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帰還(一)
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濃い闇に包まれた日本橋本町四丁目の表通りを、数名の侍に守られた一挺の駕篭が進む。
草履が道を踏みしめるかすかな音が、残暑の名残りが漂う夜の空気に溶けていく。奥田らの掲げる提灯の明かりだけが暗闇に揺れる本町は、酔客で賑わう時刻も過ぎて、静寂に包まれていた。
駕篭はやがて、大鳥屋の店先で止まった。
暖簾は戸口の内へ入れられ、土間の明かりは落ちていたが、まだ揚戸は半分開いていた。
駕篭を降りた紀堂はしばし戸口の前に佇み、提灯の明かりに朧に浮かび上がる、暖簾の花喰鳥を見上げた。
おもむろに土間へと足を踏み入れると、それを確認したように隠密と駕篭屋たちが歩きだした。密やかな足音が店から遠ざかっていき、やがて途絶えた。
ゆっくりと、店の中を見回した。
暗い土間に人の気配はなく、秤も帳簿もきちんと整理され、明日の商いに備えてある。
帳簿類から漂ってくる、馴染み深い、ひんやりとした墨の匂いを胸に吸い込んだ。
ずいぶん長いこと、店を留守にしていた気がした。
家に戻った。ようやく、戻ってきた。潮が満ちるかのように、静かな思いが胸に湧き出していた。
紀堂に、戻るのだ。
帳場の奥の座敷から、行灯の明かりが細く漏れていた。
腰に差していた打刀を手に持ち、土間の奥へと歩き出した途端、がたりと座敷の唐紙が開いた。
行灯のやさしい明かりに、凝然と佇立する有里の姿が浮かび上がった。
「……藤五郎さん!」
紀堂が口を開く前に、有里が鋭く声を上げた。
「藤五郎さん、藤五郎さん!」
見開いた目をこちらに向けたまま、唐紙にすがるようにして喉いっぱいに叫ぶ。
有里の背後の唐紙が開いて、藤五郎と手代の信介が飛び込んできた。
藤五郎さん、と叫ぶ声がばらばらに壊れ、後は嗚咽に変わった。
紀堂は土間から飛び上がり、帳場を突っ切り、ずるずると崩れ落ちる娘をしっかりと抱きとめた。
「紀堂さん……紀堂さん……」
声を放って泣く娘を強く抱き竦め、有里さん、有里さん、と囁きながら背中を撫で、また強く抱いた。
「遅くなって、すまなかった。もう、終わった。全部……終わったよ」
まるで何年も会っていなかったかのように、有里の感触が懐かしかった。
「全部、済んだ。もう、どこにも行かないよ」
耳元でそう繰り返し、大番頭を見上げた。
本物の主なのか、と目を疑うようにして浅く喘いでいる藤五郎に、頬を緩めて見せた。途端、大番頭はがくりと肩を下げ、詰めていた息を大きく吐いた。
筋張った大きな両手で顔をごしごしと擦り、しばらくじっと両目を覆った。それから、大番頭は気を取り直したように背筋を伸ばすと、
「……お帰りなさいまし、旦那様」
と低く言った。
「今、帰ったよ」
噛み締めるようにして答えると、藤五郎は信介とちらと目を見合わせ歯を零す。
そして、紀堂の肩に顔を埋めて慟哭する若女将を見て、濡れた目を和ませた。
安堵にむせび泣く娘の声が、暗い店の中に高く低く響いていた。
***
小舟の行き交う大川を、冷たい秋風が渡っていく。
墨堤の桜紅葉は盛りを過ぎ、風が過ぎる度に爛熟した紅の葉をどっと散らし、土手と川面をも赤い斑に変えていた。
「いい日和だな」
隣を歩く正馬が、のんびりと言う。
高く青い空の下、秋気澄み渡った向島の茶色く枯れた田園を右手に見ながら、堤の上に降り積もった真っ赤な紅葉を踏んで歩いた。やがて、夏の頃と同じく人々が列をなしている屋敷の門前で、二人は足を止めた。
音物を抱えた紋付袴や黒羽織の訪問客と、それを当て込んだ屋台で賑わう石翁の屋敷前の景色は、あの頃から変わっていない。
躊躇うことなく門番に近づいていくと、総髪に長身の得体の知れぬ浪人風の男と、端正な黒羽織の青年の二人連れに、門番が怪訝な視線を投げてきた。
