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不正の行方
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「これを、エリーが、ね…」
ここは王太子殿下の執務室。人払いをして、今ここにいるのは俺と王太子殿下だけだ。書類を眺めながら呟いた殿下の手にあるのは、エリアーヌ嬢が見つけたラドン伯爵縁の者の不正の一端だった。
「不正取引に人身売買、または麻薬取引、か」
「実際に取引されているのは、報告書とは別の物だろうというのがエリアーヌ嬢の見解です。過去にも似たような事例があるそうです」
「…彼女の能力は大したものだ。そりゃあ、ラドン伯爵が危機感を持つ筈だね」
王太子殿下も苦笑したが、エリアーヌ嬢が見つけた不正とみられる書類は誰も疑問に思わないものだった。あの領についての知識があり、そこにまつわる諸事情を知っている者なら疑問に思うかもしれない…その程度のもので、これで不正だというにはあまりにもささやかなものだ。
だが、そこに含まれていたのは、麻薬や人身売買と言う違法取引の可能性だった。エリアーヌ嬢の話では、あの子爵領の近くの領地では過去に麻薬栽培の事例があり、その時もありふれた作物の名義で取引されていたらしい。家畜も同様で、家畜取引に偽装した人身売買があったという。
「これだけではどうにもならないけど…調べてみる価値はありそうだ」
「はい。そこが突破口になるかもしれません」
ラドン伯爵は以前から黒い噂が絶えず、王位を狙っているとの噂もある。実際、野心家で抜け目がなく、これまでも疑惑が上がってはいるが証拠が不十分で摘発までには至っていない。
噂では最近病を得て、孫の子を王位に就けるまで待てなくなったと言われている。王太子殿下を弑して王女殿下を女王にし、孫と婚姻させて外戚として国を牛耳ろうと考えているのだとか。王太子殿下の婚約者候補が決まらないのも、裏で彼が絡んでいると言われている。
王太子殿下を狙う暗殺者の数が格段に増えたのはここ半年の事だ。自分が防いだのは二十人を下らない。最近では俺すらも邪魔者として狙われているくらいで、手段を選ばなくなってきているのが透けて見える。
「わかった、領地の調査はそれが得意な者に振ろう」
「御意」
自分の仕事はここまでだ。後は殿下の方で調べるだろう。そういう事は専門の者がやった方が早い。
「…アリスンの、婚約が決まった」
「そうですか。おめでとうございます」
「素っ気ないね」
「…それ以外にどう反応しろと?」
兄妹と知りながら結婚しようという相手だ。優しい言葉をかけるなんて愚を犯すつもりはない。子供が出来なければいいで済む話じゃないのだ。
「相手はエルミート公爵家の令息だ」
「エルミート公爵家の?では無事に婚約破棄に?」
「ああ。相手が中々納得しなかったが、分家の不正が発覚して、これ以上はと思ったのだろう。分家の罪を本家に問わない、破棄ではなく解消にすると言ったら、直ぐに同意したよ」
エルミート公爵家の令息は王女の婚約者は候補筆頭だった。王女とは幼馴染で仲も悪くなく、年齢的にも釣り合う。ただ、彼には祖父の先代公爵が決めた婚約者がいた。その令嬢は婚約を望んでいなかったが、親が解消しないと一点張りで難航していたのだ。だが、どうやら無事に解消出来たらしい。
「ラドン伯は怒り心頭だろうな。ずっと孫の婚約者にと申し出ていたんだ。それを無碍にされたんだからな」
殿下が人の悪い笑みを浮かべたが、それも想定内だ。怒りで動くと隙が出来る。そういう意味でも好都合だ。これまでの様に尻尾きりだけで終わらせるつもりはない。何としてでもこれまでの罪を明らかにして牢に繋げてやる。これまで彼のせいで不幸になった人達のためにも、これからのこの国のためにもだ。
「それで…エリーとはどうなっているんだい?」
