうかと、寝袋を買っておきましたので」

(いつのまに...?)

ゼリルドが快哉を叫んでテントに向かう。

「よくやった!...ってなんでお前が入るんだ...?」

「買った私が使うのは当然です。ほら、一緒に寝ますよ」

「は?い、一緒にか...?」

「仕方ないでしょう、風邪を引かれたらお世話する私が困るんですから」

「いや、ご主人様とかお世話って、お前はもうクビにされただろ」

「それとこれとは別です。いいから早く入ってください」

「わかったよ......ぉ、おい、足を絡めるな...!」

「冷えてはいけませんから」


 (素直じゃないのはリアもか...)

 呆れながらも、テントの中から聞こえてくる二人のやりとりに、胸がじんわり暖かくなる。

 けれどその暖かさの中に、無視することのできない寂しさや懐かしさを覚えて、俺は天を仰いだ。

 視界いっぱいに広がったのは満点の星空だった。深い夜空を飾り付ける星々の煌めき。あまりにも美しいその光景は、穏やかに俺の心を受け止めてくれるような錯覚すら覚えさせた。
 
 (この空のどこかに、地球はあるんだろうか─── )

 そんな俺の感傷を、アルフレッドの陽気な声が振り払った─── 。








しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

チート転生~チートって本当にあるものですね~

水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!! そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。 亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。

異世界転生したら何でも出来る天才だった。

桂木 鏡夜
ファンタジー
高校入学早々に大型トラックに跳ねられ死ぬが気がつけば自分は3歳の可愛いらしい幼児に転生していた。 だが等本人は前世で特に興味がある事もなく、それは異世界に来ても同じだった。 そんな主人公アルスが何故俺が異世界?と自分の存在意義を見いだせずにいるが、10歳になり必ず受けなければならない学校の入学テストで思わぬ自分の才能に気づくのであった。 =========================== 始めから強い設定ですが、徐々に強くなっていく感じになっております。

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

神々の仲間入りしました。

ラキレスト
ファンタジー
 日本の一般家庭に生まれ平凡に暮らしていた神田えいみ。これからも普通に平凡に暮らしていくと思っていたが、突然巻き込まれたトラブルによって世界は一変する。そこから始まる物語。 「私の娘として生まれ変わりませんか?」 「………、はいぃ!?」 女神の娘になり、兄弟姉妹達、周りの神達に溺愛されながら一人前の神になるべく学び、成長していく。 (ご都合主義展開が多々あります……それでも良ければ読んで下さい) カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しています。

転生したらドラゴンに拾われた

hiro
ファンタジー
トラックに轢かれ、気がついたら白い空間にいた優斗。そこで美しい声を聞いたと思ったら再び意識を失う。次に目が覚めると、目の前に恐ろしいほどに顔の整った男がいた。そして自分は赤ん坊になっているようだ! これは前世の記憶を持ったまま異世界に転生した男の子が、前世では得られなかった愛情を浴びるほど注がれながら成長していく物語。

処理中です...