「大鳥屋店主の紀堂と申します。卒爾ながら、お尋ね申し上げますが……」
紀堂はそう言いながら、繊細な両目を細くしてにこりと微笑んだ。
その美貌にぽかんと見惚れた尻端折りの男は、次の瞬間、あっ、と息を呑んだ。
「そ、その方……待て。少し待て」
泡を食ったように言いながら、門内へと駆け込んでいく。男を見送る紀堂の耳に、きょんきょんと鳴く百舌鳥の高い声が、どこからともなく響いた。
「……広彬どの、久しいのう。何度呼んでもちっとも顔を見せぬから、気を揉んでおったぞ」
ほどなくして屋敷に招じ入れられ、正馬と別れて奥座敷へと通されると、上座に坐した恰幅のいい男がむっつりと言った。
紀堂は涼しい顔で浅く頭を下げた。石翁からは幾度か向島へ赴くように促す手紙が届いていたが、のらりくらりと引き伸ばしていたのだ。
「ご無礼の段、どうかお許しくださいませ。火急の事態が出来致しておりましたもので」
「噂は聞き及んでおる。先手頭の柳井とやらが乱行に走ったそうだの。そこもとや大和守どのの手勢と、派手にやりおうたとか」
そこまで言って、ぐいと厚い唇を歪めた。
「まさか、千川家のご嫡男が存命であろうとは思いも寄らなかった。……儂に隠しておられたな」
知っていたならば水野派を揺さぶる材料にしたものを、とでも言いたげに、苛立ちを隠さぬ目でこちらを睨む。
「お許しくださいませ。余人に漏れれば、弟の命が危うくなりかねぬ状況でございましたので」
悪びれずに紀堂は微笑した。
「大殿様よりご教示を賜りました、飯田の生糸為替金支払方のお役を得たために、そこまで探り当てることが叶いました。まことに、お礼の言葉もございませぬ」
「ぬけぬけと申される。……で、此度は儂に何用であろうか。先般の礼でもお返しいただけるのかな」
こめかみをぴくぴくと痙攣させつつ、翁が唸った。
「は。実は、今一度石翁様のお力添えを乞いに参りましてございます」
「何と? この上また力を貸せと」
わずかに身を乗り出し、はい、と紀堂は美しい双眸で男を凝視した。
「千川家の再興に、お力添えをくださいませ」
「儂が?」
老人が一瞬唖然とし、それから噛みつくように言った。
「大御所様に、ご家名の復活を奏上せよと申されるのか?」
「はい。何とぞ、お願い申し上げまする」
「そんなことをして、儂に何の得があるのか。大御台様の不興を買うばかりではないか。図々しいにもほどがあるというものだ」
「なりませぬか」
「……広彬どの」
大仰な嘆息が聞こえてきた。
「過日の儂の計らいは、そこもととは過去に浅からぬ縁があると思えば、いささかお役に立つのもやぶさかではないと思った次第。そう、いつもいつもいい顔ばかりはできかねる」
「これは……心外なお言葉」
幽艶な双眸を細めて笑うと、紀堂は挑むように冷たい光を瞳に漲らせた。
「我が父と母を悲嘆の淵へ追いやったお方のお言葉とは、とうてい思えませぬ」
男のがっしりとした顎が強張った。
「……何のことかわからぬ、とは無論申さぬ。しかし、儂もそこもとへの誠意は十分に示したつもりであるのだがのう」
「我が父母の苦しみの対価を、ずいぶんと安く見積もられたものですな」
抜き身で斬りつけるように返した途端、翁が気色ばんだ。
「お口が過ぎるのではないか、広彬どの」
鉛のように重圧感を感じさせる両目が、警告を浮かべてこちらを睨む。
「越前守や大和守が背後におるのか知らぬが、あまり多くを望まれぬ方がよろしかろうぞ。そこもとには官位もなければ、ご家臣団もおられぬのだからな」
立場を弁えろというわけか。紀堂はさして驚きもせず、なるほど、と小さく頷いた。
「よく分かり申しました。なればよろしゅうございます。私が直接、大御所様へお願い申し上げましょう」
