上 下
115 / 126
第二章

子爵家と民族競技5『ハッケヨイッ!』

しおりを挟む




「ちなみにモウスでは魔法の類は禁止じゃが、構わんな?」

 上着を脱いで勝負の準備をしていると、ニゴー子爵が確認を取ってくる。

「ええ、構いませんよ」

 魔法などなくても俺にはトラックとしての馬力がある。

 だが、エルーシャやジェロム、周囲の騎士たちは驚きの声を上げた。

 おいおい、エルーシャとジェロムは俺のトラックパワーを見てるだろ……。

 あ、そっか。

 彼女らは身体強化のエルフ魔法だと解釈してたんだっけ?

「エルフが身体強化の魔法もなしでやるんスか? そりゃ無茶っスよ……危ないっスよ。真剣勝負なら怪我させちゃうっスよ」

 ドルジィ君、身体は大きいが心は優しいようで俺の心配をしてきた。

 彼は俺が身体強化をした上で勝負をすると思っていたらしい。

 他の騎士たちも悪いことは言わないから魔法で強化しておけと口々に言ってくる。

 参ったな……。

 エルフは魔法に特化して腕力が弱い種族という常識が彼らにはあるし、口でいくら問題ないと言っても埒が明かないだろう。

 このまま勝負をしてもただの強がりと判断してドルジィ君は本気でぶつかってこないはず。
もちろん、俺と実際に戦えば途中から真剣にはなるとは思うが。

 だが、それではニゴー子爵の本気の勝負が見たいという願いを叶えてやることはできない。

 彼を最初から全力で向かってこさせるためには……。


 バチンバチン!


 ふと見ると、この部屋にいる騎士のなかでは、いや、外にいた騎士たちと比べても細い少年騎士が黙々と地面に埋まった木の柱を掌で叩いている姿が目に入った。

 よし、あれだ!


「すまん、ちょっと代わってくれるか?」

「え……はい……?」


 少年騎士に頼んで場所を譲ってもらい、俺は柱の正面に立つ。

 ふんっ!

 少年騎士と同じように俺も掌で柱を押すように叩いた。


 ドゴォン! バキィッ! ズドォン!


 激しい衝撃音が部屋中に響き渡り、柱は音を立ててへし折れた。


「どうだ? これで俺の力を――」


 壊しちゃったのは加減をミスったが、実力証明にはなったはず。


「稽古場の備品を魔法で壊すなんて許せないっス。肉体に対する侮辱っス。こうなったら本気で勝負してやるっス!」


 あ、あれー?

 なんか、違う方向でドルジィ君の火をつけてしまった。
 壊してマジでゴメンよぉ……。



◇◇◇◇◇



「ではこれを」


 審判を務める騎士から銀色の粉を手渡された。

 なにこれ? これを互いにドヒョウに撒くの? それが正しい手順?

 つか、銀色の粉ってなんかあったような……。

 まあ、とりあえず。


 ファサァ……。


 俺と巨漢の騎士ドルジィ君はドヒョウに粉を撒いた。

 そして互いに構えて正面を見て向き合って。


『ハッケヨイッ!』


「フンガアアアアアアアアアアァァアァアァァァァ――ッ!」


 審判の合図と共に、ドルジィ君はその巨漢からは考えられないスピードで俺に突撃してきた。



◇◇◇◇◇



 対戦相手を務めたニゴー子爵家随一の巨躯を誇るドルジィは、グレンとぶつかりあった瞬間の出来事を思い返し、のちにこう語る。


『まるで城塞ですわ』

『手強いとか、そういう次元じゃないっスよ』

『巨大な鉄の塊がドンッって置かれてて、それを相手にしてるみたいな? そういう虚無感みたいなもんがあったっス』

『もうアレっスね』

『あの人の背後に大きな馬車みたいな乗り物があったような気がしたっスもん』


――と。



◇◇◇◇◇





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

私ではありませんから

三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」 はじめて書いた婚約破棄もの。 カクヨムでも公開しています。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

処理中です...