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突撃令嬢、再び
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オブラン夫人が眉をしかめ、私がため息をついた原因は、オーランド侯爵令嬢だった。彼女はランベール公爵の弟の娘で、副団長のいとこにあたる。その彼女がここ最近突撃してくるのだ。しかも前触れ無しに。そしてその理由と言うのが…
「またエリアーヌ様に婚約を白紙にしろと」
「そう…」
言う方もげんなりしていたが、答える私も同じだった。オーランド伯爵令嬢とは、私が副団長の専属文官になって二月ほど経った頃、騎士団の前で絡んできたご令嬢三人組のリーダー格だった。あの時は人事の事で異議があるなら騎士団長か副団長に、と言ったら引っ込んだのだけど…婚約者になったと知ったら、白紙にしろと突撃してくるようになったのだ。
副団長からは何度も抗議して貰い、出勤の送迎も厳重にして貰ったけど、あっちもしつこくて諦める気配がない。異議があるなら副団長にと言うのだけど、本人に言っても聞き入れてくれないからとこっちに来るのだ。面倒だし、鬱陶しい。この婚約は命令だから私に決定権はないのに…
そうは言っても、放っておけばずっと玄関ホールで騒ぐし、さすがに家令達に任せるのも申し訳ない。私はため息をつくと訪問者を応接室に通すように頼んだ。
「エリアーヌ様…」
「いいのよ、どうせ言いたい事を言って気が済んで帰るんだから」
毎回言いたい事を一方的に言って、気が済んだら帰るのがいつものパターンだ。散々嫌味な上司の小言を浴びた私の敵ではない。
「ちょっと!何時まで待たす…って、な…ぁああっ?!」
侍女に今一度身なりチェックを受けて応接室のドアを開けると、顔も見る間もなく怒号が飛んできた。ここは副団長の屋敷だし、本人がいたらどうするのだろうといつも思うのだけど、そんな想像力はないらしい。しかし今日は、台詞を途中で止めて叫んだと思ったら固まった。何?
「あ、貴女…誰よ?」
「はい?」
「わ、私が呼んだのはエリアーヌ嬢で…」
「私がエリアーヌですが?」
何度も会っているのに何を…と首を傾げたけど、向こうでオブラン夫人が笑いをかみ殺しているのを見て合点がいった。そう言えば今日はいつもの姿ではなくドレス姿のままだった。
(あ~そりゃあ、ビックリするわよねぇ…)
自分で言うのもなんだけど、外見詐欺師だったっけ。
「な…だ、だ、だって…その恰好…」
「ああ、副団長に頂いたドレスの試着をしていたところでしたの」
「ドレスを頂いたって…」
「ええ、婚約者だからこれくらいは当然だと」
そう言ってにっこり笑みを浮かべると、オーランド嬢が顔を赤くして唇を噛んだ。どうやらドレスを贈られたのが許せないらしい。
「ア、アレク様があんたにドレスなんて贈る筈ないわ!そうでしょう、オブラン夫人?」
「いいえ、このドレスは確かに旦那様がエリアーヌ様へと贈られたものです。ご覧の通り体の線が出るタイプですから、既製品ではとてもとても…」
怒り心頭と言った風のオーランド嬢はどうしても認められなかったらしい。副団長をよく知るオブラン夫人に助けを求めたけれど、返ってきたのは望む答えではなかった。
「プロポーションがおよろしいので、仕立て屋も張り合いがあると喜んでおりますの。エリアーヌ様はご自身の外見に無頓着でいらっしゃるから、私共も磨き甲斐があって楽しゅうございますわ」
オブラン夫人もにっこりと笑顔を浮かべてそう答えたけど、さすがに言い過ぎではないだろうか…そう思ったけど、効果てきめんだった。オーランド嬢はプルプルと震えて、いつもの勢いはすっかり失われていた。
「…っ!し、失礼しますわ!」
何も言い返せなかったのか、オーランド嬢はそう言うとバタバタと足音を立てて部屋を後にした。あらまぁ、侯爵令嬢が何ともお騒がしい事、とオブラン夫人が呆れたように笑い、侍女達も同意していた。最近の彼女の態度に鬱憤が溜まっていたから仕方ないけど、副団長の妻になりたいのならここの家令達の心証をよくしておく事も大事だろうに…
「全く、躾がなっておりませんわね」