「……何を申すのだ。そなたがお願い申し上げたところで、誰が耳を貸すというのだ。千川家の庶子とはいえ、改易された身なのだぞ。西丸に足を踏み入れることすら許されるものか」
男が鼻を鳴らして睨めつけた。
「千川の子息として参るのではございませぬ」
そう応じるなり、紀堂は端麗極まりない笑みを浮かべた。
「実の子として父にお目にかかるのです。子が父に目通るのに、何の遠慮がございましょうか」
石翁が目を剥いて硬直した。
幻惑するような美貌に、怖気の走るような凄みが加わる。
「大和守様か越前守様に申し上げたならば、すぐさま西丸御殿へ導き入れてくれるはず。そうは思いませぬか」
「──そなた」
驚愕を両目に浮かべ、石翁が絶句した。
「そなた、まさか、知って……」
「御身と紫野との子が、そこもとの失態によって今まで野に隠され、かくも長きに渡り辛酸を嘗めてきたと知れたら……私の父はお怒りになられるであろうか。私の実の父は、さように情の深きお方であろうか。そこもとはよくご存知であろう。どう思う、石翁どの」
わなわなと頬をふるわせながら、男がぐっと言葉を飲んだ。
猪首に喉仏が忙しく上下し、ぴくぴくと唇がひきつる。
その姿を、紀堂は静まり返った目で見詰めていた。この男が紫野の死に落胆していたのは、その死を憐れんだわけではないのだ。将軍家斉の寵愛を得て、子まで成した絶世の美貌の娘だった。生きておれば使い道があったものを、とでも思ったのに違いない。
そうとなれば、己が大御所の子であるとは知らぬらしい紀堂を、下手に刺激せぬ方が上策だと踏んだのだろう。建議書や水野派の内情を探らせれば、一石二鳥というわけだ。
ところが、無知で御しやすいと見えた青年が、真実を覚って逆に脅しにかかってきた。
(さぁ、どうする)
忙しく瞳を揺らして逡巡している男を凝視した。
と、石翁は紀堂の白く冴えた面を睨みつけるなり、手に持った白扇で、ぱん、と鋭く掌を叩いた。
豪奢な座敷に響いたその音が、静寂に吸い込まれていく。
こちらを睨めつけたまま身じろぎもせずにいる翁の目に、やがて怪訝そうな表情が過った。視線がすっと襖の方を向く。耳をそばだてるようにして束の間襖の外をうかがってから、小さく息を飲んでこちらを見た。
紀堂がゆったりと視線を返すのを呆然と見返し、にわかに顔から坊主頭まで真っ赤にする。
「おのれ……」
こめかみに青筋を浮かせて呻いた。
紀堂は霞がかったように浮世ばなれした美貌を綻ばせ、ただ微笑んでいた。手勢を呼んだつもりであろうが、生憎そんなものはやっては来ない。
幾度か喘いだ老爺の喉が、ぐう、と鳴った。
「──わかり申した」
砂を噛むような顔で絞り出すと、ぐったりと肩を落とし、太い息を吐いた。
坊主頭にねっとりとした汗を浮かべながら、虚ろな目でつくづくとこちらを眺める。
「千川家の再興を、進言致しましょう。……まったく、初心そうな顔をして、図太い」
「恐れ入ります。何しろ、大鳥屋店主にございますので」
にこりと極上の微笑みを返すと、石翁は忌々しげに白髪眉をしかめ、早く行け、というように力なく扇子を扇いだ。
屋敷の門を出た紀堂は、別室に待たせてあった正馬と合流した。そして、付け届けを山と抱えてじりじりしながら門前に並ぶ人々を横目に、羽織を翻して堤を歩きだした。
「……異変はありませんでしたか」
乾いた素風がさらさらと紅葉を散らし、爽やかに額を撫でていくのを感じながら訊ねる。
「五人ばかり、座敷に入り込もうとしている連中がいた」
淡々と隣の師匠が答えた。
「皆、物騒なものを手にしておったので、伸しておいた」
紀堂は黙って微笑んだ。
紀堂は石翁の大失態の生き証人だ。機会と見れば、口封じにかかるだろうとは思っていた。
だが、変わり身の早い男のことだ。正馬のような護衛が張り付いていると知れば、暗殺はさっさと諦めて、紀堂の要求を呑んで縁を切ろうとするに違いない。大御所の怒りを買うよりは、大御台の機嫌を損ねる方がましというものだ。