打倒ラドン伯爵への決意を固めている俺に、殿下がそう尋ねてきた。
ここは王太子殿下の執務室。人払いをして、今ここにいるのは俺と王太子殿下だけだ。書類を眺めながら呟いた殿下の手にあるのは、エリアーヌ嬢が見つけたラドン伯爵縁の者の不正の一端だった。
「不正取引に人身売買、または麻薬取引、か」
「実際に取引されているのは、報告書とは別の物だろうというのがエリアーヌ嬢の見解です。過去にも似たような事例があるそうです」
「…彼女の能力は大したものだ。そりゃあ、ラドン伯爵が危機感を持つ筈だね」
王太子殿下も苦笑したが、エリアーヌ嬢が見つけた不正とみられる書類は誰も疑問に思わないものだった。あの領についての知識があり、そこにまつわる諸事情を知っている者なら疑問に思うかもしれない…その程度のもので、これで不正だというにはあまりにもささやかなものだ。
だが、そこに含まれていたのは、麻薬や人身売買と言う違法取引の可能性だった。エリアーヌ嬢の話では、あの子爵領の近くの領地では過去に麻薬栽培の事例があり、その時もありふれた作物の名義で取引されていたらしい。家畜も同様で、家畜取引に偽装した人身売買があったという。
「これだけではどうにもならないけど…調べてみる価値はありそうだ」
「はい。そこが突破口になるかもしれません」
ラドン伯爵は以前から黒い噂が絶えず、王位を狙っているとの噂もある。実際、野心家で抜け目がなく、これまでも疑惑が上がってはいるが証拠が不十分で摘発までには至っていない。
噂では最近病を得て、孫の子を王位に就けるまで待てなくなったと言われている。王太子殿下を弑して王女殿下を女王にし、孫と婚姻させて外戚として国を牛耳ろうと考えているのだとか。王太子殿下の婚約者候補が決まらないのも、裏で彼が絡んでいると言われている。
王太子殿下を狙う暗殺者の数が格段に増えたのはここ半年の事だ。自分が防いだのは二十人を下らない。最近では俺すらも邪魔者として狙われているくらいで、手段を選ばなくなってきているのが透けて見える。
「わかった、領地の調査はそれが得意な者に振ろう」
「御意」
自分の仕事はここまでだ。後は殿下の方で調べるだろう。そういう事は専門の者がやった方が早い。
「…アリスンの、婚約が決まった」
「そうですか。おめでとうございます」
「素っ気ないね」
「…それ以外にどう反応しろと?」
兄妹と知りながら結婚しようという相手だ。優しい言葉をかけるなんて愚を犯すつもりはない。子供が出来なければいいで済む話じゃないのだ。
「相手はエルミート公爵家の令息だ」
「エルミート公爵家の?では無事に婚約破棄に?」
「ああ。相手が中々納得しなかったが、分家の不正が発覚して、これ以上はと思ったのだろう。分家の罪を本家に問わない、破棄ではなく解消にすると言ったら、直ぐに同意したよ」
エルミート公爵家の令息は王女の婚約者は候補筆頭だった。王女とは幼馴染で仲も悪くなく、年齢的にも釣り合う。ただ、彼には祖父の先代公爵が決めた婚約者がいた。その令嬢は婚約を望んでいなかったが、親が解消しないと一点張りで難航していたのだ。だが、どうやら無事に解消出来たらしい。
「ラドン伯は怒り心頭だろうな。ずっと孫の婚約者にと申し出ていたんだ。それを無碍にされたんだからな」
殿下が人の悪い笑みを浮かべたが、それも想定内だ。怒りで動くと隙が出来る。そういう意味でも好都合だ。これまでの様に尻尾きりだけで終わらせるつもりはない。何としてでもこれまでの罪を明らかにして牢に繋げてやる。これまで彼のせいで不幸になった人達のためにも、これからのこの国のためにもだ。
「それで…エリーとはどうなっているんだい?」
打倒ラドン伯爵への決意を固めている俺に、殿下がそう尋ねてきた。
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