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第78話 ドッペルゲンガーの少女
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「まいどありー」
アデライトのアトリエから出てきた彼女は一緒に売られていた額縁と一緒に画用紙を大切そうに抱えながら自宅へと向かう。
「ふふふー。買っちゃったー」
「エレンも買ったの? やっぱりイケメンがいると違うでしょ? 生活に張りが出るもんね」
「そうでしょそうでしょ。で、誰にしたの? 私はディオール様よ」
「私はエルフェン様よ。あの目が最高」
アデライトがアトリエを開いてからというもの、ハシバ国内では彼女の刷る版画がちょっとしたブームになっている。
元々が娯楽らしい娯楽の少ない世界において背伸びすれば庶民にも手が届くお手頃な価格で買えるため、日常生活の貴重な彩りとして重宝されている。
ハシバ国首都地域だけでなくリシア領やミサワ領といった周辺地域、および都市国家シューヴァルにも出張して売っているらしい。
「にしても人物画は……クルスに、エルフェンに、キーファーにディオール。あとは麗娘《レイニャン》に、システィアーノに、メリルねぇ」
「この国にいるキレイどころは押さえてるつもりよ。イケメンや美女の絵があるだけでも生活に結構彩りが出る物なのよね」
順調に売れているアデライトの版画、それが招かれざる客をも呼び寄せていた。
きっかけはマコトがシューヴァルの銀行と融資に関する打ち合わせをしていた時だった。
「ドッペルゲンガーがいると?」
「ええ。噂では最近船に乗って来たらしくて、この辺りをうろついているそうです」
ドッペルゲンガー
相手の記憶を読み、その人の思い人に化けて近寄る魔物である。
この際、本来の思い人よりも性格や肉体(女性であれば胸の大きさなど)が改変されており、より理想の姿になっている。
こうなると抗うのは難しく、言われるがまま身体を重ねたり金銭を取られたりしてしまうのだそうだ。
ドッペルゲンガーの話を聞いた夜……草木も眠る時間帯であった。
(うう……トイレトイレ)
マコトは尿意を感じて一人トイレへと向かっていた。その帰り道、クルスの部屋に見慣れない何者かが侵入していくのが見えた。
(!? 誰だあいつ!?)
マコトは起きている間中は常に携帯している剣に手をかけ、慎重に部屋へと近づいていく。
(クルス君……クルス君……)
何者かが自分を呼んでいる……オヤジや母さんの声じゃない、何かとても懐かしい声だ。目を開けるとそこにはかつて育った孤児院の先生が立っていた。
「先生!? 確か殺されたはずじゃ!?」
「気にしないで。先生は先生なんだから」
クルスは死んだはずの人物を見て戸惑う。それに妙に胸が大きい気がする……記憶ではもっと小さかったはずなんだが。
孤児院の先生の息遣いが聞こえるほど顔と顔とが近づいた、その時!
「誰だ貴様!」
「!!」
ノックもせずにマコトがいきなりドアを開け、斬りつける。彼に見られた先生は紙一重で避けはじかれるように飛び出し窓から夜の闇の中へと逃げ去っていった。
「クルス! 何かされなかったか!?」
「い、いや別に何も……」
「そうか……良かった。ドッペルゲンガーはうわさには聞いていたが本当にいたとはな」
父親は息子が無事なのを見て安堵した。
明くる日、クルスは部屋の中から何かを見つけた。
「何だコレ?」
黒い布の切れ端だった。確か自分は黒い服なんて持ってなかった。となるとマコトがドッペルゲンガーを斬りつけた際、その服が切れたのだろう。
非番だった数名のコボルドに、今朝拾った黒い布の切れ端を見せる。
コボルド
犬の性質を持つ小柄な魔物で嗅覚に優れており事件捜査や調香師として活躍している。
社会性も魔物の中ではだいぶ発達している方で、教育さえきちんとやれば人間社会に溶け込むことは楽な方である。
「昨夜俺の所に来たドッペルゲンガーの衣服の切れ端だ。これのニオイで探せないか?」
「分かりました、やってみます」
そう言って切れ端の臭いを嗅ぎ、鼻をしきりに動かす。
「……うん大丈夫、分かります。こっちです!」
犬のように利く鼻を頼りに、ドッペルゲンガーを探し出す。
臭いを探すこと10分。臭いのもとは外れの森の入り口にいるらしい。
「あの木の裏が怪しいな」
「よし、せーの! で行くぞ……よし、せーの!」
5匹のコボルドが一斉に怪しいとにらんだ木の裏に突っ込んでいく。