もう、あの屋敷を訪うことはないだろう。そう思いながら紀堂はひんやりと澄んだ風に目を細くした。
「紫野様は、一度はお命を絶とうとなさったのだそうだ」
老公に見えた二日後、大鳥屋へ戻った正馬が、池の石橋の上に並んで立って言ったのを思い出す。
「大御所に無体を働かれたことを恥と思われ、喉を突こうとなさったのだ。それを知った伊予守様は、どうか生きて欲しいと強くお引き止めになられた。そして、紫野様がそなたを身籠もっていると判った時、生まれてくる子を、お二人の子としてお育てになることをご決心なされたそうだ」
池のぐるりを黄金色の青肌や柳、真紅の楓が金襴のごとく彩っている。冴えた風が吹き抜ける度、散らされた艶やかな葉が池の面を覆っていく。
正馬は左肩を負傷してはいるものの、驚くべき回復力で毒の痺れからも脱しており、しっかりと背筋を伸ばして佇んでいた。
「……千川家の子として、育てようとな」
ぽちゃり、と足元で水音が立った。赤い錦鯉が餌をねだって数匹集まり、錦繍の水面を揺らしている。
「そうでしたか……」
父は、母がこの世を去った後も、その決心を守り通してくれた。強く、やさしい人だった。
「このことを知っておるのは野月の家人と、千川家のご家老衆、それに四代目紀堂のみだったが……越前守様と大和守様へ明かしたのか」
「はい」
紀堂は師匠を見上げて気負いなく頷いた。
「玄蕃に、伝えてよいと申しました。老公と大御台様を抑え込むのに、これ以上の武器はございませんでしょう」
大御所の子に手を出したことを追及されれば、さすがの大御台の立場も危うくなる。
石翁が大御所に千川家の再興を勧め、越前守らがそれを支持すれば、否とは言えぬはずだ。
「そなたもなかなか、強かになった」
そう言って、正馬は笑った。
大川に優雅な弧を描く吾妻橋が、墨堤の桜紅葉に彩られるようにして迫っていた。対岸の町屋の間に浅草寺の五重塔がそそりたち、九輪がちかりちかりと煌めいている。
「……先生、友一郎を誘って、馬喰町へ寄っていきませんか」
ふと思いついてそう訊ねると、正馬が不思議そうな顔でこちらを見た。
「馬喰町?」
「ねずみの弥之吉が、煮売り屋をはじめたそうです。意外にうまいって評判ですよ」
そりゃあいい、と正馬が笑った。
友一郎には、高輪から戻った翌朝に花筏で会った。満身創痍の紀堂を見て真っ青になった友人は、「今日は店には出ない」と宣言して自室に紀堂を招き入れた。二十五年以上前にまで遡って、すべてを打ち明けた。実父が誰であるのかということだけは除いて。
このことだけは、有里にも明かさないと決めた。墓の下まで、持っていく。
友一郎は長い話を身じろぎもせずに聞き終えると、ぷいと部屋を出て行った。しばらくして戻った時には、酒器と酒肴を載せた折敷を手にしていた。
「この間は、飲み損ねたもんな。飲み直そうぜ」
自分と紀堂の前の猪口に酒を注いで、ぶっきらぼうに言う。
友人の目と鼻が擦ったように赤らんでいるのを見て、急に喉が詰まった。
「……何だよ。もう猪口を投げたりしねぇよ」
喉をふるわせて黙り込んだ紀堂に向かって、眉を片方吊り上げて見せる。
思わず歯を零すと、紀堂は猪口を取り上げて、酒と一緒に胸に込み上げる熱いものを飲み下したのだった。
「……あの若旦那はおもしろい男だな。肝が据わっているし頭もいいが、とんでもなく人を食ったところがある」
正馬が堤から大川を見渡しつつ楽しげに言った。
「そうなのです」思わず大きく首肯した。
「俺も幾度も煮え湯を飲まされたことがあります」
「ほう、例えば」
こちらを向いた師匠に口を開きかけ、途端、有里への恋文の件を思い出した。
「まぁ……色々です」とお茶を濁すと、勘のいい正馬が心得たように目に笑いを浮かべた。
「なるほど。じゃあ若旦那にたっぷり飲ませて聞き出すとするか」
肩を揺らしながら、師匠がすたすたと歩いていく。
