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二章:キトア
16 スキル習熟
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「剣技? あんた魔術師だろ?」
いつだったか。ウィザードとして近接戦闘を極めようと思い立って、行き詰った挙句に魔法剣士の知り合いに手解きをお願いしたのは。
「いや、面白いとは思うけど……だったら職業変えたほうがラクじゃないか? その戦い方ならルーンフェンサーとか合ってると思うけど」
どうしても魔法だけで戦いたかった。でもウィザードの先駆者には私みたいなプレイスタイルの人はいなかった。奇特だって言われた。
「基本のスキルは見て試して身体で覚えれば使えると思う。スキルって言っても剣を振るだけだからな。ただ、問題はステ振り……あんたMAG極だろ?」
攻撃型の魔術師の宿命。攻撃力を求めるならば、必然的に要求されるステータス。
彼の言う通り、私はMAG極だった。残りは詠唱速度に関わってくるDEXやINT。守りは一切考えていない。
「そこがそもそも致命的なんだよな。いや、結果としてMAGは必要になるからいいんだけどな。後衛のステータスで前衛の仕事をやろうとしてるのがな。DEXは多少振ってるからともかくAGIなんてほとんど振ってないだろ? VITもだな。耐久力がゴミ過ぎて一発掠っただけでダウンってのは前衛としてダメだ」
「うーん。無理ですかね?」
「やれるかどうかは置いといて、攻撃自体は当たらなければどうということはないからな。ゲームの仕様上、どんなに防御力を上げてもダメージを食らい続ければやられるけど、回避する分はいくらでもノーダメージだからな。そう……例えば、速度上昇系のスキルを極限まで追求して、全部の攻撃を避けるならワンチャン」
「んー……ちょっとだけスキルツリーを変更するのも手ですかね」
「ああ、待て。ツリーを変えるならいっそ全部変えろ。その仕様で行くんだったら範囲魔法のツリーは取るだけ邪魔だ。つか、スキルポイントが足りねえ」
「それしたらウィザードとしてパーティー組めなくなりますよね?」
「いいんじゃねえか? あくまで前衛職としての役割が機能するって前提の話だろ?」
「それも……確かにそうですね」
「いっそステータスも変えちまえ。MAG極のAGI型。奇特過ぎて同じパーティーに入れたくねえなそんなやつ、はは」
結局私は、彼が冗談でアドバイスした奇特なビルドに落ち着いた。意外としっくりきた。前より戦闘がラクになって、ウィザード専用の最難関IDを一人でクリアした。馬鹿じゃねーの、と彼には草を生やされた。大草原だったなあ。
それでも、まだ納得はしていなかった。確かに十分に戦えていた。でも、少し違う。別に高みを目指した訳じゃない。ただ、少し、あと少し何かが欲しいと感じていた。
それは速さでも攻撃力でもない。
ただ、何かが足りないような気がして、私はずっと探していた。
************************
風が泣いている。
なんて唐突に呟いたらこの世界の人はどんな反応をするだろうか。
ちなみにアルナミアさんには「魔海に風の精霊はいないわよ?」って真顔で返された。思わずきょとんとして顔を真っ赤にするタイミングを失った。
それはさておき、実践です。実戦じゃないよ?
