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第11話『乙坂緒留』

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「悪い、待たせたな」

 教室から出た俺は軽い謝罪を口にする。

 いや、本当、存在を忘れちまってすいませんね。

「君は彼女とはよく話すのかい」

 さりげなく俺の言葉を聞き流した棚橋がちらりとイツキに流し目を送る。
 また絶妙な問いをしてくるな。
 なぜそんな答えにくい質問をするのだ。

 それってかなりNGな質問じゃね? 

「まあ、そこそこだな」

 少なくとも小鳥遊由海よりかは親交があると思う。

 かといって特別懇意であるかというと自信を持ってそうと答えることはできない。

 せいぜい教室でとりとめない会話をするくらいだし。

 だからそこそこ。

 便利な言葉だ、そこそこ。煮え切らない日本人にもってこいの言葉である。

 というかイツキと棚橋は知り合いだったのか。

 いちいち確かめたりはしないが、わざわざ訊ねてくるのだからそういうことなのだろう。

「それでどこへ行くんだ?」

 自然に歩き出した棚橋にさりげなく訊いてみる。

「とりあえず、ついてきてくれ」

 前を歩く棚橋は背中を向けたままそう返してきた。

「お、おう……」

 どうして黙秘を貫くのか。
 階段を上って渡り廊下を歩き、人の気配も少ない校舎の端へと俺たちは進む。
 本当、どこへ連れて行くつもりだよ……。こっちのほうには特別教室くらいしかないはずだぞ。

 人気のないところへ連れ込み、一体何をするというのか。
 不可解な情報の隠匿が俺に要らぬ不信感を抱かせる。
 道すがら、俺と棚橋は無言だった。

 もともと特に気の合う仲間同士というわけでもないし小鳥遊由海関連以外で俺たちに共通の話題はない。
 静寂は安寧ではなく地味な苦痛をもたらす。
 気まずさを覚えるのが嫌で俺は無心を心がけた。

 やがて棚橋はある部屋の扉の前で立ち止まる。

 ドアの上には『生徒会室』と書かれたプレートがかけられていた。

「ここは生徒会室だ」

「見りゃわかるよ」

「それもそうだね」

 ニコリと微笑む棚橋。

 ひょっとして馬鹿にされているのだろうか。

「行きたいところっていうのはここなのか」

「ああ」

 棚橋が肯定する。

「今から会うのは生徒会長の乙坂緒留おとさかおとめさんという先輩だ。気難しい人だから失礼のないよう気を付けてくれ」

「だったら先に心の準備をさせてもらいたかったね」

「すまない。先に言ったら来てくれなくなると思ったんだ」

 どういう理屈だ。

「協力するって約束しただろ。逃げるかよ」

 嫌々とはいえ、引き受けておいて無責任に放り投げることは俺の良心に呵責をもたらす。
 自分の好きなように生きたければ後ろめたい負い目はなるべく作らないようにする。
 それが俺の持論だ。

 棚橋はすまない、と再度謝罪の言葉を口にする。
 謝罪を必要としていたわけでなかった俺は話を先に進めることにする。

「それで、どうしてその人に会う必要があるんだ?」

「彼女は理事の娘なんだ。俺たちが入手できない学校側が把握している非公開の情報を流してもらおうと思ってね」

 俺が事前に危惧していた情報力の欠落を棚橋も同様に考えていたらしい。

 それを織り込み済みで犯人を捜し出そうとしていたのはこういうツテに心当たりがあったからなのか。

「だがそんなホイホイ機密を漏らしてくれるかね。そもそも、その会長に細かな情報が下りてきているのか? 娘っていってもただの生徒だろ?」

「あの人は学校経営に興味があるようだから、将来を見据えて後学のため自分の手元に今回の事件の資料を密かに回してもらっている可能性が高い。緒留さんはまだ学生とは言え、そこらの大人より狡猾でしたたかだ。それくらいのことは簡単にやってのける。俺の見立てが正しければそれなりに有益な情報を持っているはずだ」

 有益ならばすでに学校が犯人を特定していると思うのだが……。揚げ足を取るような発言なので口にするのは自粛した。

「随分とその会長のことを知っているような口ぶりだな」

「……まあ、幼い頃からの知り合いだからね。あの人のことは十分に把握しているよ」

 幼馴染みというやつか。いまひとつピンとこないな。

 俺には縁のない繋がりの形だからか。

「さてと。じゃあ入るよ」

 いつも通りを心がけようとしているのだろうが棚橋の表情は若干強張っていた。

 明らかに身構えている。棚橋でも萎縮するほどなのか。

 生徒会長乙坂緒留。一体何者なのだろう。

 ノックを三回。棚橋はドアをガラリと開けた。


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