しまった、やぶ蛇であったか、と紀堂は顔を火照らせながら空を仰いだ。
赤く色づいた梢を透かして、秋晴れの空がどこまでも広がっていた。
草履が道を踏みしめるかすかな音が、残暑の名残りが漂う夜の空気に溶けていく。奥田らの掲げる提灯の明かりだけが暗闇に揺れる本町は、酔客で賑わう時刻も過ぎて、静寂に包まれていた。
駕篭はやがて、大鳥屋の店先で止まった。
暖簾は戸口の内へ入れられ、土間の明かりは落ちていたが、まだ揚戸は半分開いていた。
駕篭を降りた紀堂はしばし戸口の前に佇み、提灯の明かりに朧に浮かび上がる、暖簾の花喰鳥を見上げた。
おもむろに土間へと足を踏み入れると、それを確認したように隠密と駕篭屋たちが歩きだした。密やかな足音が店から遠ざかっていき、やがて途絶えた。
ゆっくりと、店の中を見回した。
暗い土間に人の気配はなく、秤も帳簿もきちんと整理され、明日の商いに備えてある。
帳簿類から漂ってくる、馴染み深い、ひんやりとした墨の匂いを胸に吸い込んだ。
ずいぶん長いこと、店を留守にしていた気がした。
家に戻った。ようやく、戻ってきた。潮が満ちるかのように、静かな思いが胸に湧き出していた。
紀堂に、戻るのだ。
帳場の奥の座敷から、行灯の明かりが細く漏れていた。
腰に差していた打刀を手に持ち、土間の奥へと歩き出した途端、がたりと座敷の唐紙が開いた。
行灯のやさしい明かりに、凝然と佇立する有里の姿が浮かび上がった。
「……藤五郎さん!」
紀堂が口を開く前に、有里が鋭く声を上げた。
「藤五郎さん、藤五郎さん!」
見開いた目をこちらに向けたまま、唐紙にすがるようにして喉いっぱいに叫ぶ。
有里の背後の唐紙が開いて、藤五郎と手代の信介が飛び込んできた。
藤五郎さん、と叫ぶ声がばらばらに壊れ、後は嗚咽に変わった。
紀堂は土間から飛び上がり、帳場を突っ切り、ずるずると崩れ落ちる娘をしっかりと抱きとめた。
「紀堂さん……紀堂さん……」
声を放って泣く娘を強く抱き竦め、有里さん、有里さん、と囁きながら背中を撫で、また強く抱いた。
「遅くなって、すまなかった。もう、終わった。全部……終わったよ」
まるで何年も会っていなかったかのように、有里の感触が懐かしかった。
「全部、済んだ。もう、どこにも行かないよ」
耳元でそう繰り返し、大番頭を見上げた。
本物の主なのか、と目を疑うようにして浅く喘いでいる藤五郎に、頬を緩めて見せた。途端、大番頭はがくりと肩を下げ、詰めていた息を大きく吐いた。
筋張った大きな両手で顔をごしごしと擦り、しばらくじっと両目を覆った。それから、大番頭は気を取り直したように背筋を伸ばすと、
「……お帰りなさいまし、旦那様」
と低く言った。
「今、帰ったよ」
噛み締めるようにして答えると、藤五郎は信介とちらと目を見合わせ歯を零す。
そして、紀堂の肩に顔を埋めて慟哭する若女将を見て、濡れた目を和ませた。
安堵にむせび泣く娘の声が、暗い店の中に高く低く響いていた。
***
小舟の行き交う大川を、冷たい秋風が渡っていく。
墨堤の桜紅葉は盛りを過ぎ、風が過ぎる度に爛熟した紅の葉をどっと散らし、土手と川面をも赤い斑に変えていた。
「いい日和だな」
隣を歩く正馬が、のんびりと言う。
高く青い空の下、秋気澄み渡った向島の茶色く枯れた田園を右手に見ながら、堤の上に降り積もった真っ赤な紅葉を踏んで歩いた。やがて、夏の頃と同じく人々が列をなしている屋敷の門前で、二人は足を止めた。
音物を抱えた紋付袴や黒羽織の訪問客と、それを当て込んだ屋台で賑わう石翁の屋敷前の景色は、あの頃から変わっていない。
躊躇うことなく門番に近づいていくと、総髪に長身の得体の知れぬ浪人風の男と、端正な黒羽織の青年の二人連れに、門番が怪訝な視線を投げてきた。
「大鳥屋店主の紀堂と申します。卒爾ながら、お尋ね申し上げますが……」
紀堂はそう言いながら、繊細な両目を細くしてにこりと微笑んだ。