私は今キトア郊外の海岸線に来ています。海水浴じゃなくて魔術の試し打ちです。そもそも魔海の海は不純な魔力の闇鍋状態だから間違っても飛び込んだり落ちたりするんじゃないぞってニルギルスさんに釘を刺された。それって魚とか大丈夫なんですかねって訊ねたら焼けば食えるだろって真顔で返された。なんでも火を通せば大丈夫って考えは、まあ同意しなくもないけどそんなんでいいのかな不純な魔力とやらの扱い。
ってことはお刺身は割と真面目にやばい部類なのかもしれない。生食の話を聞くまでは食べないようにしよう。人柱は嫌だね。
話が逸れた。魔術の試し打ちです。目標はあちらの大きな漂木。魔海の水をたっぷり吸収してあちこち腐ってますね。腐ってる理由はそれだけじゃなさそうだけど。
無詠唱で薙刀を形成する。表面は滑らか、刃は鋭い。
何度かやってるうちに気づいたんだけどこの氷の刃、杖がなくても出るんです。それも刃どころか現物が出てくる。氷の鎌も双剣も、意匠はともかくちゃんと出せた。
これなら杖なんて要らなくない?とも思ったんだけど、杖を通して形成する方が耐久性や精密性、あと展開速度も素手より上だから、基本は杖を使った方がよさそうだ。
さて。で、とりあえず素手で生成したこの氷の薙刀ですがコイツは関係ありません。確認のために出しただけで実践はここからなんですよね。
さっきは無詠唱でやって失敗したから、今度は詠唱付きでやってみよう。
でもこの詠唱ってのがよく分かんないんだよね。仕様書には設定する項目とか無かったから必要ないものとして考えてたけど、唱えてみると明らかに魔術のレベルが数段ランクアップする。スキルレベルが上がるぐらいの印象かな。総じて効率とか威力の上昇。それに呪文?も何でもよかった。ただ、適当なものや畑違いな文言だと無詠唱と大差ないように感じたから、何か法則性があるんだろう。私はとりあえず日本語で詠唱してる。スキル名とか混じってるけど気にしない。
「――“魔力刃”、“氷属性付与”」
左手を頭上にかざす。中空で氷の刃が生成される。
ただし、刃だけ。薙刀の形でもない。剥き出しの刀身と言えば分かりやすいか。
「――“射出”」
氷の刃が漂木に突き刺さる。ここまではおっけー。苦戦しているのはここから。
「――“氷華散月晶”!」
スキル名だから中二病的なネーミングは許して。ちなみに私のネーミングセンスもだいたいこんなもん。これだから自分の名前もあの子の名前もアルナミアさんに託したんです。
漂木への直撃と同時に魔力を一斉に解き放つイメージを込める。ゲーム内では周囲のマナを取り込んで対象を内側から串刺しにする氷属性のスキルなんだけど。
漂木に突き刺さった氷の刃は沈黙。なんにも起きない。反抗期かよ。
近接戦闘じゃないじゃないかって? 元々私はウィザードですよ。本職を全うしているだけです異論は認めません。
ふむ。何が問題なんでしょうね。
ゲーム内では着弾したら自動的に串刺しの多段攻撃が展開されてた訳だけどここ異世界だしな。
うーん。分かんない。こうやって魔術を行使してはいるけど理解とは程遠い過程を経て扱っているんだよね。説明書を見て「そういうものかー」って使ってるようなもの。こういう説明書にない使い方についてはなんの保障もされてない。
だから、ぶっちゃけ何が原因なのかそもそも分からないし、なんでこういう現象が起きるのかも分かってない。
魔法書の他に仕様書を取り込んだおかげで使えてる節があるからなあ。今後、魔法書を手にする機会があったとしても、仕様書っていうか説明書も一緒に取り込まないと使えない可能性は十分にある。今思うとニルギルスさんってめちゃくちゃ親切な人だったんじゃないか。魔術師としてだけど。
「――“氷華散月晶”」
もう一度やってみる。うん。出ないなー。
「面白いことをやっているね」
声がした。男の声。
「珍しい魔術だ。見たことがない、これは君が考えた術式かい?」
赤髪、隻眼。ローブに杖。いかにも魔術師っぽい見た目の男だった。額に一本突き出るような角があるから魔族か。
