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拗らせる弟

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 私のたった一人の弟のアレクが王籍に復帰した。当初は頑なに復帰を拒んでいた彼だったが、一つの案を示されて態度を変えた。それはエリーとの結婚だ。王籍に戻れば彼女の身の安全も保証されるから、結婚が可能だと言われたのだ。悩みに悩んだ末、アレクはその案を受け入れた。ただ、アレクには子が出来ないから『彼女がそれを納得した上で求婚を受けたら』という条件を自分に付けたが。
 マルスリーヌ殿は絶対に受けるから心配ないと言い、母やアレクの養母の公爵夫人も後押しすると張り切っていたため、彼は今日までその準備に奔走していた。逃げ出しそうな彼女を囲い込もうと必死で、その姿は微笑ましいを通して鬼気迫るものがあった。

 そんな彼に変化があったのは、昨日の夜だった。その日は夕方から国王陛下や宰相と共に、ラドン伯一派の逮捕で抜けた人員の補充についての話し合いをしている最中だった。

「……エリー!?」
「アレク、どうした?」

 突然アレクが彼女の名を呼んで立ち上がった。急な態度の変化に訝しく思い声をかけたが……次の瞬間、彼の姿はなかった。

「な……!」
「あ~あ、行っちゃった……」

 アレクの隣にいたサロモンが、ため息をつきながらそう呟いた。彼はアレクの部下で、アレクと同じかそれ以上の魔力を持つ、我が国でも希少な魔術師だ。

「サロモン、アレクはどうした?」
「移転魔術、でしょうね」
「追えるか?」
「やるだけやってみます」

 このまま放っておくわけにもいかず、彼にアレクを追わせた。移転魔術など使える者は我が国でも片手の数に足りるか…という希少な術だ。アレクは何かを感じ取って移転魔術でどこかに向かったらしいが、追えるのはサロモンくらいだろう。

 それから一刻ほど経って、ようやくサロモンが戻ってきた。

「サロモン、アレクは?」
「予想通り、ミュッセ嬢のところでした」
「エリーの?」
「はい。どうも彼女を妬んだ輩が彼女に襲おうとしたらしいですね」
「な…!」

 騎士団でそんなことをする馬鹿がいるとは……

「それで、彼女は?」
「ああ、ご無事でしたよ。副団長が消えたのは彼女の危機を察したからでした。現場を見て激高した副団長の魔力が暴走して、犯人は壁に叩きつけられていました。当面は動けないでしょうね」
「……そうか」

 恐るべき魔力の威力。そしてアレクの無自覚な執着心に拗らせているなぁと思った。

「ただ…副団長は魔力切れで倒れました。一、二日は目を覚まさないかと」
「なんだって? 命に別状は?」
「そこは大丈夫です。念のため薬も飲ませました。後は目が覚めるのを待つだけです」
「…そうか」

 聞けばエリーと一緒にいると言う。だったら心配はいらないだろう。エリーがアレクを見捨てずにいてくれれば。最近働き詰めだったなと思い、そのまま休ませてやるように告げると、サロモンはホッとした表情を浮かべた。彼もまたアレクが体調を崩さないかと心配していたのだろう。



 それから丸一日後、今度はアレクの従者のオイゲンが戻ってきた。彼は騎士団で起きたエリーの暴行未遂事件の後始末も兼ねて、朝から騎士団に出向いていたのだ。

「それで、アレクは?」
「はい、目を覚ましました。体調に問題はなさそうです」
「そうか。よかった…」

 深い安堵のため息が漏れた。魔力がない自分にはわからないが、魔力を暴走させたり切れたりすると命に係わる事もあるということくらいは知っている。弟の無事に強張っていた肩から力が抜けた気がした。

「それで…エリーとは?」
「はい。アレ…いえ、第二王子殿下があまりにも女々しいので、春が来たと王太子殿下に報告しますと言って置いてきました」
「はは…なるほど」

 アレクがどんな状態だったのか、オイゲンが何を言いたかったのか、それだけで手に取るように分かった。きっとアレクは、またエリーを前にしてすったもんだし始めたのだろう。

「もしダメだったら、王太子殿下に命令して頂きますと言ってきましたので…今度こそははっきりするかと」
「…そうか」

 もし今日、エリーにプロポーズ出来なかったら…アレクのヘタレ認定は確実だろう。それでなくても母上や公爵夫人、マルスリーヌ殿からそう言われているのだ。アレクにしてみればエリーに最大限配慮してのことなのだろうけど、それがまどろっこしく見えるのだろう。

「やっとアレクにも春が来るか…」

 長い長い冬だったと思う。生まれてからずっと冬続きだったとも言える。ただ瞳の色が違うと言う、それだけの理由で奪われたものは大きすぎるだろう。それでも、心から欲しいと思える伴侶を見つけられたのは僥倖といえるし、羨ましくも眩しくも見えた。





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