木の陰から引きずり出されたのは黒ずくめの服装に灰色のショートヘアーというみすぼらしい格好をした少女だった。
「お願い、見ないでください。こんな私見たくないでしょ?」
「……お、お前が噂のドッペルゲンガーか。なんで昨日やってきたんだ?」
「シューヴァルで売ってる版画を見てクルス君に一目ぼれしたの。待って。理想の女の人になるから。私なんかよりもずっといいから」
彼女はそう言って闇をまとう。が、何度やっても変身できず、自分の姿になってしまう。
「あれ? 何で!? どうして!? あ、もしかして……」
「化けなくていいよ」
「……」
「だから化けた姿とかじゃなくて、ホントのお前の方が、その、か、かか、かか……あああああもう恥ずかしい事言わせんなよ!」
「ありがとう。本当の私を愛してくれて。私、今日の事忘れないから。ずっと覚えてるから」
その日の夕方……
「あ、クルス。今日は俺達のおごりだ。1杯飲んでけよ」
「このつまみの代金も俺が持つよ、食ってけよ。お前「おきさきさま」が出来たんだって? 早いなぁ。王族ってのはみんなそうなのかい?」
「フン! 私っていう女がいながら他の女になびくなんて……もう知らない!」
仲間たちがたむろする酒場「母乳」で、記念にミルクとつまみをプレゼントされる。
「ちょ、ちょっと待て! なんでみんな知ってるんだ!?」
「今国中はその話でもちきりだぜ?」
「何だってぇ!?」
「いよう! クルス! お前彼女が出来たんだってな!」
「ハハハ! お熱いことで結構だ!」
酒場を出た直後偶然居合わせた上司のウラカンや同僚のミノタウロスからも言われ、
「何か今日のメシやたらと豪華じゃねえの?」
「そりゃあお前、未来のお妃様が出来たんだろ? めでたい事じゃねえか」
「そうそう。お嫁さんとまでは行かなくても恋人が出来て父さんも母さんもうれしいのよ?」
「やっぱり2人とも知ってんのか」
両親からも尾ひれのついた話を聞かされ祝福される。
「テメェかぁ! 国中に噂広めたってのは!?」
翌朝、クルスは噂を国中に広めたラタトスクの1人を見つけだして問いただす。
「いやぁ~一国の王子に婚約者が出来たって言うのは中々無い特ダネでして。ハイこれ、取材費回収出来たんで謝礼金です」
「ブッ殺す!」
この後彼はクルスの手でボッコボコにされたのは言うまでもない。
【次回予告】
相変わらず衝突してばかりの親子。
でもお互いの事は認め合っているようで……?
第79話 「続・親子」
アデライトのアトリエから出てきた彼女は一緒に売られていた額縁と一緒に画用紙を大切そうに抱えながら自宅へと向かう。
「ふふふー。買っちゃったー」
「エレンも買ったの? やっぱりイケメンがいると違うでしょ? 生活に張りが出るもんね」
「そうでしょそうでしょ。で、誰にしたの? 私はディオール様よ」
「私はエルフェン様よ。あの目が最高」
アデライトがアトリエを開いてからというもの、ハシバ国内では彼女の刷る版画がちょっとしたブームになっている。
元々が娯楽らしい娯楽の少ない世界において背伸びすれば庶民にも手が届くお手頃な価格で買えるため、日常生活の貴重な彩りとして重宝されている。
ハシバ国首都地域だけでなくリシア領やミサワ領といった周辺地域、および都市国家シューヴァルにも出張して売っているらしい。
「にしても人物画は……クルスに、エルフェンに、キーファーにディオール。あとは麗娘《レイニャン》に、システィアーノに、メリルねぇ」
「この国にいるキレイどころは押さえてるつもりよ。イケメンや美女の絵があるだけでも生活に結構彩りが出る物なのよね」
順調に売れているアデライトの版画、それが招かれざる客をも呼び寄せていた。
きっかけはマコトがシューヴァルの銀行と融資に関する打ち合わせをしていた時だった。
「ドッペルゲンガーがいると?」
「ええ。噂では最近船に乗って来たらしくて、この辺りをうろついているそうです」
ドッペルゲンガー
相手の記憶を読み、その人の思い人に化けて近寄る魔物である。
この際、本来の思い人よりも性格や肉体(女性であれば胸の大きさなど)が改変されており、より理想の姿になっている。
こうなると抗うのは難しく、言われるがまま身体を重ねたり金銭を取られたりしてしまうのだそうだ。
ドッペルゲンガーの話を聞いた夜……草木も眠る時間帯であった。
(うう……トイレトイレ)
マコトは尿意を感じて一人トイレへと向かっていた。その帰り道、クルスの部屋に見慣れない何者かが侵入していくのが見えた。
(!? 誰だあいつ!?)
