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一章:龍の墓場

4 墓荒らし

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 骨、骨、骨。龍の墓場って名前の通り、しみったれた場所だと思った。
 大地も、大気も、ついでに言えば魔力だって死んでいる。ほとんど無いも同然の気迫な魔力濃度。ウェグニア不毛の群島と言われるだけはある。実際は不毛どころか無毛だ。毛なんて抜け落ちるだろうね。こんなところ。

 短角を紫色の髪の合間から二本生やした魔族の少女アルナミア・イミードは、背嚢を支える手とは逆の手で握りしめている物体に術式で指令を出す。

 ――“帰せよ、失われる都度に満たせ”。

 緑色半透明の球体が淡く光を放って魔力を放出する。光の粒が一筋の線となり、彼女の全身を覆う。

 ――魔導具、満たされる盃イーズイーサミオ

 所有者の魔力を補充する目的で開発された魔導具。従来の魔石による魔力供給と一線を画す魔力貯蔵量と供給量を誇り、それに見合った法外な値段で取引されている裏の代物。それの改造に改良を重ねた試作四号。何と言っても特筆すべきは、やはり魔力貯蔵量。魔海の首都であるオスニア=ヘルメクスの年間魔力消費量のおよそ五倍だ。そのおかげで龍毒と付随する呪術をこうやって強引に無効化しながら活動できる。
 我ながら無茶するもんだ。金銭的にも肉体的な意味でも。
 おかげで向こう数年は魔海の裏社会に顔も出せないような酷い立ち回りを演じる羽目になった。それでも、この計画を成功させるためには必要なことだと割り切ったし、仲間も納得してくれた。

 ウェグニア最西端の港町を出発し、龍毒塗れの群島を抜け、やっとたどり着いたこの島。龍の墓場。
 正直、いつ死んでもおかしくないと思う。魔導具があるおかげで魔法障壁と各種呪術への対抗術式を何層にも重ね掛けして常時展開してはいるが、それでも完璧じゃなかったのかある程度は貫通している。油断をすればこれら全てを一身に受けて即死だろう。
 龍毒を防げているのは僥倖だった。呪術もほとんどは軽減されている。ただ、一部が減衰することなく届いていた。墓場に着いてから身体が熱くて仕方ない。恐らく熱病系の呪術だろうが、そんな程度のものでよかった。

 前を見る。本当に骨しか見当たらない。大戦の末期に地上で討ち取られた龍族の亡骸を集めて運び込んだらしいが、なんだってそんなことをする必要があったのか。ほっとけば大勢の人間が勝手に死んだのに。手間も省けて大戦だってラクになった筈。余計なことをしてくれたものだ。この骨も、あの骨も。地上に転がしときゃよかったのに。

 っと、集中。障壁は常に綿密に濃密に維持する。

 汗のせいでじっとりと重くなってきた服が忌々しく感じる。龍毒対策に自律型の障壁を展開する物を着込んできたが、今のところは必要になっていない。欲張って三着も重ね着したのが悪かった。この分なら一着でも安心できたかもしれない。
 代謝の煩わしさに気分が滅入る。そんなことも言ってられないか。

 龍を手懐ける。最高なのは卵を持ち帰る。それがあたしの任務だ。 

 魔海に一般的に伝わっている龍の墓場の話が二つある。

 一つ、龍族の安らかなる棺桶。
 一つ、龍族の新たなる誕生の島。

 前者の意味はそのまま。戦争で犠牲になった龍の墓場として使われている。
 後者の意味もそのまま。もともとは龍族が子を成すために使っていた土地だ。大戦の前まではこっちが常識だった。

 大戦の末期に馬鹿やって同胞の亡骸をかき集めたらしい本人が管理しているとも、世代交代しているとも噂されている。信憑性はないとも思った。でも、そうじゃないと説明出来ないことがあった。

