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第二十四話『よよよよよ、よからぬ!?』
しおりを挟む夕刻に迫った頃、オレたちは帰宅の途に就いた。
同じ城内の地下なので帰宅というのは少しおかしな表現かもしれないが。
あの後、エイルやルナとともにビーチバレーに熱中してしまったオレはほどよく空腹感も感じ、予想外にも満喫してしまった。
明日こそは何かしらの帰るヒントを見つけたいものだ。
帰ると言う意志が形骸化してしまう前に。
郷里への執着が薄れないうちに。思い出と帰す前に。
上階へと続く階段の途中。
壁にもたれるようにして一行を待ち受けている者がいた。
「皆さま、こんばんは。お疲れ様でした」
銀色の髪に妖しげながらも整った顔立ち。腰に刺した剣。
疑惑の騎士団長アキレスだった。
「アキレス……」
オレは思わず息を呑む。
この間の一戦以来、オレはこいつに対して過度な警戒心がつくようになってしまっていた。
何かされているわけではないが、アキレスの視線や一挙一動に不信なものを感じずにはいられないのだ。
「アキレス。一体何の用だ」
先導していたアンナがずいっと前に出て用件を窺う。
身内に対するには刺々しすぎる態度だったが、先程の言動といい稽古場でのやり取りといい、彼女らは水と油のような関係らしい。
「隊長の君が敷地内の行楽に直々の護衛とは、勤務熱心なことだ。それくらい部下に任せておけばいいものを。君の部下たちは皆、君のことをかなり崇拝しているようだし、君が頼めばなんでも引き受けてくれるんじゃないか?」
ふわふわとした態度でアンナをおちょくるようにのたまうアキレス。
後で聞いた話だが、アンナの部隊は規律と誇りを重視するアンナの人間性やそのわかりやすい美貌に惹かれて彼女を慕い集まった者たちで編成されており、隊員らが彼女に向ける好意は単なる上司に向ける尊敬を超えているとかいないとか。
「確かに彼ら彼女らは私には勿体ないくらいの信頼を私に預けてくれている。それは冥利に尽きると思っているよ。だが、重要施設には役職持ちの騎士しか同行できないのは知っているだろう」
「ああ、そういえば以前君がそんな決まりを作っていたな。この退屈すぎるくらい平和な世界において、何をそんなに警戒しているのかわからないけど」
アキレスは職務への意識の低さを窺わせる発言を平然と言ってのけた。
王族の子息子女が勢ぞろいしている目の前で騎士隊長がそれを言っていいのか……。
こんなやつでも腕っ節が秀でていれば偉くなれるんだから、圧倒的な才というものはそれだけで世の中の不平等さを体現する材料だとわかる。
「貴様は何をしにここへ来た? 用もなく地下施設に立ち入ることはいくら騎士隊長でも禁じられていることだぞ」
直接向けられているわけでもないのに恐怖を感じてしまうほどの眼光でアンナはアキレスを睨みつけて言った。
騎士団の恥は死ねと言わんばかりだった。
「用事はあるさ。だけど地下にはない」
そしてアキレスはロキの前に立ち、
「ロキ様。約束通り、お迎えに上がりました……例の件について」
丁寧なお辞儀を見せて頭を下げた。
「……私とアキレスは大事な話がある。皆は先に帰っていてくれ」
ロキは表情を硬くしてそれに応じるように言った。
「二人で内緒話なんて怪しいわね。一体何をするのかしら。ひょっとしたらあの二人、よからぬ関係なのかもしれないわねぇ……」
二人から遠ざかった距離にまで来ると、途端ヴェスタが言いがかり以上の何物でもないことを言い出した。
お前は何を面白がっているんだ。
適当なこと言って掻き回そうとするんじゃねえ。
すでにオレの中でヴェスタの評価はその辺の噂好きのオバンと同等になっていた。
「よよよよよ、よからぬ!? そんなだって……まだロキには早いわ!」
おい、エイル。なぜ興奮している。
何が早いんだ。前はもう十三歳とか言ってたじゃねえか。
「んー? 何が早いんだ? 何がよからぬなんだ? なー?」
ルナは皆目見当がつかないようで、エイルにしつこく『何か』の詳細を訊ねて困らせていた。
知らなくていいから。
悟れるような汚い大人にお前はならなくていいから。
オレは歩みを止めて振り返る。
すでに彼らの姿は見えなくなっているが、どう考えてもあれはふわふわとした薔薇色お花畑な雰囲気ではなかっただろう。
アキレスは掴みどころのないニヤケ面で落ち着いていた様子だったが、ロキは死地に赴く歩兵のような思い詰めた顔をしていた。
――アキレスにはよく警戒しておいたほうがいい
本当に、なんかよくないことを考えてるんじゃねえよなぁ……?
ロキが絡んでのことなら、その矛先がオレに向かう確率はかなり高いと見受けられる。
エイルのことでだいぶ恨まれているみたいだしな。
おいおい、オレを厄介なもんに巻き込んでくれるなよ?
こちとらせっかく世間の敵意渦巻くしがらみから解放された身だというのに。
せめて異世界くらいでは安穏とした日々を送りたい。
気になる組み合わせの二人を地下に残し、ぶるっと体を震わせて、ちょっと水で冷やし過ぎたかなと温かい風呂を恋しく思いながらオレはその場を後にした。
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