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第15話『やつは単なるゆとりだ』
しおりを挟む教室に帰った俺は若田部たちに飼い猫が行方不明になっていないか訊ねてみる。
だが心当たりはないとのこと。
そもそも誰一人としてペットを飼ってはいなかった。
問題外だ。
仕方ないのでそういう人が知り合いにいたら教えてくれと頼んでみたが、恐らく望み薄だろう。
芳しくない結果ではあるが、それでもとりあえず仕事はしたという自己満足感に浸ったりしながら、明日以降はどうしようと俺は考える。さすがに友人数人に訊いてハイ終わりというわけにもいかんだろう。棚橋が見つけ出してくれれば問題解決だが、そんな都合よくいくわけがない。
うーん。頭を悩ませた末、俺は教室の後ろの壁に張り紙をしておくことにした。
これなら誰の目にもとまるだろうし手間もかからない。
ナイスアイディアだ。
断じて手抜きではないぞ。
いや本当、マジだから。
……大して役に立つとは思えない余計な指針を手に入れてしまった分、無意味な奔走をする羽目になったのではないかと思った俺だった。
現状でやれることは猫の飼い主を探すことだけ。見つかったところで犯人に結び付くかは確かではない。
だが見つかれば犯人の活動範囲をある程度絞れる。さらに乙坂先輩の力を借り、飼い主の自宅付近に住む生徒をピックアップしてその中から容疑者を出すことも可能だ。ただそれでもやはり最後に正解に行きつけるかどうかは定かではない。犯人があえて遠方に出向いていた場合、そもそも成立しなくなるし。
けれど、ひとつこなせばやれることは段階的に増えていく。真相に近づくかは別として、何もできず立ち往生するということはなくなるだろう。希望的観測ばかりが先行して都合よくヒントが転がり込んでくること前提で予定されている捜査。穴だらけで不備が目立つのは棚橋も感じているだろう。あいつもそこまで夢想家ではない。
やれることが限られているのはどうしようもないことだ。
答えに繋がっているか確かでない。
進んでいる道があっているのかも保障されていない。
棚橋にはさぞもどかしいことだろう。
だが彼は調査と並行し、今日の放課後もテニス部で鋭意活動するという。
部長なため気軽に休める立場にはないらしい。
部長だったらそうなるわな。ご苦労なことだ。
ただ部員にも聞き込みを行ってみると話していた。
少しでも進展があるように。
全てにおいて棚橋は真摯に行動する。
真摯な紳士でイケメン。最強の存在だ。
ならば俺も帰宅部として帰宅に勤しむことで対抗するとしよう。
月とスッポンなのは一目瞭然だが。
マンションのエントランスを抜け、自室のポストからダイレクトメールや料金の請求書などを回収する。
お隣の702号室のポストは広告のビラが詰まりに詰まってすし詰め状態になっていた。
どれくらい放置されているのだろう。
ひょっとしたらウチの引っ越し蕎麦もまだこのなかに納まったままなのかもしれない。
……まさかな。
エレベーターをあがって家に着いた俺を玄関で待ち受けていたのは惣菜タッパーを手に携えた母親だった。
嫌な予感がする。
「泰正君、ちょっとこれ由海ちゃんに持って行ってあげてくれる?」
にっこりと微笑み隣人の名を口に出す我が母。
なぜ俺が。そしていつの間に名前で気安く呼ぶ仲になったのだ。
「……これも間違って届いたのか?」
「何言ってるの、タッパーが単体届くわけないでしょ。もぉ。お裾分けよ、お裾分け」
さも当たり前のように言うけど。
「なんでそんなことしてやるんだ? 弱みでも握られたの?」
「またそんなこと言って! 近所付き合いを大事にするのは当たり前でしょ。それにあの子、食生活がだいぶ偏ってるみたいだし。放っておいたら健康に良くないわ。また前みたいに倒れちゃうかもしれないじゃない」
「好きなもん食って死ねるなら満足だって言ってたけど」
悔いなく逝かせてやればいい。太く短くというのがやつモットーならそれを全うさせてやればいい。人の生き様にケチをつけるのはよくない。
「口に出した声がそのまま本心であるとは限らないわ。泰正君には強がってそう言ってしまったけど、内心では自分の健康状態にビクビクしているかもしれないでしょ」
「それって自己責任じゃ……」
「もう、いいからとにかく持って行って! わたしはお夕飯の買い物に行かないといけないんだから」
ぐいっとタッパーを押し付けられて背も押され、俺は玄関から追い出されてしまう。
「…………」
帰ってきたばかりなのに……。せめて鞄くらいは置かせて欲しかった。
「しょうがねえか……」
諦観しながら俺は暗いトーンで呟く。
どうして俺の周りには小鳥遊由海にちやほやする連中が多いのだろう。
あいつのあの繊細で脆そうな雰囲気が庇護欲をそそらせるのだろうか。
みんな、騙され過ぎだぜ。
あいつは打たれ弱いがか弱くない。
いや、俺が何を知っているというわけでもないけど。
一回しか会ってないし。
でも決して小動物的な存在ではないと思う。
これは自信を持って言える。
やつは単なるゆとりだ。
俺は絶対甘やかさねえ。
そう心に決めて俺は隣室のドアの前に立ち、呼び鈴を鳴らした。
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