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第二章
子爵家と民族競技5『ハッケヨイッ!』
しおりを挟む「ちなみにモウスでは魔法の類は禁止じゃが、構わんな?」
上着を脱いで勝負の準備をしていると、ニゴー子爵が確認を取ってくる。
「ええ、構いませんよ」
魔法などなくても俺にはトラックとしての馬力がある。
だが、エルーシャやジェロム、周囲の騎士たちは驚きの声を上げた。
おいおい、エルーシャとジェロムは俺のトラックパワーを見てるだろ……。
あ、そっか。
彼女らは身体強化のエルフ魔法だと解釈してたんだっけ?
「エルフが身体強化の魔法もなしでやるんスか? そりゃ無茶っスよ……危ないっスよ。真剣勝負なら怪我させちゃうっスよ」
ドルジィ君、身体は大きいが心は優しいようで俺の心配をしてきた。
彼は俺が身体強化をした上で勝負をすると思っていたらしい。
他の騎士たちも悪いことは言わないから魔法で強化しておけと口々に言ってくる。
参ったな……。
エルフは魔法に特化して腕力が弱い種族という常識が彼らにはあるし、口でいくら問題ないと言っても埒が明かないだろう。
このまま勝負をしてもただの強がりと判断してドルジィ君は本気でぶつかってこないはず。
もちろん、俺と実際に戦えば途中から真剣にはなるとは思うが。
だが、それではニゴー子爵の本気の勝負が見たいという願いを叶えてやることはできない。
彼を最初から全力で向かってこさせるためには……。
バチンバチン!
ふと見ると、この部屋にいる騎士のなかでは、いや、外にいた騎士たちと比べても細い少年騎士が黙々と地面に埋まった木の柱を掌で叩いている姿が目に入った。
よし、あれだ!
「すまん、ちょっと代わってくれるか?」
「え……はい……?」
少年騎士に頼んで場所を譲ってもらい、俺は柱の正面に立つ。
ふんっ!
少年騎士と同じように俺も掌で柱を押すように叩いた。
ドゴォン! バキィッ! ズドォン!
激しい衝撃音が部屋中に響き渡り、柱は音を立ててへし折れた。
「どうだ? これで俺の力を――」
壊しちゃったのは加減をミスったが、実力証明にはなったはず。
「稽古場の備品を魔法で壊すなんて許せないっス。肉体に対する侮辱っス。こうなったら本気で勝負してやるっス!」
あ、あれー?
なんか、違う方向でドルジィ君の火をつけてしまった。
壊してマジでゴメンよぉ……。
◇◇◇◇◇
「ではこれを」
審判を務める騎士から銀色の粉を手渡された。
なにこれ? これを互いにドヒョウに撒くの? それが正しい手順?
つか、銀色の粉ってなんかあったような……。
まあ、とりあえず。
ファサァ……。
俺と巨漢の騎士ドルジィ君はドヒョウに粉を撒いた。
そして互いに構えて正面を見て向き合って。
『ハッケヨイッ!』
「フンガアアアアアアアアアアァァアァアァァァァ――ッ!」
審判の合図と共に、ドルジィ君はその巨漢からは考えられないスピードで俺に突撃してきた。
◇◇◇◇◇
対戦相手を務めたニゴー子爵家随一の巨躯を誇るドルジィは、グレンとぶつかりあった瞬間の出来事を思い返し、のちにこう語る。
『まるで城塞ですわ』
『手強いとか、そういう次元じゃないっスよ』
『巨大な鉄の塊がドンッって置かれてて、それを相手にしてるみたいな? そういう虚無感みたいなもんがあったっス』
『もうアレっスね』
『あの人の背後に大きな馬車みたいな乗り物があったような気がしたっスもん』
――と。
◇◇◇◇◇
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