一応容姿を評価しておくと、上の上。モデルかってレベルのイケメン。
ただそれだけなんだけどね。
「今のところは私しか使っていないと思います」
「すごい。見たところまだ子供なのに術理を理解して構築するなんて。ああ、ごめんね。僕はエルネスタ・ミィーディス。見ての通り魔術師だ」
「あ、どうも」
「お名前を伺っても?」
あー、うん。常識的に考えてそうだよね。でも名乗る名前がないんですよね。
「――っと、これは失敬。見ず知らずの女性に名を訊ねるなんて失礼ですよね。ごめんなさい。口説こうとかそういった考えではありませんので、ご安心を」
「あ、はい」
うん。ちょっと安心した。そして名乗られたのに無言の私の方が失礼だと思います。ごめんなさい。
「見たところ氷属性の魔術……のようですが、この刃のような造形はどのように?」
「えっと。斬撃属性の付与ってことで一応」
「斬撃……属性?」
おっと。思わずゲームのノリで説明してしまった。
「ああ、えっと……」
「つまり剣撃を形象……属性として反映させた、ということですか?」
あれ。意外とすんなり分かっちゃったみたい。
「そう、ですね。そんな感じです」
「形象……想像を属性として魔術に適応させる……そんなことが……」
ぶつぶつと何かを呟きながら、彼……エルネスタさんが漂木へ杖を向ける。
「こうでしょうか……ああいえ、違いますね……でしたら、こう……?」
試行錯誤しているのか、ああでもないこうでもないと杖を回したり身体をよじったりとおかしなことになっている。
ややあって出来上がった氷は、なんというか普通の氷だった。凸凹していて丸いとも四角いとも言えない塊。
「これは、難しいですね。あなたはさぞ術理に長けたお方のようだ」
「私なんてひよっこですよ。お目汚ししたみたいでお恥ずかしい限りです」
「これほどの術を行使してもなお謙虚な姿勢……上には上がいるということですね。尊敬します」
いるにはいるけどその龍は尊敬に値しませんね。私の中では。
「……先程は口説こうといった考えはないと申し上げましたが、少々気が変わりました」
おっと。男はノーセンキューですよ私。
エルネスタさんがポケットから何かを取り出す。かーど?
「よろしければ、連絡先の交換をお願いしたいのですが」
なんだろう。名刺みたいだけど。冒、険……冒険者証?
「これは、何でしょうか」
「え」
「え?」
「あ――これはまた失礼を。人間の方でしたので、てっきりお持ちになっているとばかり」
あれか。冒険者の免許証的なやつだろうか。住民票とかだったら笑えない。私はそんなの持っていない。
というかいたのか冒険者。もしかしたらギルド的なやつもあるのかもしれない。
「すみません。私あまり世間を知らなくて、そういったものがあるのも初めて知りました」
「いえいえ。これは冒険者証。ありとあらゆる町や村で寄せられる依頼を引き受けることを許可する……免許? のようなものです」
まんまだった。なるほど冒険者証ね。さしずめギルドカードってところか。
ちょっと欲しいな。
「それは、どちらへ行けば手に入るのでしょうか」
「交換していただけるのですか!」
「ふぇっ?」
「あ――失礼、また僕ってやつは……早まりすぎだ」
なんだろう。この人意外と面白い人かもしれない。
「ほんとすみません。冒険者証は、各町にある冒険者統括組合で発行しています。キトアでも発行できますよ」
ほう。組合。やっぱりあったのかギルド。
「よろしければ案内いたしましょうか?」
「よろしいんですか」
「いえ、僕でよければ喜んでご一緒させていただきましょう」
口上がナンパのそれにしか聞こえないんだけど、この人が言うとそうは見えないな。不思議だ。
しかし、困った。発行するってことは登録されるってことだ。私、まだ名無しなんだよね。
「あの、とてもありがたい申し出なのですが、少々事情がありまして」
「ああいえ! 不都合があるのでしたら大丈夫です! ご縁が無かったと思い諦めます」
なんと潔い。ちょっと、うん、ちょっとだけなら付き合ってあげてもいいかな。冒険者証を貰うって意味で。
