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第二章
閑話 エルフ里を出立する幼馴染み
しおりを挟む銀髪のエルフ、シルフィはジョウオウサマとしての技と心得を学んでいたアグリッサから最後の試験を課せられていた。
明日、誕生日を迎えて里を旅立つ予定のシルフィは今日まで磨いてきたすべてをアグリッサに見せて一人前として認めてもらわなければならない。
「じゃあ、いくわね」
シルフィは深呼吸をして精神を整える。
目の前には魔法で作り上げた巨大な岩石。
そして今朝とれたばかりの鶏の卵が並んで置かれていた。
「さあ。見せてちょうだい、あなたの鞭を……」
合否を決めるアグリッサがシルフィを見守りながら真剣な面持ちで言う。
「じゃあ……ジョウオウサマとお呼びッ!」
スパァン!
『叩いたものすべてを痛めつけるような鞭はジョウオウサマの鞭ではないわ!』
『ジョウオウサマが与える痛みと傷は慈しむ愛の証!』
『本能のまま力任せに強く叩くだけの鞭はただの暴力なの!』
『ジョウオウサマは暴力を振るわず、愛を振るって喜びを与える存在なのよ!』
これまでアグリッサから教わってきたことを思い出しながら、シルフィはリズミカルに鞭を振って岩と卵を交互に力強く叩いていった。
「ジョウオウサマとお呼びッ! ジョウオウサマとお呼びッ! ジョウオウサマとお呼びッ!」
バシィッ! バシィッ! バシィッ! バシィッ!
「シルフィちゃん、がんばれ……」
木の影からはグレンの妹、スカーレットがこっそりと見守っていた。
将来の義姉となるかもしれない人物が自信を持って里を旅立てますようにと祈って……。
◇◇◇◇◇
「ふう……アグリッサさん、どうだった?」
「すごいわ、シルフィ、パーフェクトよ!」
数分間、一心不乱に鞭を振るい続けたシルフィをアグリッサは絶賛した。
シルフィの叩いた岩と卵はどちらも同じ速度で鞭を振るっていたにも関わらず、岩は真っ二つに割れているのに対して卵はヒビひとつ入っていなかった。
「まさか、この短期間でジョウオウサマの神髄に達するとはさすがね……もうあなたに教えることは何もないわ。あなたなら私以上のジョウオウサマにきっとなれる。胸を張ってグレン君に悦びを与えてきなさい」
アグリッサから免許皆伝され、シルフィは成し遂げた表情で鞭の柄を握りしめた。
次の日、シルフィは里のエルフたちに見送られて里を出た。
「シルフィ、外でグレン君に会えるといいわね」
「案外、グレンもシルフィちゃんのことが気になって町で待ってるかもしれないぞ」
「シルフィちゃんは頑張ってジョウオウサマになったんだから、お兄ちゃんが人間のジョウオウサマにたぶらかされてたら一発ブッ叩いて目を覚ましてあげるんだよ!」
アグリッサ、グレンの父、そしてスカーレットからエールのようなものを受け取って……。
◇◇◇◇◇
森の獣道を進んでいくシルフィ。
里から街道までは草や木の根に足を取られたりするので半日以上はかかる。
本来は体力的なことも考えてゆっくり歩いてもいいのだが、シルフィの足は自然と早いペースで動いていた。
グレンが昔から長い距離を走りたい、遠くまで行ってみたいと話していたのはよく覚えている。
だから、きっとグレンはどこかの街に長く滞在することはせず、二か月の間にどんどん遠いところまで進み続けているだろう。
止まらないグレンとの間にできた差は、今から追いかけたのでは絶対に追いつけないほどの距離があるかもしれない。
けれど、そんなグレンに少しでも追いつければという想いがシルフィを無意識に急かしていた。
『案外、グレンもシルフィちゃんのことが気になって町で待ってるかもしれないぞ』
グレン父の言葉を思い出し、シルフィはありえないと首を横に振る。
あの何者にも揺るがされることなく自分を貫くグレンに限ってそんなことは――
でもひょっとしたら。
「森の外に迎えに来てくれてたりとか――なんてね?」
淡い期待を胸に抱きつつ。
グレンのために用意した鞭を握りつつ……。
シルフィは獣道を踏みしめて外の世界に歩いていくのであった。
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