マコトは起きている間中は常に携帯している剣に手をかけ、慎重に部屋へと近づいていく。
(クルス君……クルス君……)
何者かが自分を呼んでいる……オヤジや母さんの声じゃない、何かとても懐かしい声だ。目を開けるとそこにはかつて育った孤児院の先生が立っていた。
「先生!? 確か殺されたはずじゃ!?」
「気にしないで。先生は先生なんだから」
クルスは死んだはずの人物を見て戸惑う。それに妙に胸が大きい気がする……記憶ではもっと小さかったはずなんだが。
孤児院の先生の息遣いが聞こえるほど顔と顔とが近づいた、その時!
「誰だ貴様!」
「!!」
ノックもせずにマコトがいきなりドアを開け、斬りつける。彼に見られた先生は紙一重で避けはじかれるように飛び出し窓から夜の闇の中へと逃げ去っていった。
「クルス! 何かされなかったか!?」
「い、いや別に何も……」
「そうか……良かった。ドッペルゲンガーはうわさには聞いていたが本当にいたとはな」
父親は息子が無事なのを見て安堵した。
明くる日、クルスは部屋の中から何かを見つけた。
「何だコレ?」
黒い布の切れ端だった。確か自分は黒い服なんて持ってなかった。となるとマコトがドッペルゲンガーを斬りつけた際、その服が切れたのだろう。
非番だった数名のコボルドに、今朝拾った黒い布の切れ端を見せる。
コボルド
犬の性質を持つ小柄な魔物で嗅覚に優れており事件捜査や調香師として活躍している。
社会性も魔物の中ではだいぶ発達している方で、教育さえきちんとやれば人間社会に溶け込むことは楽な方である。
「昨夜俺の所に来たドッペルゲンガーの衣服の切れ端だ。これのニオイで探せないか?」
「分かりました、やってみます」
そう言って切れ端の臭いを嗅ぎ、鼻をしきりに動かす。
「……うん大丈夫、分かります。こっちです!」
犬のように利く鼻を頼りに、ドッペルゲンガーを探し出す。
臭いを探すこと10分。臭いのもとは外れの森の入り口にいるらしい。
「あの木の裏が怪しいな」
「よし、せーの! で行くぞ……よし、せーの!」
5匹のコボルドが一斉に怪しいとにらんだ木の裏に突っ込んでいく。
木の陰から引きずり出されたのは黒ずくめの服装に灰色のショートヘアーというみすぼらしい格好をした少女だった。
「お願い、見ないでください。こんな私見たくないでしょ?」
「……お、お前が噂のドッペルゲンガーか。なんで昨日やってきたんだ?」
「シューヴァルで売ってる版画を見てクルス君に一目ぼれしたの。待って。理想の女の人になるから。私なんかよりもずっといいから」
彼女はそう言って闇をまとう。が、何度やっても変身できず、自分の姿になってしまう。
「あれ? 何で!? どうして!? あ、もしかして……」
「化けなくていいよ」
「……」
「だから化けた姿とかじゃなくて、ホントのお前の方が、その、か、かか、かか……あああああもう恥ずかしい事言わせんなよ!」
「ありがとう。本当の私を愛してくれて。私、今日の事忘れないから。ずっと覚えてるから」
その日の夕方……
「あ、クルス。今日は俺達のおごりだ。1杯飲んでけよ」
「このつまみの代金も俺が持つよ、食ってけよ。お前「おきさきさま」が出来たんだって? 早いなぁ。王族ってのはみんなそうなのかい?」
「フン! 私っていう女がいながら他の女になびくなんて……もう知らない!」
仲間たちがたむろする酒場「母乳」で、記念にミルクとつまみをプレゼントされる。
「ちょ、ちょっと待て! なんでみんな知ってるんだ!?」
「今国中はその話でもちきりだぜ?」
「何だってぇ!?」
「いよう! クルス! お前彼女が出来たんだってな!」
「ハハハ! お熱いことで結構だ!」
酒場を出た直後偶然居合わせた上司のウラカンや同僚のミノタウロスからも言われ、
「何か今日のメシやたらと豪華じゃねえの?」
「そりゃあお前、未来のお妃様が出来たんだろ? めでたい事じゃねえか」
「そうそう。お嫁さんとまでは行かなくても恋人が出来て父さんも母さんもうれしいのよ?」
「やっぱり2人とも知ってんのか」
両親からも尾ひれのついた話を聞かされ祝福される。
「テメェかぁ! 国中に噂広めたってのは!?」
翌朝、クルスは噂を国中に広めたラタトスクの1人を見つけだして問いただす。
「いやぁ~一国の王子に婚約者が出来たって言うのは中々無い特ダネでして。ハイこれ、取材費回収出来たんで謝礼金です」
「ブッ殺す!」
この後彼はクルスの手でボッコボコにされたのは言うまでもない。
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