「私、西海の魚眼亭で宿を取っているんですが、よろしければ遊びに来てください。あまりおもてなしなどは出来ませんが」
「そん――ッ……本当に申し訳ない。口説こうなどと、そういった気持ちは本当になかったのですが、気を使わせてしまったようで、本当に申し訳ない!」
やばい。この人謙虚すぎるよ。好感度だだ上がりですよ。人としてなら好きになれそうだ。
「西海の魚眼亭、ですね。分かりました。機会があれば、伺います!」
「そのときは是非ともご案内をよろしくお願いしますね」
「はい!」
るんたったーって感じのスキップでエルネスタさんは去っていった。表情がころころ変わる人だったな。なんかこう、ちょっと小動物的な雰囲気を感じた。好青年でしたよ、ええ。
さて。氷華散月晶の方もなんか駄目みたいだし、私もそろそろ帰りますか。幼女が心配だし。
ニルギルスさん、いい加減戻って来ないかな。どこに行ってるんだろうか。
いつだったか。ウィザードとして近接戦闘を極めようと思い立って、行き詰った挙句に魔法剣士の知り合いに手解きをお願いしたのは。
「いや、面白いとは思うけど……だったら職業変えたほうがラクじゃないか? その戦い方ならルーンフェンサーとか合ってると思うけど」
どうしても魔法だけで戦いたかった。でもウィザードの先駆者には私みたいなプレイスタイルの人はいなかった。奇特だって言われた。
「基本のスキルは見て試して身体で覚えれば使えると思う。スキルって言っても剣を振るだけだからな。ただ、問題はステ振り……あんたMAG極だろ?」
攻撃型の魔術師の宿命。攻撃力を求めるならば、必然的に要求されるステータス。
彼の言う通り、私はMAG極だった。残りは詠唱速度に関わってくるDEXやINT。守りは一切考えていない。
「そこがそもそも致命的なんだよな。いや、結果としてMAGは必要になるからいいんだけどな。後衛のステータスで前衛の仕事をやろうとしてるのがな。DEXは多少振ってるからともかくAGIなんてほとんど振ってないだろ? VITもだな。耐久力がゴミ過ぎて一発掠っただけでダウンってのは前衛としてダメだ」
「うーん。無理ですかね?」
「やれるかどうかは置いといて、攻撃自体は当たらなければどうということはないからな。ゲームの仕様上、どんなに防御力を上げてもダメージを食らい続ければやられるけど、回避する分はいくらでもノーダメージだからな。そう……例えば、速度上昇系のスキルを極限まで追求して、全部の攻撃を避けるならワンチャン」
「んー……ちょっとだけスキルツリーを変更するのも手ですかね」
「ああ、待て。ツリーを変えるならいっそ全部変えろ。その仕様で行くんだったら範囲魔法のツリーは取るだけ邪魔だ。つか、スキルポイントが足りねえ」
「それしたらウィザードとしてパーティー組めなくなりますよね?」
「いいんじゃねえか? あくまで前衛職としての役割が機能するって前提の話だろ?」
「それも……確かにそうですね」
「いっそステータスも変えちまえ。MAG極のAGI型。奇特過ぎて同じパーティーに入れたくねえなそんなやつ、はは」
結局私は、彼が冗談でアドバイスした奇特なビルドに落ち着いた。意外としっくりきた。前より戦闘がラクになって、ウィザード専用の最難関IDを一人でクリアした。馬鹿じゃねーの、と彼には草を生やされた。大草原だったなあ。
それでも、まだ納得はしていなかった。確かに十分に戦えていた。でも、少し違う。別に高みを目指した訳じゃない。ただ、少し、あと少し何かが欲しいと感じていた。
それは速さでも攻撃力でもない。
ただ、何かが足りないような気がして、私はずっと探していた。
************************
風が泣いている。
なんて唐突に呟いたらこの世界の人はどんな反応をするだろうか。
ちなみにアルナミアさんには「魔海に風の精霊はいないわよ?」って真顔で返された。思わずきょとんとして顔を真っ赤にするタイミングを失った。
それはさておき、実践です。実戦じゃないよ?