 まず、大戦終結以後、龍族の姿を見なくなった。それまである程度の少数の龍族は島に帰らず子を成したり、また寿命を全うした例があった。
 その話がぱたりとやんだ。皆いなくなってしまった。
 一度だけ、前魔王の元に代表の龍が現れ、金輪際他種族の前で龍は姿を見せないと明言したそうだ。公には出ていない裏の情報というやつ。あたしもつい最近知ったばかり。
 そしてこっちが本命。龍としては姿を見せないが、人の姿で各地に現れているらしいとの情報。
 それが本当なら、特定して、接触さえ出来れば話し合う機会もあるのではないか。
 そう考えたあたしだが、接触までには至らなかった。
 二年前に見つけた、あの黒い長髪の人間の姿をした龍。実に巧妙に魔術攪乱を利用してあたしの追跡を妨害した。龍族が魔術を使うなんて思いもしなかった。言い訳でしかないけれど、とても高度な術式を編んでいたように見えた。少なくとも、あたしよりは魔術師として上だね。
 その龍が、ウェグニアで消息を絶った。正確には、あたしたちの監視網から消えた。目と鼻の先で。突然に。
 陸路は完全に見張っていた。街道も、荒野も、全部。そのうえで、消えた。
 見張っていなかったのはウェグニア不毛の群島。その経路だけだった。

 そして確信を得たあたしは今ここに来ている。
 あいつが管理者か世代交代した龍だか知らないけど、必ず見つけて説得してみせる。
 そう。

 再び人間共に血の海を見せるために。



   ************************



 二日か三日か。歩き続けてここが広大な墓場だということを身体で実感した。
 本当に骨しかない。かつての龍の亡骸。それが島全域を埋め尽くしている。
 余計なことをとは言ったけど、地上から彼ら全員の亡骸をこうやって運んできたというのは、驚嘆に値する。途方もない労力だ。単純な距離だけとっても。
 極稀に人骨が混じっているのは、どの龍かが絶命間際に食い散らかした人間の成れの果てだろう。龍毒に侵された装備品もしばしば見つかった。
 鑑定する程の目利きは効かない。けど、大層強力な魔術や呪術が付与されているのだろう。朽ち果て武器としての役割からも、見た目からも乖離した存在になり果ててなお、そういった魔力を残しているのだから。
 こういうのが地上に無数にあふれていた時代。魔海大戦とはそれほどまでに血で血を洗う戦いだった。全ては母の代で起きたことだけど、あたしはそれを聞かされていた。我が身に起こったことのように、人間に殺意を抱くほどには。

 背嚢の中でごろん、と蠢く。
 その感触を背中に受けて、あたしの顔がにやける。
 本当にツイていたと思う。闇雲に歩き回ったその先で、生きている龍の卵を見つけた。状態は完璧。産み落とされて何年物かは分からないけど、そう遠くないうちに孵化するのは間違いない。大当たりも大当たりだった。これなら仲間も諸手を挙げて出迎えてくれる。

 生の龍に出くわさなかったのが幸か不幸かは分からないが、出会わなかったのはよかったと思う。むしろ出会って欲しくない。帰りのことも考えると余計な戦いはしたくないから。

 また顔がにやけた。だってしょうがないじゃない。それぐらい嬉しいんだから。

 それに、未だ生命の気配は感じられない。今日はどのくらい歩いただろう。既に半日は経っている筈。結構歩いたなあ。

「……?」

 不意に何かを感じた。耳鳴りのように甲高い……音?

「――ッ!?」

 察知された! そう気づいて背嚢をその場に置いて臨戦態勢に入る。

 この音は、彼の龍が獲物を探る際に放つ第三の目。

 ――音鳴り。

 視界に頼らず音だけで周辺の地形も含め全てを把握する能力。
 大物だ。あの龍、まさかこんな大物だったなんて。余計な戦いとか言ってられない。絶対に欲しいと思った。

「“開放”。“其は終焉を迎えし骸”、“蘇は新たなる糧”」

 この場所で、龍の墓場で戦うことを念頭に、念入りに、十全に準備してきた術式を起動する。
 負けてやる気はない。勝つ気は、ぶっちゃけないけど、一方的に蹂躙されて話すら出来ないってのだけは何としても避ける。そのための準備。

