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番外編

番外編① マルダーン王太子の慟哭

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「ど、どうして私がこんな目に…私は王妃なのよ」
「私が何をしたって言うのよ!放して!放しなさいよっ!!!」

 髪を振り乱し、大声で喚きたてる二人が騎士達に連れて行かれるのを、私と父王は無言で見送った。最後まであの二人―私の母と妹―は自分の罪を認めず、身勝手極まりない持論を振りかざすばかりだった。

 あの二人の死が、決まった。



 ラルセンで行われた異母妹でもあるエリサとラルセン国王との結婚式。
 私は当初、妻である王太子妃と参加する予定だったが、それは直前になって取りやめとなった。妻が…愛するフローレンスが身籠ったためだ。結婚して三年、待望の我が子となれば長旅で無理をさせるなど論外だ。私は仕方なく妹のカミラを連れて参加する事にした。
 それに関しては…正直なところ不安しかなかった。カミラが異母妹を、エリサを嫌っていたからだ。それだけではない。彼女は獣人も見下し、ラルセンへの輿入れを完全拒否したのだ。それほど嫌っているラルセンに、嬉々としていこうとする素箍には不安しかなかった。大方エリサが苦労していると踏んで、嘲笑うつもりだったのだろう。

 しかし現実には、カミラの望むようにはならなかった。久しぶりに会ったエリサは以前とは別人のように美しくなっていて、ジークヴァルト陛下とも仲睦まじそうに見えた。竜人が番以外に興味を示さないと聞いてはいたが…彼らの様子は私にも、そしてカミラにも想定外だった。

 初めてお会いしたジークヴァルト陛下は、私が想像していた以上に美丈夫だった。月の光のような青みのある銀の髪、鋭く強い意志を宿した金の瞳、完璧とも言える顔の造詣と引き締まった体躯。多分、これまでで出会った誰よりも神に愛された存在に見えた。
 そのせいだろうか。カミラはジークヴァルト陛下に対し、自分を王妃にしろと迫ったのだ。既にエリサとの婚姻が成立しているにも拘らず。

「どうして?私の方がエリサなんかよりもずっと血筋もいいのに!」
「それがどうした?ジークヴァルト陛下はエリサを王妃として認められた。今更お前が何を言っても無駄なんだ。どうしてその事がわからない?」
「だって…あんな薄汚い娘が私より上の立場だなんて…!」
「それでも、彼女を送り出せと言ったのはお前だろう?」
「そ、それは…」

 そう、エリサをラルセンに送れと言ったのは母上とカミラだった。それも嫁入りのための道具一つも持たせずに送り出したのだ。今更カミラの出る幕などない。しかも、父王から後から聞いたが、ジークヴァルト陛下の番はエリサだという。だったら、カミラが入り込む余地など砂粒ほどもないのだ。

 しかしカミラは、盗み出した白紙の公文書を使い、父王の名で自分を王妃とするようにと記した偽の公文書を出してきた。本人は軽い気持ちでやった事だったのだろうが…これは反逆罪に問われる重罪だった。

 更には、王妃である母とカミラは、セーデンの王女にまで無礼を働いた。招待国の王妃だけでなく、その国が招待した客に、ただの招待客でしかない母と妹が無礼を働いたのだ。
 これは…大変な問題だった。一歩間違えれば戦争になっても仕方がない程に。母も妹も我が国の現状を何も理解していないと、こうもはっきり突きつけられるとは思わなかった。

 それからの私は、父王と共にジークヴァルト陛下に謝罪を繰り返し、あの二人を必ず罪に問う事、責任を取って父王が退位する事、私が即位した後も同盟を必ず継続させる事を確約して許しを得た。ジークヴァルト陛下は寛大なお方で、エリサの母国だからと、そんな条件を飲んで下さった。いや、そうではない。私達は…物乞いのように慈悲を与えられたのだ。それでも、戦争にならなかったのは有難かった。



 父王たちに先んじて帰国した私は、妻の父のギレット侯爵をはじめとする反王妃派の貴族と、今後の対応を話し合った。母上の実家の宰相をこれ以上のさばらせるわけにはいかない。母上とカミラの罪を明らかにしなければ、我が国は周辺国からの信用を失う。それは国を揺るがすほどのものになっていたのだ。
 身重の妻には申し訳なかったが、生まれてくる我が子のためにもこの国の膿を出す事は必然だった。私はギレット侯爵たちの協力を得ながら、母上とその父でもある宰相の不正を暴き、この国を正常な状態に戻さなければならないのだ。
 その間にも、カミラは病気療養と称して自死を賜った。ルーズベールのユリウス王子がエリサを殺害しようとした罪を問われて自死を賜ったからだ。そうなれば、その片棒を継いだカミラを生きながらえさせる事など出来なかった。

