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『領地経営』編

第92話『記憶喪失者』

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「わたしはブラッド様のご厚意で食客としてお世話になっている、カナンリハと申します」


 ハーピィの少女は柔らかな口調で俺たちに自己紹介をしてきた。
 そういやハーピィって魔獣なの? 獣人なの? カテゴリーがわからん。
 こうして向き合ってると普通に人っぽい感じだが。

「体調が思わしくない故、このような無作法な体勢からの挨拶をお許しください」

 ハーピィの少女、カナンリハはベッドの上から申し訳なさそうに言ってくる。
 あ、いえいえ、お気になさらず。
 絶滅した種族らしいし、虚弱な体質なのかな……?

 どうもよろしくっすと挨拶を返してから、いや、ちょっと待てよと思い直す。
 ブラッド氏、俺は魔王城で見つかったものがあるって聞いてきたんだが?
 なんで異種族の女の子を紹介されてんの? 

「その見つかったものというのが彼女のことだからだ」

 …………。

 どういうことやねん。




 ブラッド氏曰く。

 このカナンリハというハーピィの少女は3か月ほど前、エアルドレッド家の騎士団が魔王城跡を調査していた際に瓦礫の下から発見して救助したらしい。

 当初は魔王軍関係者の可能性も考えて警戒しつつ勾留していたそうなのだが……。

「彼女は名前以外の記憶をほとんど失っていてな。ヒロオカ殿を呼んだのは彼女の記憶を戻すことができないか相談したかったからなのだ」

 なぜ彼女は魔王城の跡地にいたのか。

 ブラッド氏は現在の彼女には危険性がないと判断したようだが、素性次第では色々変わってくるということなのだろう。

 なるほど。

 そういうことなら。

 …………。

 ビシュビシュ。

 俺はカナンリハに回復魔法を使ってみた。

「なんか思い出せた?」

「いえ、何も……」

「あれ? そうなの?」

 顔色はちょっとよくなったけど、それだけ。

 記憶の喪失は状態異常と認識されないみたいだった。
 定義がどうなってるか知らんけど。
 そういう枠組みになっているっぽい。

 ま、俺が昨日の夕飯を覚えていないのも状態異常なのかと言ったら違うだろうしね!

 回復魔法で忘れたことを思い出せるならテストで楽々満点取れちゃうもんな。

「すいません、無理でした」

「むむぅ、ヒロオカ殿でも治せんのか……」

 ブラッド氏は悩まし気に唸る。
 もしかして呼ばれた要件ってこれで終わりか?
 全然魔法陣関係なかったな。
 デルフィーヌも少しガッカリしてるし、確認してから連れてくればよかった。

「来てくれて助かった。ヒロオカ殿、助力に感謝するぞ!」

 礼を言われたけど、期待に沿えなかったからなんか複雑だわ……。
 そうだ、彼女のステータスを鑑定したら何かわかるんじゃね?
 ということで、


【名前:カナンリハ】
【職業:ハーピィ 記憶喪失者】
【ステータス:火魔法LV2 回避LV2】


 …………。

 何の変哲もない淡白なステータスだった。
 すっきりというか、質素というか。
 これじゃ何もわからんね。

 魔王軍に属していたのか、城に囚われていただけだったのか、偶然そこにいて倒壊に巻き込まれただけだったのか。

 ちっとも読み取れん。



「あの、ブラッド様。先ほど仰っていた、こちらの方が勇者というのは本当なのですか?」


 俺が盗み見たステータスで悶々していると、カナンリハがブラッド氏に訊ねた。

「ああ、そうだぞ! ヒロオカ殿は魔王を倒し、魔王軍を壊滅させた立派な勇者だ!」

「そうなのですか……」

 逡巡するカナンリハ。

 お、もしかして何か思い出しそうなの?

「あの、ご迷惑でなければわたしを勇者様の傍に置かせては頂けませんか?」

「え? 俺のところに?」

 屋敷の部屋は余ってるから別にいいが。

 なんでまた?

「なんとなくですが……。わたしは勇者様という存在の傍にいなくてはいけないような気がするのです」

 カナンリハがそう言った瞬間、露骨に警戒心を見せるベルナデット。
 こらこら、殺気をしまいなさい。
 ふーむ……しかし、まさかこんなことを言い出すとは想定外だった。

 記憶を失っている彼女がなぜそんなことを思うのだろう?
 記憶を失う前の彼女は勇者に強い感情でも抱いていたというのか?
 記憶が消えても心に残っているとかそういうやつなわけ?

 いやはや、こいつはどうするべきでしょうねぇ……。
 今は危険性がないとはいえ、魔王城で見つかった絶滅種の少女だからな。
 懸念する要素はたくさんある。

 でも、そうだな。

 いざというときのため、俺の監視下に置いておいたほうがいいのかもしれない。

「俺はいいよ」

 けど、現在彼女の身柄を預かっているブラッド氏はどうだろう?

「ヒロオカ殿が引き受けると言うなら、私は委ねても構わない」

 許可が出た。

 デルフィーヌたちにも訊いておく。

「あたしはジローが決めたことならいいわよ」

「わたしも……です」

 ベルナデットは肯定してるけど、カナンリハにビシビシ警戒の視線を送っている。
 得体の知れない輩を俺に近寄らせたくないのかもしれない。
 まあ、許可を得たということにしておこう。

「カナンリハ、そういうわけで、これからお前は俺の領地で保護する」

「はい、厚かましいお願いを聞いて下さってありがとうございます……」

 カナンリハは深々と頭を下げてそう言った。

 今の印象だけなら、普通に気品ある女の子にしか見えないんだがなぁ……。





 そんな感じで。

 ウレアの街に行った結果、得体の知れないハーピィ少女をお持ち帰りすることになった。
 休んでいたエレンは起こさず寝たままの状態で連れて帰った。
 里帰りさせた意味があんまなかったな。


 夜。

 居間で愛猫のモノノフを撫でていると、意識を取り戻したエレンが部屋から出てきた。

「ヒロオカ殿、私は悪夢を見ていたよ……。愛する故郷のウレアに戻り、とてつもなく汚染された街を見た夢だ……」

「うん。そうか、大変な夢だったな……きっと全部夢だったんだよ」


 面倒事を回避するため、俺は適当に話を合わせて答えた。

 そのまま連れて帰って来て正解だったわ。





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