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お見舞い

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 それから十日ほど経ち、私はジョエルのお見舞いに行った。彼は今、騎士団の中にある騎士向けの病院に入院しているという。

「…傷の具合は…」
「ああ、大分いいんだ。ほぼ傷も塞がったし、痛みも大分減った」

 出血が多かったように見えて心配していたけど、傷が治りつつある事にホッとした。

「そう、よかった。その…助けてくれてありがとう」
「あ、ああ…いや、結局礼を言われるほどの事も出来なかったし…」
「でも、あなたがいなかったら、今頃どうなっていたかわからなかったわ」

 そう、想像したくもないけれど、大変な事になっていただろう。だったらやはり彼は恩人だ。

「でも、どうして助けてくれたの?」
「その…一言でいいから謝りたかったんだ。お前が結婚しないのは、俺のせいだと言われたから…」

 そう言ってジョエルは俯いたけど…

「それは…誤解だわ。元から持参金を用意する余裕がなかったのよ。だから…あの事がなくても結婚しなかったと思うわ」
「そう、なのか?だが…」
「本当に、昔の事はもう気にしないで。それを言ったら、私も申し訳なかったわ」
「は?何が?」
「だって、私のせいで廃嫡されて平民になったのでしょう?」
「あ~ああ、まぁ、それは…」

 急にジョエルが何かを思い出したように声を上げた。何だろう、ばつが悪そうにも見える。

「実は…あれは…別に理由があって…」

 そう言って彼は私との婚約を断った理由を話してくれた。当時彼には好きな相手がいたという。だが、実は彼女は他にも恋人が複数いて、身持ちが悪い娘だった。親はその事を知っていたが彼は聞く耳を持たず、婚約話も彼女と引き離すための策略だと思い激高した、と言うのが彼側の事情だった。

「まぁ…結局は親の言っていた事が本当だったんだけどな…」

 残念ながらその彼女は、廃嫡されたと聞いた途端に態度を豹変させ、彼から去ったという。何というか…ご愁傷様と言うのが適切なのだろうか…いや、この場合それは傷口に塩を塗るに等しいかもしれない。

「まぁ、俺も世間知らずで青かったんだろうな。でも、今の立場も結構気に入っているんだ」

 彼は元々自分よりも優秀な弟が当主になるべきだと思っていたらしい。彼は座学が苦手で、領地経営などとても無理だと思っていたのだと。当主の座にプレッシャーを感じていたのもあって、廃嫡は渡りに船だったらしい。それでも失ったものの大きさを思うと、いいのかそれで?と思わなくもないけど…

「廃嫡された経緯はわかったけれど…じゃぁ、どうして王女殿下と一緒にいたの?」
「ああ、一月前だったか、声を掛けられたんだ」

 約一月前、ジェルはロイに声を掛けられたという。大事な任務があるから他言無用でと連れていかれた先にいたのが、あの王女殿下だったという。王女はジョエルが廃嫡になった事に憤りを現し、彼に本来の立場に戻れるよう協力しようと言ったらしい。
 そしてその条件が、私を襲う事だった。王女殿下と副団長は将来を誓い合った仲だが、私が頑として婚約解消を受け入れない、こうなったら強硬手段しかないのだと言ったらしい。

「…あの王女殿下は、何を…」

 もう妄想が激しすぎて言葉もない。自分が選ばれないからそんな妄想をして、それが現実だと思い込んでいるのだろうか…だったら痛い、痛すぎる…

「王女殿下にそれは違うと言っても聞き入れないし、お前が無理やり結婚を迫ったなんて、どう考えてもおかしいと思ったんだ」
「そ、そう…」
「それに、悲劇の恋人のような物言いだったけど、しようとしている事がえげつなくて信じられる要素がなかった」
「……」

 意外と言うのは申し訳ないかもしれないけど、ジョエルは冷静だった。

「お前に詫びるチャンスだと思った。だから奴らの策に乗ったんだ」

 そう言ったジョエルの表情は、まるで別人のように凛々しく見えた。

「最後はみっともなく助けられちまったけど、あの時の詫びが…少しは出来ただろうか?」

 そう言って私の表情を窺うジョエルは、私の思っていた人物とは全くの別人だった。

「そんなの…十分すぎるわ」
「そっか。よかったよ」

 そう言って笑顔を見せた彼だけど、私を助けるためとはいえ反逆の一端を担ってしまった彼は、このまま騎士でいるのは難しいのではないだろうか。何とか騎士として残れるよう副団長に相談してみよう、そう心に決めた。


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