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第一章
領主邸と決戦3『敗北を知りたい。なんてな。』
しおりを挟む「な、なんだあれは――ッ!?」
女騎士の叫び声が聞こえる。
『グルラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
地鳴りのような怒号。ビリビリと全身が震えた。
振り返ると屋敷を見下ろすサイズの巨大なオーク――ハイオークが庭に佇んでいた。
屋根がなくなったおかげでその全長がはっきり確認できる。
「なんだと! さっきまでどこにもいなかっただろう!」
隊長が唾を飛ばしながら言う。
「いきなり現れたんです! 庭に大きな魔法陣が浮かんだと思ったら、そこから生えるように出てきて……」
始終を見ていたらしい女騎士が声を震わせて言う。
「ふん。召喚魔法の使い手か。どうりでこれだけの魔物を町中に連れてこれたわけだ」
ルドルフ、魔法に関しては詳しそうだな。天才って本当なんだな。
ふむ、召喚魔法か……。里でも希望者に教えてたな。どんな術だったっけ。
何かを召喚をする魔法だったことくらいしか覚えていない。
真面目にやってたら俺も習得できたのかな。
『ゴオオオオオオオッオオオオオオオ――ッ!!!!!』
ハイオークが所持していた棍棒を屋敷に振り下ろしてくる。
「甘いぜ」
ガツンと硬いモノにぶつかった音が響き、ハイオークの振りは空中で押し止められた。
まるで見えない壁があるように。ドヤ顔のルドルフ。こいつはもしや……。
「くそっ、ハイオークの一撃を受け止める魔法障壁……。神童め……。並みの魔導士とは術の練度が違うか」
ダイアンが悔しがっている。
ルドルフの魔法障壁か。
俺の体当たりであっさり砕けたアレってすごかったんだな。
「おい、エルフ。お前も少しは働けよ。あいつに突っ込んで跳ね飛ばしてやれ。後方から障壁くらいは張ってやるからよ」
「いらん。代わりにデリック君を治療してやってくれ。あの程度ならお前でも治せるだろ」
「言ってくれるじゃねーか。そこまで言うなら絶対に援護しねえからな」
むしろお前が後ろにいたら騙し討ちされそうで不安だ。さすがにこの状況でそんなことはしないだろうけど。しないよな?
「何をしている! 魔法障壁だって永久じゃないんだ! もっと激しく攻撃してとっとと壊すんだ!」
ダイアンはローブの召喚士に罵声を浴びせていた。相当焦ってるな。やつは周りが見えなくなっている。
現に剣を持って近づいている隊長にも気が付いていない。
こっちは俺がハイオークを片づけてる間に終わりそうだな……。
「さてと――」
ガツンガツンと魔法障壁を壊そうと棍棒を振り下ろしているハイオークを前にして、俺は果たしてどのように攻めるべきかと考えていた。
翻弄、陽動、地道なヒットアンドアウェイ……。
体格差を考えて慎重に行くか? などなど。
「まあ、やれることはひとつなんだけど」
突撃して跳ね飛ばす。
鋼より硬いと言われるドラゴンでない限り、俺が強度で負けることはない。
そう信じて突っ込むだけ。
考えるフリをしたのは気分だ。
エルフになってから、たまに考え事をして頭がいいフリをしたくなる。
これは知性がある生き物の宿命なのかもしれない。
自分は賢いんだぞってな。
自業自得で高校を退学になったご主人も時々、運転席で新聞を拡げながらよくわかっていないはずの政治批判をしていた。
「行くか……」
ハイオークは未だにルドルフの魔法障壁をガンガン殴っている。
俺が間近に迫っているのにひたすら繰り返している。
行動を変える気配はない。召喚された魔物には自我がないのか?
命令が与えられるとそれしか行えなくなるのか?
どちらでもいいか。
おかげで俺は回避せず一直線に向かっていける。
「騎士の恥さらしめ! 上官としてオレが直々に成敗してくれる!」
「こ、こっちに来るんじゃねえ!」
背後から争いのやり取りが聞こえてくる。屋敷のほうもクライマックスだな。
俺は脳内でアクセルを踏み足元を強く蹴って走り出す。
時速百キロ超え。遠慮はなし。全力でぶつからせてもらう。
体格差から考えて、これまでのようにはいかないだろうからな。
「どりゃああああああっ!」
俺はハイオークの腰にタックルして押し倒した。
『ブ、ブゴオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!!!!』
ハイオークの巨体が地面の上を数メートルほど滑走する。
骨が軋む音、臓器がいくつか潰れたような音。
聞いていて不快な音がハイオークの身体から鳴り響く。
ハイオークは血を吐き散らしながら大の字に転がった。
「次は止めを……ってあれ?」
ハイオークの腹に乗って見下ろすと、ハイオークは白目を剥いてとっくに息絶えていた。
……おいおい、あっけねーじゃねーか。
何がこれまでのようにはいかないだ。
俺の戦いは数秒で終わった。敗北を知りたい。なんてな。
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