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今度は、何?

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(まさか副団長が…国王ご夫妻の御子だったなんて…)

 騎士団の執務室。副団長は朝、一通り指示をした後出て行ったきりで、私は一人で今日の分の書類を片付けていた。とは言っても、副団長の屋敷で片づけている書類に比べたら、ここでの仕事は量も少なくて全く忙しくない。むしろ暇だ。ゆっくり片づけても多分時間が余るだろう程には。だったら早く帰ってあの書類の山を…と思うのだけど、あれは内々に進めている物なのでここでやるのも憚られる。誰かに見られたらちょっと厄介なのだ。
 その為、今の私は職場で息抜きをして、屋敷に帰ってから全力で仕事をする、そんな状態になっていた。副団長もそれを知っているから、ここにいる間は楽にしていればいいと言ってくれる。
 だから今はちょっといいお茶を飲みながら、仕事をしているように見える程度にサボっているところだ。心苦しいと感じるのは、就職してから身に付いた社畜根性だろうか…

(何か…深入りしつつある、わよねぇ…)

 お茶を飲みながら、ため息をついた。婚約も形だけだし、深く関わるつもりはないのに、思いがけず秘密を知ってしまった。喋るつもりはないけど、もしかして一生監視されたりするのだろうか。怖くて深く考えたくない…

(それにしても、瞳の色くらいで我が子を死んだ事にするなんて…)

 王妃様はどうお感じになったのだろう。お腹の中で大切に育てて命がけで産んだのに、瞳の色が違うだけでいなかった事にされるなんて、私だったら耐えられないな、と思う。
 うちは家族仲がいいし、母は家族のためなら全力で戦う人だから、こんな世界は想像出来なかった。そして、その事実を知っている副団長はどう感じているのだろう…それも想像出来なかった。



 その日もゆる~く仕事を終わらせ、定時になったらさっさと執務室を離れた。今は副団長が送迎用の馬車を出してくれるから、馬車に乗ったら仕事開始だ。さぁ、仕事だ、と気を引き締めて馬車乗り場に向かった。

「おい」

 馬車に向かって歩いていると、誰かが人を呼ぶ声がした。聞き覚えのない声だし、私に用なら名を呼ぶだろう。そう思って気にしないでいたら、もう一度「おい!」と呼ぶ声がした。何だろうと思って声の方を見ると、そこには茶色の髪を短く刈り上げた、灰青色の瞳の騎士がこちらを見て立っていた。その様子からして私に声をかけたのは彼だろう。背は高くて鍛えられているけど、姿勢が悪いせいかだらっとして見えて小者感がする。覚えがないけれど…誰だろう…

「…何か、御用でしょうか?」

 呼び止めたくせに、じろじろと私を見るだけで何も言わない。早く帰りたい私は、仕方なくそう尋ねた。

「…な、何でもねぇよ…」

 暫く私をじっと見ていたけれど、結局それだけ言うとその騎士はそのまま走り去ってしまった。はぁ、何なの?

「あれ、エリアーヌ様、今帰り?」
「あ、エミール様もですか?」
「うん、今から婚約者と会う約束なんだ」

 そう言って気の抜けた笑みを浮かべたけれど、それはそれで天使のような無邪気な笑みで尊い…エミール様の婚約者はまだ学生だと聞くが、きっと可愛らしい子なんだろうなぁと微笑ましく思ってしまった。

「そう言えば、さっきの騎士は知り合い?」
「え?いえ、声をかけられたのですが、覚えがない方です」
「そうなの?彼は確か、ジョエル=セルネさんじゃなかったかな?元伯爵家の」
「ジョエル…セルネ?」
「うん、確かそんな名前だったよ。あ、マズい!約束の時間に遅れちゃう。エリアーヌ様、またね」

そう言ってエミール様は颯爽と行ってしまった。けれど…

(ジョエルって…あのバカ男?)

 思い出した。向こうから婚約の打診をして来たくせに、顔合わせの時にブスだの花がないだのと散々私を馬鹿にしたあの男だ。そう言えば、ここにいるって話だった。すっかり忘れていたけれど、奴がそうだったのか。

(今更…何の用なのよ…)

 まさか廃嫡されたのを恨んでいるとか?こっちとしては二度と顔も見たくなかったのに。エミール様で癒された気分が急低下していくのを恨めしく思いながら、ため息をついてから馬車に乗り込んだ。


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