 姿が見えた。

 予想通り、あの黒髪の人型をした――

「その身を墓標に死して償え俗物がァああああああああああああああああ!」
「ッ!?」

 人の姿は見えた。見えた瞬間、あたしの身体は宙を舞っていた。
 攻撃されたのだと気づいたのは、展開していた対物理障壁が七枚全て破壊されたのを見てから。
 辛うじて貫通はない。でも、あまりにも速い。

「――“帰せよ、失われる都度に満たせ”!」

 すぐさま魔力を補充し、障壁を何枚か展開しなおす。
 なにがおきたの? なにをされたの? 全く見えなかった。魔術の起点も、攻撃の動作も。
 着地したとき既に龍は詠唱を終えていた。万難など力づくで打ち崩してくれるといった形相で。

 その瞬間、あたしの思考は一瞬で逃走を選んだ。

「“爆ぜよ”」

 背嚢を掴み魔力を振り絞って背面に全ての障壁を集中させる。
 直後、後方から視界を塗りつぶすような光芒が炸裂する。対熱障壁も対物理障壁もほとんど全て破壊されて身体が焼ける。

「ああ、あああああああああああああああああああああああ?!」

 痛みで視界が眩む。治癒……いや、そんな暇がない。軽毒、感覚麻痺を付与。
 逃げなければ。太刀打ち出来る相手ではなかった。
 例え龍の墓場でないどこかで相手をしていても、恐らく結果はおろか過程すら変わらない。
 一方的に蹂躙されて終わり。それが、すぐ後方であたしを見ている。

「“爆ぜよ”」
「“守れクレット”!」

 再度、背後で炸裂する光芒。それを、地面からせりあがった骨という骨の壁が防いだ。
 障壁の展開も間に合ってない状況で、何とか詠唱を挟み込めたのは、もう奇跡かな。

 逃げるだけじゃただの的になる。出し惜しみも燃費も考えていられない。せっかくなら使ってやる!

「“起点開放”、“術式・纏わりつく怨鎖”!」

 濛々と立ち込める黒煙の向こうにいる龍へ対象を絞る。魔力半分……いや、ほとんど全損してでも叩き込まなければと思った。最低限の龍毒対策の分を残してすぐに補充すればいい。

 足元の骨が音を立てて凝縮される。砕け、結合し、周囲の骨を巻き込んでさらに砕き結合する。
 ありったけの魔力でありったけの範囲を指定した死霊術。これだけ骸が転がってるんだから足止めには十分な筈。
 とっておきを食らいなさい。

「“死者の行進デル・コルアプス”!」

 やがて巨大な骨の龍が現れる。徐々に数を増すその龍は、大地に転がる骸を糧に、巨大に、無数に増殖していく。

「消し炭じゃ足りんようだな……存在諸共蒸発させてくれる!」

 後ろであの龍が喚いた。でも十分だ。竜骨の数があまりにも多すぎて、ちゃんと足止めになっている。

 感覚が麻痺した身体を引きずり、背嚢から気配遮断の魔導器を取り出す。
 奥の手というのは地味な程効く。

「――“帰せよ……失われる都度に満たせ”」

 魔力を補充。魔導具へ魔力を流す。
 複数の術式が起動し、身体が視覚的にも聴覚的にも隠蔽される。
 音鳴りは……分からないけど、あの分じゃ大丈夫だと思う。

 振り向くと、無数に集まる竜骨の軍勢の中心で身もよだつような爆発が継続的に炸裂していた。それなりに炎や熱に対しては強い筈の竜骨がみるみるうちに崩れていくのはもう笑うしかない。馬鹿げた攻撃力だ。
 それでも、数は無数。相当数の骸に作用した筈だから、倒せはしなくても足止めは完全に出来たと見て間違いない。

「……早いとこ逃げましょうか」

 余裕が出来たことで背中の熱傷に治癒術を掛けながら奇妙なことに気づく。

 あれ……あのはぐれた竜骨はどこに向かってるんだろう?

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