上 下
79 / 85
【書籍化記念】番外編

不穏な空気と心配性の兄~ベルタ

しおりを挟む
 エッダのことはユリアにも話をして、気を付けるように伝えた。エリサ様に何かをすることはないだろうが、彼女は人族を見下しているからユリアに何かする可能性がないとも言えない。

「そう、ありがとう。気を付けるわ」

 そう言ったユリアだったが、兄さんに聞いたところ時々王宮で上位種に絡まれているのだという。人族は底辺と思われている上、王宮に人族が少ないのもあるだろう。
 ケヴィン様はその優秀さで一目置かれているが、それでも妬む者は少なくない。その縁者となれば一言言いたくなるのだろう。それは獣人の中にある弱肉強食の本能によるので、中々払拭するのは難しかった。

「何かあったら相談してくれ。力になるから」
「ありがとう。そう言って貰えると心強いわ」

 いつも冷静で表情を崩さないユリアが、珍しく弱々しい笑みを浮かべた。やはり相当なプレッシャーがかかっていたのだろう。こうなると他の侍女や護衛にも気を付けた方がよさそうだし、彼らへの教育も必要かもしれない。残念ながら上位種になればなるほど、番ではないのに妻となったエリサ様への心象は悪いのだ。



 それから私は、エリサ様だけでなくユリアのことも気にするようになった。この状況でユリアに何かあればそれはエリサ様の知るところとなる。もし人族への差別やエリサ様への反発でユリアが害されれば、エリサ様の我が国への心証は悪化する。既に一度、いや、トール様から聞いた陛下とエリサ様の初体面のことを入れたら、我が国は既に二度もやらかしているのだ。これ以上カウントを増やすわけにはいかなかった。

「よぉ、ベルタ!」
「レイフ兄さん」

 王宮からエリサ様の離宮に向かう途中、兄さんに会った。兄さんは一応陛下の護衛だけどそれが形だけのものなのは明らかだった。誰よりも強く、毒などへの耐性もある陛下を害するのは簡単ではないし、陛下の剣技を見れば誰も手を出そうなどとは思わないだろう。私も勝てる気が全くしない。兄妹の中で最も強く、狼人の中では最強とも言われるルーベルト兄さんですら敵わないのだ。勝てるのなら同じ竜人のトール様かブロム卿だろうか。

「これから王女さんのところか?」
「ああ。兄さんは?」
「あ~俺? 今から騎士団にいくとこ」
「騎士団って……陛下の護衛は?」
「ジークなら番探しに行ってていないんだよ。だから王宮じゃすることがなくて」
「そっか」

 陛下はエリサ様を迎えても番探しの旅を止めることはなかった。でもそれも仕方がない。獣人は番が見つからなければ心が空虚なのだ。そしてそれは竜人では特に顕著で、番の有無で人生どころか性格も変わってくる。この国の安定のためにも陛下の番の発見は獣人の切なる願いだった。

「あ~ベルタ。その、色々気を付けろよ」
「兄さん?」
「トールが言ってた。王女さんを狙う輩がいるそうだ。今ルー兄が調べているらしい」
「……わかった。気を付けるよ」

 トール様とルーベルト兄さんが動いているのなら、それはかなり具体的な計画があるのだろう。エリサ様を狙う可能性のある者は少なくない。番至上主義者や反国王派、反マルダーン派。それ以外でもマルダーンとの同盟をよく思わない国もあるだろう。例えばルーズベール王国やフェセン王国などだ。表面上は友好的でも、自国の利益に合わなければ裏で何をするかわからない。性急とも言えるマルダーンとの同盟はそれだけ周辺国にとっては脅威なのだ。

「王女さんは勝手に離宮の外には出ないんだろう?」
「うん、出ても庭くらいかな」
「そうか。ルー兄も警備を強化したと言っていたし、大丈夫だとは思うけど……気を付けろよ」

 そう言って兄さんが私の頭をポンポンと叩いた。ルーベルト兄さんならまだしも、レイフ兄さんに子ども扱いされるのは何となく腑に落ちないんだけど……

「兄さんには言われたくないなぁ」
「何言ってんだよ。昔から一番無鉄砲なのはベルタ、お前なんだぞ」
「そんな筈ない。だったら兄さんの方が……」
「昔、友達を助けようとして、池に飛び込んだのは誰だよ」
「あ、あれは……」

 指摘されたことを思い出して、それ以上言い返せなかった。

「泳げないのに、池の深さも知らないで飛び込んだの、忘れたとは言わせねぇぞ。あん時、俺がどれだけ肝を冷やしたかわかってるのか?」
「う……」

 あの時のことをここで取り上げられるとは思わなかった。確かにそんなこともあったけど、あれはまだ小さい頃の話だ。今はそんな無茶なことなんかしない、はず……

「頼むから後のこと、ちっとは考えてから動けよ。父さんや母さんにあまり心配かけんなよ」
「わ、わかったよ」

 そこまで言われると反発することは出来なかった。兄さんが本当に心配してくれたのが伝わって来たし、両親は私の意志を尊重してくれているけど、本当は騎士になるのは反対だったのだ。




しおりを挟む
感想 822

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。