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想定外の未来

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 誰かが優しく頭を撫でる感触に、深いところにあった意識がゆるゆると浮上してきた。なんだろうと思いながらその心地よさにほうっと息を吐いた。温かくていい匂いがして、何だか猫になった気分だった。

「……目が覚めたか?」

 優しい手つきにもっと撫でて欲しいと頭を手にこすりつけたら、声をかけられた。その声は私の知る最も好きなもので、一気に現実に戻された。

「え? あ? あの?」

 目の前にあったのは好みど真ん中の顔で、至近距離から私を見つめていた。その綺麗な青い瞳に自分の姿を認めて……

「きゃぁあ!」

 自分が裸だと気付き、声を上げると同時に相手も裸だと理解した。こ、この情況って、前にも……

「ああ、朝から元気だな」

 揶揄うような声は凄く楽しそうで、実際に目の前の御仁はとても楽しそうな笑顔を浮かべていた。その笑顔が見られてラッキー、じゃなくて……

「あ、あの……」

 とにかく何か言わなきゃと思ったけれど、言う前に何があったかを思い出した。そうだ、昨夜また彼と……そう思ったら恥ずかしくて、思わずシーツを手繰り寄せた。

「うん? 説明が必要か?」
「いえ、大丈夫、です……」

 彼も私が状況を察したとわかったらしい。それでも楽しそうにわざとそう尋ねてきて、ちょっとだけムッとしてしまった。でも……

(本当に、気持ちが通じ合った、のよね……)

 思い出すだけで恥ずかしくて転げまわりたくなったけど、昨夜は確かにお互いの気持ちが同じなのだと感じた。これまでは媚薬のせいで身体を重ねていたから、心は完全に取り残されていたけれど……今回は心もしっかり繋がったと感じられたのだ。それくらいに、密度が濃い時間だった、と思う。

「やっと、捕まえた」

 昨夜のことを思い出していたら、そっと抱きしめられた。部屋が明るいのもあって、触れた素肌の感触に急に恥ずかしくなったけれど、それ以上の幸福感に心が満たされた。温かく力強い腕の中は気恥ずかしいけれど安心できた。心のままにほうっと息を吐くと、身体の強張りも心のわだかまりも消えていくような気がした。この部屋から出たら重い現実が待ち受けているのだろうけど、今は考えないでおこう。

「五年、我慢してくれ」
「五年?」

 急に苦しそうな声でそんな事を言われて、何の事か直ぐにはわからなかった。五年間、何を我慢すると言うのだろう。

「ああ、兄上の子が三歳になれば、王太子の座を離れられる」
「王太子……」

 そう言われて私は、彼の兄の王太子殿下が国王に即位した後、その地位に就くと決まっていることを思い出した。これは王太子殿下が独身で、まだお子がいらっしゃらないからだけど、彼の立太子は紫瞳でない者も王になれると示す意味合いもある。いずれ王太子殿下に王子が生まれればその座を辞す予定だけど、その子が三歳になるまでは辞められないのだ。ということは……

(わ、私が……王太子妃?)

 思いもしなかった未来に、気が遠くなりそうになった。王妃にはならないとわかっているけれど、それにしても王太子妃って……マナーも怪しい私が……?

(だめだ、不安な未来しかみえない……)

「や、やっぱり、無理、です……」

 高位貴族の夫人としての振る舞いですらも危ういのに、王太子妃なんて絶対に無理だとしか思えなかった。私がそんな地位に就いたら、彼どころか国に恥をかかせてしまうのは間違いない。

「心配するな。無理じゃないから」
「でも!」

 心配しないなんて絶対に出来ないし、無理なものは無理だ。十年若かったら何とかなったかもしれないけれど、この年で今から学び直したところで効果は限定的だろう。必ずしも努力が報われるとは限らないし、頑張っても出来ないことは多々あるのだ。

「心配いらないって。お前なら大丈夫だって、王妃も公爵夫人も太鼓判を押しているからな」
「ええっ?」
「それにお前、国家機密を扱う仕事をしていたんだ。十分に務めは果たせるって」

 だから大丈夫だと、もう一度念を押されたけれど…

(そんな、簡単に言わないでよね!)

 早くも未来は暗礁に乗り上げたとしか思えなかった。







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