その美貌にぽかんと見惚れた尻端折りの男は、次の瞬間、あっ、と息を呑んだ。
「そ、その方……待て。少し待て」
泡を食ったように言いながら、門内へと駆け込んでいく。男を見送る紀堂の耳に、きょんきょんと鳴く百舌鳥の高い声が、どこからともなく響いた。
「……広彬どの、久しいのう。何度呼んでもちっとも顔を見せぬから、気を揉んでおったぞ」
ほどなくして屋敷に招じ入れられ、正馬と別れて奥座敷へと通されると、上座に坐した恰幅のいい男がむっつりと言った。
紀堂は涼しい顔で浅く頭を下げた。石翁からは幾度か向島へ赴くように促す手紙が届いていたが、のらりくらりと引き伸ばしていたのだ。
「ご無礼の段、どうかお許しくださいませ。火急の事態が出来致しておりましたもので」
「噂は聞き及んでおる。先手頭の柳井とやらが乱行に走ったそうだの。そこもとや大和守どのの手勢と、派手にやりおうたとか」
そこまで言って、ぐいと厚い唇を歪めた。
「まさか、千川家のご嫡男が存命であろうとは思いも寄らなかった。……儂に隠しておられたな」
知っていたならば水野派を揺さぶる材料にしたものを、とでも言いたげに、苛立ちを隠さぬ目でこちらを睨む。
「お許しくださいませ。余人に漏れれば、弟の命が危うくなりかねぬ状況でございましたので」
悪びれずに紀堂は微笑した。
「大殿様よりご教示を賜りました、飯田の生糸為替金支払方のお役を得たために、そこまで探り当てることが叶いました。まことに、お礼の言葉もございませぬ」
「ぬけぬけと申される。……で、此度は儂に何用であろうか。先般の礼でもお返しいただけるのかな」
こめかみをぴくぴくと痙攣させつつ、翁が唸った。
「は。実は、今一度石翁様のお力添えを乞いに参りましてございます」
「何と? この上また力を貸せと」
わずかに身を乗り出し、はい、と紀堂は美しい双眸で男を凝視した。
「千川家の再興に、お力添えをくださいませ」
「儂が?」
老人が一瞬唖然とし、それから噛みつくように言った。
「大御所様に、ご家名の復活を奏上せよと申されるのか?」
「はい。何とぞ、お願い申し上げまする」
「そんなことをして、儂に何の得があるのか。大御台様の不興を買うばかりではないか。図々しいにもほどがあるというものだ」
「なりませぬか」
「……広彬どの」
大仰な嘆息が聞こえてきた。
「過日の儂の計らいは、そこもととは過去に浅からぬ縁があると思えば、いささかお役に立つのもやぶさかではないと思った次第。そう、いつもいつもいい顔ばかりはできかねる」
「これは……心外なお言葉」
幽艶な双眸を細めて笑うと、紀堂は挑むように冷たい光を瞳に漲らせた。
「我が父と母を悲嘆の淵へ追いやったお方のお言葉とは、とうてい思えませぬ」
男のがっしりとした顎が強張った。
「……何のことかわからぬ、とは無論申さぬ。しかし、儂もそこもとへの誠意は十分に示したつもりであるのだがのう」
「我が父母の苦しみの対価を、ずいぶんと安く見積もられたものですな」
抜き身で斬りつけるように返した途端、翁が気色ばんだ。
「お口が過ぎるのではないか、広彬どの」
鉛のように重圧感を感じさせる両目が、警告を浮かべてこちらを睨む。
「越前守や大和守が背後におるのか知らぬが、あまり多くを望まれぬ方がよろしかろうぞ。そこもとには官位もなければ、ご家臣団もおられぬのだからな」
立場を弁えろというわけか。紀堂はさして驚きもせず、なるほど、と小さく頷いた。
「よく分かり申しました。なればよろしゅうございます。私が直接、大御所様へお願い申し上げましょう」
「……何を申すのだ。そなたがお願い申し上げたところで、誰が耳を貸すというのだ。千川家の庶子とはいえ、改易された身なのだぞ。西丸に足を踏み入れることすら許されるものか」
男が鼻を鳴らして睨めつけた。
「千川の子息として参るのではございませぬ」
そう応じるなり、紀堂は端麗極まりない笑みを浮かべた。