「塩を撒いておきましょうか」
「ええ、よろしくね」
オブラン夫人と家令のリュックがそう話しているのを聞いて、私は彼女がこの家で歓迎される事はないのだろうなぁと思った。
「またエリアーヌ様に婚約を白紙にしろと」
「そう…」
言う方もげんなりしていたが、答える私も同じだった。オーランド伯爵令嬢とは、私が副団長の専属文官になって二月ほど経った頃、騎士団の前で絡んできたご令嬢三人組のリーダー格だった。あの時は人事の事で異議があるなら騎士団長か副団長に、と言ったら引っ込んだのだけど…婚約者になったと知ったら、白紙にしろと突撃してくるようになったのだ。
副団長からは何度も抗議して貰い、出勤の送迎も厳重にして貰ったけど、あっちもしつこくて諦める気配がない。異議があるなら副団長にと言うのだけど、本人に言っても聞き入れてくれないからとこっちに来るのだ。面倒だし、鬱陶しい。この婚約は命令だから私に決定権はないのに…
そうは言っても、放っておけばずっと玄関ホールで騒ぐし、さすがに家令達に任せるのも申し訳ない。私はため息をつくと訪問者を応接室に通すように頼んだ。
「エリアーヌ様…」
「いいのよ、どうせ言いたい事を言って気が済んで帰るんだから」
毎回言いたい事を一方的に言って、気が済んだら帰るのがいつものパターンだ。散々嫌味な上司の小言を浴びた私の敵ではない。
「ちょっと!何時まで待たす…って、な…ぁああっ?!」
侍女に今一度身なりチェックを受けて応接室のドアを開けると、顔も見る間もなく怒号が飛んできた。ここは副団長の屋敷だし、本人がいたらどうするのだろうといつも思うのだけど、そんな想像力はないらしい。しかし今日は、台詞を途中で止めて叫んだと思ったら固まった。何?
「あ、貴女…誰よ?」
「はい?」
「わ、私が呼んだのはエリアーヌ嬢で…」
「私がエリアーヌですが?」
何度も会っているのに何を…と首を傾げたけど、向こうでオブラン夫人が笑いをかみ殺しているのを見て合点がいった。そう言えば今日はいつもの姿ではなくドレス姿のままだった。
(あ~そりゃあ、ビックリするわよねぇ…)
自分で言うのもなんだけど、外見詐欺師だったっけ。
「な…だ、だ、だって…その恰好…」
「ああ、副団長に頂いたドレスの試着をしていたところでしたの」
「ドレスを頂いたって…」
「ええ、婚約者だからこれくらいは当然だと」
そう言ってにっこり笑みを浮かべると、オーランド嬢が顔を赤くして唇を噛んだ。どうやらドレスを贈られたのが許せないらしい。
「ア、アレク様があんたにドレスなんて贈る筈ないわ!そうでしょう、オブラン夫人?」
「いいえ、このドレスは確かに旦那様がエリアーヌ様へと贈られたものです。ご覧の通り体の線が出るタイプですから、既製品ではとてもとても…」
怒り心頭と言った風のオーランド嬢はどうしても認められなかったらしい。副団長をよく知るオブラン夫人に助けを求めたけれど、返ってきたのは望む答えではなかった。
「プロポーションがおよろしいので、仕立て屋も張り合いがあると喜んでおりますの。エリアーヌ様はご自身の外見に無頓着でいらっしゃるから、私共も磨き甲斐があって楽しゅうございますわ」
オブラン夫人もにっこりと笑顔を浮かべてそう答えたけど、さすがに言い過ぎではないだろうか…そう思ったけど、効果てきめんだった。オーランド嬢はプルプルと震えて、いつもの勢いはすっかり失われていた。
「…っ!し、失礼しますわ!」
何も言い返せなかったのか、オーランド嬢はそう言うとバタバタと足音を立てて部屋を後にした。あらまぁ、侯爵令嬢が何ともお騒がしい事、とオブラン夫人が呆れたように笑い、侍女達も同意していた。最近の彼女の態度に鬱憤が溜まっていたから仕方ないけど、副団長の妻になりたいのならここの家令達の心証をよくしておく事も大事だろうに…
「全く、躾がなっておりませんわね」
「塩を撒いておきましょうか」
「ええ、よろしくね」
オブラン夫人と家令のリュックがそう話しているのを聞いて、私は彼女がこの家で歓迎される事はないのだろうなぁと思った。
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