私は今キトア郊外の海岸線に来ています。海水浴じゃなくて魔術の試し打ちです。そもそも魔海の海は不純な魔力の闇鍋状態だから間違っても飛び込んだり落ちたりするんじゃないぞってニルギルスさんに釘を刺された。それって魚とか大丈夫なんですかねって訊ねたら焼けば食えるだろって真顔で返された。なんでも火を通せば大丈夫って考えは、まあ同意しなくもないけどそんなんでいいのかな不純な魔力とやらの扱い。
ってことはお刺身は割と真面目にやばい部類なのかもしれない。生食の話を聞くまでは食べないようにしよう。人柱は嫌だね。
話が逸れた。魔術の試し打ちです。目標はあちらの大きな漂木。魔海の水をたっぷり吸収してあちこち腐ってますね。腐ってる理由はそれだけじゃなさそうだけど。
無詠唱で薙刀を形成する。表面は滑らか、刃は鋭い。
何度かやってるうちに気づいたんだけどこの氷の刃、杖がなくても出るんです。それも刃どころか現物が出てくる。氷の鎌も双剣も、意匠はともかくちゃんと出せた。
これなら杖なんて要らなくない?とも思ったんだけど、杖を通して形成する方が耐久性や精密性、あと展開速度も素手より上だから、基本は杖を使った方がよさそうだ。
さて。で、とりあえず素手で生成したこの氷の薙刀ですがコイツは関係ありません。確認のために出しただけで実践はここからなんですよね。
さっきは無詠唱でやって失敗したから、今度は詠唱付きでやってみよう。
でもこの詠唱ってのがよく分かんないんだよね。仕様書には設定する項目とか無かったから必要ないものとして考えてたけど、唱えてみると明らかに魔術のレベルが数段ランクアップする。スキルレベルが上がるぐらいの印象かな。総じて効率とか威力の上昇。それに呪文?も何でもよかった。ただ、適当なものや畑違いな文言だと無詠唱と大差ないように感じたから、何か法則性があるんだろう。私はとりあえず日本語で詠唱してる。スキル名とか混じってるけど気にしない。
「――“魔力刃”、“氷属性付与”」
左手を頭上にかざす。中空で氷の刃が生成される。
ただし、刃だけ。薙刀の形でもない。剥き出しの刀身と言えば分かりやすいか。
「――“射出”」
氷の刃が漂木に突き刺さる。ここまではおっけー。苦戦しているのはここから。
「――“氷華散月晶”!」
スキル名だから中二病的なネーミングは許して。ちなみに私のネーミングセンスもだいたいこんなもん。これだから自分の名前もあの子の名前もアルナミアさんに託したんです。
漂木への直撃と同時に魔力を一斉に解き放つイメージを込める。ゲーム内では周囲のマナを取り込んで対象を内側から串刺しにする氷属性のスキルなんだけど。
漂木に突き刺さった氷の刃は沈黙。なんにも起きない。反抗期かよ。
近接戦闘じゃないじゃないかって? 元々私はウィザードですよ。本職を全うしているだけです異論は認めません。
ふむ。何が問題なんでしょうね。
ゲーム内では着弾したら自動的に串刺しの多段攻撃が展開されてた訳だけどここ異世界だしな。
うーん。分かんない。こうやって魔術を行使してはいるけど理解とは程遠い過程を経て扱っているんだよね。説明書を見て「そういうものかー」って使ってるようなもの。こういう説明書にない使い方についてはなんの保障もされてない。
だから、ぶっちゃけ何が原因なのかそもそも分からないし、なんでこういう現象が起きるのかも分かってない。
魔法書の他に仕様書を取り込んだおかげで使えてる節があるからなあ。今後、魔法書を手にする機会があったとしても、仕様書っていうか説明書も一緒に取り込まないと使えない可能性は十分にある。今思うとニルギルスさんってめちゃくちゃ親切な人だったんじゃないか。魔術師としてだけど。
「――“氷華散月晶”」
もう一度やってみる。うん。出ないなー。
「面白いことをやっているね」
声がした。男の声。
「珍しい魔術だ。見たことがない、これは君が考えた術式かい?」
赤髪、隻眼。ローブに杖。いかにも魔術師っぽい見た目の男だった。額に一本突き出るような角があるから魔族か。
一応容姿を評価しておくと、上の上。モデルかってレベルのイケメン。
ただそれだけなんだけどね。
「今のところは私しか使っていないと思います」
「すごい。見たところまだ子供なのに術理を理解して構築するなんて。ああ、ごめんね。僕はエルネスタ・ミィーディス。見ての通り魔術師だ」
「あ、どうも」
「お名前を伺っても?」
あー、うん。常識的に考えてそうだよね。でも名乗る名前がないんですよね。
「――っと、これは失敬。見ず知らずの女性に名を訊ねるなんて失礼ですよね。ごめんなさい。口説こうとかそういった考えではありませんので、ご安心を」