「実の子として父にお目にかかるのです。子が父に目通るのに、何の遠慮がございましょうか」
石翁が目を剥いて硬直した。
幻惑するような美貌に、怖気の走るような凄みが加わる。
「大和守様か越前守様に申し上げたならば、すぐさま西丸御殿へ導き入れてくれるはず。そうは思いませぬか」
「──そなた」
驚愕を両目に浮かべ、石翁が絶句した。
「そなた、まさか、知って……」
「御身と紫野との子が、そこもとの失態によって今まで野に隠され、かくも長きに渡り辛酸を嘗めてきたと知れたら……私の父はお怒りになられるであろうか。私の実の父は、さように情の深きお方であろうか。そこもとはよくご存知であろう。どう思う、石翁どの」
わなわなと頬をふるわせながら、男がぐっと言葉を飲んだ。
猪首に喉仏が忙しく上下し、ぴくぴくと唇がひきつる。
その姿を、紀堂は静まり返った目で見詰めていた。この男が紫野の死に落胆していたのは、その死を憐れんだわけではないのだ。将軍家斉の寵愛を得て、子まで成した絶世の美貌の娘だった。生きておれば使い道があったものを、とでも思ったのに違いない。
そうとなれば、己が大御所の子であるとは知らぬらしい紀堂を、下手に刺激せぬ方が上策だと踏んだのだろう。建議書や水野派の内情を探らせれば、一石二鳥というわけだ。
ところが、無知で御しやすいと見えた青年が、真実を覚って逆に脅しにかかってきた。
(さぁ、どうする)
忙しく瞳を揺らして逡巡している男を凝視した。
と、石翁は紀堂の白く冴えた面を睨みつけるなり、手に持った白扇で、ぱん、と鋭く掌を叩いた。
豪奢な座敷に響いたその音が、静寂に吸い込まれていく。
こちらを睨めつけたまま身じろぎもせずにいる翁の目に、やがて怪訝そうな表情が過った。視線がすっと襖の方を向く。耳をそばだてるようにして束の間襖の外をうかがってから、小さく息を飲んでこちらを見た。
紀堂がゆったりと視線を返すのを呆然と見返し、にわかに顔から坊主頭まで真っ赤にする。
「おのれ……」
こめかみに青筋を浮かせて呻いた。
紀堂は霞がかったように浮世ばなれした美貌を綻ばせ、ただ微笑んでいた。手勢を呼んだつもりであろうが、生憎そんなものはやっては来ない。
幾度か喘いだ老爺の喉が、ぐう、と鳴った。
「──わかり申した」
砂を噛むような顔で絞り出すと、ぐったりと肩を落とし、太い息を吐いた。
坊主頭にねっとりとした汗を浮かべながら、虚ろな目でつくづくとこちらを眺める。
「千川家の再興を、進言致しましょう。……まったく、初心そうな顔をして、図太い」
「恐れ入ります。何しろ、大鳥屋店主にございますので」
にこりと極上の微笑みを返すと、石翁は忌々しげに白髪眉をしかめ、早く行け、というように力なく扇子を扇いだ。
屋敷の門を出た紀堂は、別室に待たせてあった正馬と合流した。そして、付け届けを山と抱えてじりじりしながら門前に並ぶ人々を横目に、羽織を翻して堤を歩きだした。
「……異変はありませんでしたか」
乾いた素風がさらさらと紅葉を散らし、爽やかに額を撫でていくのを感じながら訊ねる。
「五人ばかり、座敷に入り込もうとしている連中がいた」
淡々と隣の師匠が答えた。
「皆、物騒なものを手にしておったので、伸しておいた」
紀堂は黙って微笑んだ。
紀堂は石翁の大失態の生き証人だ。機会と見れば、口封じにかかるだろうとは思っていた。
だが、変わり身の早い男のことだ。正馬のような護衛が張り付いていると知れば、暗殺はさっさと諦めて、紀堂の要求を呑んで縁を切ろうとするに違いない。大御所の怒りを買うよりは、大御台の機嫌を損ねる方がましというものだ。
もう、あの屋敷を訪うことはないだろう。そう思いながら紀堂はひんやりと澄んだ風に目を細くした。
「紫野様は、一度はお命を絶とうとなさったのだそうだ」
老公に見えた二日後、大鳥屋へ戻った正馬が、池の石橋の上に並んで立って言ったのを思い出す。