「嫌よ、どうして私が死ななきゃいけないのよ!」

 そう言ってカミラは最後まで抵抗した。あの子は自分が悪い事をしたと思っていないのだから仕方がない。だが、もうそんな言い訳など通用しないのだ。あの子はただの貴族ではなく…王女なのだから。

「お兄さま、助けてよ!私…死にたくなんかない…!」

 泣き腫らした目を向け縋りついてくる妹の姿に、私はいっそこのままこの子を連れて逃げようかとの思いも過った。それもそうだろう、この子は私の妹なのだ。少し我儘だが、私を慕ってくれた可愛い妹だった。幼い頃は私の後にいつもついて回り、「おにーしゃまのおよめしゃんになるの!」と屈託ない笑顔を見せてくれた子だった。

「…お前のした事は許される事ではないんだ。悪戯で済む話ではないんだよ」
「…そんな…」

 結局、毒杯から逃げ回るカミラに手を焼き、最後には食事に毒を盛る事になった。一緒に夕食を摂ろうと誘い、その席でカミラのワインに毒を入れて飲ませたのだ。

「お、にい…様…だま…し…の…」
「…すまない」

 毒を飲み、苦しみながら怨嗟の瞳を向けてきた妹に、私は謝るしか出来なかった。
 どうしてこんなにも我儘で傍若無人になってしまったのか…子供の頃は我がままでも、もっと思いやりのある子だったのに…諫められなかった事に、守れなかった事に、後悔よりももっと苦々しいものが込み上げてきた。もっとこの子に目をかけてやればよかった…

 自死を賜ったカミラは、表面上は伝染病による死と公表され、葬儀も行われなかった。ひっそりと、廃嫡された王子などが眠る墓地に埋葬された。墓石に名を記す事すら許されない、そんな墓地だ。今は寂しいだろうが、近いうちに母上もここに眠るだろう。



 エリサの結婚式から一年後、母上や宰相たちの罪を明らかにした父王は、ジークヴァルト陛下との約束通り、退位して王位を私に譲った。表面上は病気によるものだったが、これまでの責任を取っての退位である事は明らかだった。
 王位を退いた父上は、王宮近くの屋敷に居を構えた。ここは元々公爵家の屋敷で、エリサの母のリータ殿が子どもの頃に暮らしていた場所だったという。リータ殿の婚約者だった公爵家の令息が亡くなり、その後公爵も亡くなって家が途絶えた後、父上が手に入れたのだという。父上にとっては、思い入れのある場所だったのだろう。
 私としてはまだまだ教えて頂かなければならない事がたくさんあるだけに、側に居て下さるのは心強かった。

 母上は…帰国後暫くは王宮で暮らしていたが、カミラを死に追いやった父王や私を恨み、程なく自ら王都内にある離宮へと移り住んだ。そこで宰相たちと父王への復讐を考えていたが…結局は宰相の不正を明るみにした事で力を失い、ほぼ軟禁状態だ。お気に入りの侍女たちだけを側に置き、静かに暮らしているという。
 多分、遠くない未来に、母上もカミラの後を追うだろう。さすがに立て続けに王女と王妃が亡くなれば、国民が動揺するだろうからと間を空けているだけだ。母上もその事を分かっているだろうが、厳重な監視の下に置かれているから、逃げる手立てもない。


 これからはギレット侯爵たちの協力を得ながら、国の改革を進めていく事になるだろう。エリサの結婚式でジークヴァルト陛下との繋がりが出来、そこからセーデン王国やフェセン王国などとの繋がりを持てるようになったのも幸いだった。
 また、これまで横柄な態度だったルーズベールもあの時以来大人しくなった。ラルセンとの関係が大きく影響しているのは間違いないだろう。程なくしてエリサがジークヴァルト陛下の番だと発表されたのも影響しているだろう。番至上主義の竜人にとっては、番は何にも増して優先されるものだ。エリサの気持ち一つでこれからのラルセンの施策も変わってくるのだから。
 それほどにラルセンは国力があるのは間違いなかった。ジークヴァルト陛下の治世は安定していたし、他国との関係も申し分ない。対立しても我が国に利などない。エリサが王妃でいる間に関係を改善し、国力を取り戻すしか我が国が生き残る術はないのだ。
 我が国は祖父の代から鎖国に近い状態だったが、このままでは国が沈んでしまう。今後はラルセンの協力を得ながら、沈み切った国内を盛り立てていく事になるだろう。せめて生まれた我が子に、王位を渡す日までには。


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