「あ、はい」
うん。ちょっと安心した。そして名乗られたのに無言の私の方が失礼だと思います。ごめんなさい。
「見たところ氷属性の魔術……のようですが、この刃のような造形はどのように?」
「えっと。斬撃属性の付与ってことで一応」
「斬撃……属性?」
おっと。思わずゲームのノリで説明してしまった。
「ああ、えっと……」
「つまり剣撃を形象……属性として反映させた、ということですか?」
あれ。意外とすんなり分かっちゃったみたい。
「そう、ですね。そんな感じです」
「形象……想像を属性として魔術に適応させる……そんなことが……」
ぶつぶつと何かを呟きながら、彼……エルネスタさんが漂木へ杖を向ける。
「こうでしょうか……ああいえ、違いますね……でしたら、こう……?」
試行錯誤しているのか、ああでもないこうでもないと杖を回したり身体をよじったりとおかしなことになっている。
ややあって出来上がった氷は、なんというか普通の氷だった。凸凹していて丸いとも四角いとも言えない塊。
「これは、難しいですね。あなたはさぞ術理に長けたお方のようだ」
「私なんてひよっこですよ。お目汚ししたみたいでお恥ずかしい限りです」
「これほどの術を行使してもなお謙虚な姿勢……上には上がいるということですね。尊敬します」
いるにはいるけどその龍は尊敬に値しませんね。私の中では。
「……先程は口説こうといった考えはないと申し上げましたが、少々気が変わりました」
おっと。男はノーセンキューですよ私。
エルネスタさんがポケットから何かを取り出す。かーど?
「よろしければ、連絡先の交換をお願いしたいのですが」
なんだろう。名刺みたいだけど。冒、険……冒険者証?
「これは、何でしょうか」
「え」
「え?」
「あ――これはまた失礼を。人間の方でしたので、てっきりお持ちになっているとばかり」
あれか。冒険者の免許証的なやつだろうか。住民票とかだったら笑えない。私はそんなの持っていない。
というかいたのか冒険者。もしかしたらギルド的なやつもあるのかもしれない。
「すみません。私あまり世間を知らなくて、そういったものがあるのも初めて知りました」
「いえいえ。これは冒険者証。ありとあらゆる町や村で寄せられる依頼を引き受けることを許可する……免許? のようなものです」
まんまだった。なるほど冒険者証ね。さしずめギルドカードってところか。
ちょっと欲しいな。
「それは、どちらへ行けば手に入るのでしょうか」
「交換していただけるのですか!」
「ふぇっ?」
「あ――失礼、また僕ってやつは……早まりすぎだ」
なんだろう。この人意外と面白い人かもしれない。
「ほんとすみません。冒険者証は、各町にある冒険者統括組合で発行しています。キトアでも発行できますよ」
ほう。組合。やっぱりあったのかギルド。
「よろしければ案内いたしましょうか?」
「よろしいんですか」
「いえ、僕でよければ喜んでご一緒させていただきましょう」
口上がナンパのそれにしか聞こえないんだけど、この人が言うとそうは見えないな。不思議だ。
しかし、困った。発行するってことは登録されるってことだ。私、まだ名無しなんだよね。
「あの、とてもありがたい申し出なのですが、少々事情がありまして」
「ああいえ! 不都合があるのでしたら大丈夫です! ご縁が無かったと思い諦めます」
なんと潔い。ちょっと、うん、ちょっとだけなら付き合ってあげてもいいかな。冒険者証を貰うって意味で。
「私、西海の魚眼亭で宿を取っているんですが、よろしければ遊びに来てください。あまりおもてなしなどは出来ませんが」
「そん――ッ……本当に申し訳ない。口説こうなどと、そういった気持ちは本当になかったのですが、気を使わせてしまったようで、本当に申し訳ない!」
やばい。この人謙虚すぎるよ。好感度だだ上がりですよ。人としてなら好きになれそうだ。
「西海の魚眼亭、ですね。分かりました。機会があれば、伺います!」
「そのときは是非ともご案内をよろしくお願いしますね」
「はい!」
るんたったーって感じのスキップでエルネスタさんは去っていった。表情がころころ変わる人だったな。なんかこう、ちょっと小動物的な雰囲気を感じた。好青年でしたよ、ええ。
さて。氷華散月晶の方もなんか駄目みたいだし、私もそろそろ帰りますか。幼女が心配だし。
ニルギルスさん、いい加減戻って来ないかな。どこに行ってるんだろうか。
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