「大御所に無体を働かれたことを恥と思われ、喉を突こうとなさったのだ。それを知った伊予守様は、どうか生きて欲しいと強くお引き止めになられた。そして、紫野様がそなたを身籠もっていると判った時、生まれてくる子を、お二人の子としてお育てになることをご決心なされたそうだ」
池のぐるりを黄金色の青肌や柳、真紅の楓が金襴のごとく彩っている。冴えた風が吹き抜ける度、散らされた艶やかな葉が池の面を覆っていく。
正馬は左肩を負傷してはいるものの、驚くべき回復力で毒の痺れからも脱しており、しっかりと背筋を伸ばして佇んでいた。
「……千川家の子として、育てようとな」
ぽちゃり、と足元で水音が立った。赤い錦鯉が餌をねだって数匹集まり、錦繍の水面を揺らしている。
「そうでしたか……」
父は、母がこの世を去った後も、その決心を守り通してくれた。強く、やさしい人だった。
「このことを知っておるのは野月の家人と、千川家のご家老衆、それに四代目紀堂のみだったが……越前守様と大和守様へ明かしたのか」
「はい」
紀堂は師匠を見上げて気負いなく頷いた。
「玄蕃に、伝えてよいと申しました。老公と大御台様を抑え込むのに、これ以上の武器はございませんでしょう」
大御所の子に手を出したことを追及されれば、さすがの大御台の立場も危うくなる。
石翁が大御所に千川家の再興を勧め、越前守らがそれを支持すれば、否とは言えぬはずだ。
「そなたもなかなか、強かになった」
そう言って、正馬は笑った。
大川に優雅な弧を描く吾妻橋が、墨堤の桜紅葉に彩られるようにして迫っていた。対岸の町屋の間に浅草寺の五重塔がそそりたち、九輪がちかりちかりと煌めいている。
「……先生、友一郎を誘って、馬喰町へ寄っていきませんか」
ふと思いついてそう訊ねると、正馬が不思議そうな顔でこちらを見た。
「馬喰町?」
「ねずみの弥之吉が、煮売り屋をはじめたそうです。意外にうまいって評判ですよ」
そりゃあいい、と正馬が笑った。
友一郎には、高輪から戻った翌朝に花筏で会った。満身創痍の紀堂を見て真っ青になった友人は、「今日は店には出ない」と宣言して自室に紀堂を招き入れた。二十五年以上前にまで遡って、すべてを打ち明けた。実父が誰であるのかということだけは除いて。
このことだけは、有里にも明かさないと決めた。墓の下まで、持っていく。
友一郎は長い話を身じろぎもせずに聞き終えると、ぷいと部屋を出て行った。しばらくして戻った時には、酒器と酒肴を載せた折敷を手にしていた。
「この間は、飲み損ねたもんな。飲み直そうぜ」
自分と紀堂の前の猪口に酒を注いで、ぶっきらぼうに言う。
友人の目と鼻が擦ったように赤らんでいるのを見て、急に喉が詰まった。
「……何だよ。もう猪口を投げたりしねぇよ」
喉をふるわせて黙り込んだ紀堂に向かって、眉を片方吊り上げて見せる。
思わず歯を零すと、紀堂は猪口を取り上げて、酒と一緒に胸に込み上げる熱いものを飲み下したのだった。
「……あの若旦那はおもしろい男だな。肝が据わっているし頭もいいが、とんでもなく人を食ったところがある」
正馬が堤から大川を見渡しつつ楽しげに言った。
「そうなのです」思わず大きく首肯した。
「俺も幾度も煮え湯を飲まされたことがあります」
「ほう、例えば」
こちらを向いた師匠に口を開きかけ、途端、有里への恋文の件を思い出した。
「まぁ……色々です」とお茶を濁すと、勘のいい正馬が心得たように目に笑いを浮かべた。
「なるほど。じゃあ若旦那にたっぷり飲ませて聞き出すとするか」
肩を揺らしながら、師匠がすたすたと歩いていく。
しまった、やぶ蛇であったか、と紀堂は顔を火照らせながら空を仰いだ。
赤く色づいた梢を透かして、秋晴れの空がどこまでも広がっていた。
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