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番のピアス
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さて、結婚式も残り五日となった日、私はベルタさん達ではない侍女に囲まれていました。皆さん、何だか酷くやる気で気合が入っていますが…どういう事でしょうか…私が目を白黒させていると、侍女のリーダーらしき方が満面の笑みを浮かべました。
「エリサ様は何もなさらなくて大丈夫ですわ。全て私達にお任せください」
そう言うと一斉に囲まれて身ぐるみはがされ、そのまま浴室へと連れ込まれました。そして頭のてっぺんから足のつま先まで磨かれて、その後はマッサージだ、パックだ、爪の手入れだともみくちゃにされたのです。
「な、何が…」
「何がって、結婚式の準備の一環ですわ。いくらベールで隠されるとは言っても、何もしない訳はありませんでしょう?」
「ええ?で、でも…」
「エリサ様は普段から何もされずにいらっしゃるのですもの。こんな時くらいはしっかりお手入れしましょうね」
「そうですわ、結婚式は女性にとっては一生に一度の大切な日ですもの」
「ええ、こんなに磨き甲斐があるなんて、私も腕が鳴りますわ」
侍女さん達のやる気が半端なくて、何だか逃げ出したい気分になりましたが…そんな隙は一切与えられませんでした。とってもいい香りの香油を塗られて全身をマッサージされ、髪も専用の香油をたっぷり塗られてパックをされ、と一通りの行程を経た私は…完全に別物になった気がします。何と言うか…脱皮した気分?
髪は艶々、肌もしっとりすべすべです。マッサージなどでこんなに変わるのね…と鏡の中の自分を眺めながら、私はお手入れの大切さを改めて思い知らされました。
「さ、結婚式の前日まで毎日受けて頂きますわ」
「ええ?今日だけじゃないの?」
「当然ですわ。ちゃんと手順があるのですよ。今日はまだ初日ですからお肌のチェックなども兼ねて軽いものですのよ」
「…軽い…」
あれで軽いとはどういう事でしょうか…もう終わった頃にはぐったりしてしまったのですが…しかし、世の中には美容に命を懸ける女性がいる、と聞いた事がありますが…確かに命がけかもしれませんね。私は程々で十分ですわ…
その翌日、今度はデザイナー達が婚礼用の衣装を王宮に届けてくれました。勿論、宝石商に頼んだあのベール飾りなどの宝飾品も一緒です。完成した衣装はこれまでに見た事がない程に豪奢で、ため息が出る程素晴らしい出来栄えでした。こんなに素敵な婚礼衣装を頂いてしまっていいのかしら…と不安になるほどです。
番を着飾らせるのは男性の甲斐性であり楽しみだとは聞きましたが…どれくらいの金額なのか、聞くのが怖いです。きっと聞いたら怖くて着られなくなりそうなので、今は聞かない事にしましょう。
ちなみにジーク様のご衣裳も婚礼衣装とお揃いで、さすがは一国の王がお召しになるものですね。豪奢で気品があって、きっとお召しになったら素晴らしく映えそうです。残念ながら時間がなくてジーク様が試着した姿は見られませんでしたが…これは自分よりもジーク様の衣装の方が楽しみになってきました。
こちらの衣装は最終確認をした後、式が行われる清翠の間と呼ばれる大広間の近くの控室にそれぞれ持ち込まれました。そこで式までの間は騎士が寝ずの番で見張るのだそうです。
色んな事が具体的になってきて、ようやく式が近づいているのだな、と実感が湧いてきました。いえ、既に婚姻は成立しているので、結婚はしているのですが…ただ、ずっと形だけのつもりだったから、実感が殆どなかったのです。どんなに長くても三年経ったら離婚する予定でしたし…
でも、私が番だとはっきりしてしまった今、ちゃんとした王妃になる覚悟をしなきゃいけないですよね。ジーク様は無理をする必要はない、私のペースで考えてくれればいいと言って下さいますが…妃として番として、ジーク様を受け入れないといけないんですよね…うう、わかってはいますが、いざ結婚式が近づくと色々と考えてしまって、何と言うか…恥ずかしくて居心地が悪く感じてしまいます。
「ジーク様、ごきげんよう」
私が自室でジーク様との事を考えていると、庭からジーク様を呼ぶ声が聞こえました。窓の下に視線を下ろすと、そこにはジーク様とマリーア様の姿が見えました。マリーア様は今日はエーギル様ではない男性とご一緒ですが、こちらとも距離が近くて親密そうです。服装がセーデン風ではないので、もしかすると婚約者のルーズベールの王子殿下でしょうか。会話は聞こえませんが…男性もジーク様とはお知り合いのように見えます。
それでも、女性がジーク様を愛称で呼ぶのは何となく…気になりました。いえ、マリーア様は幼馴染のようなものでお付き合いが長いそうですし、昔からそうなのかもしれませんが…
これはやはり、マリーア様の初恋の相手がジーク様だと聞いてしまったから、でしょうか…マリーア様がどうお考えなのかが分からないだけに、モヤモヤします…ジーク様達は直ぐに別れましたが、それにホッとしている自分がいました。
「エリサ様、今夜は陛下が一緒に夕食を、と仰っていますわ」
「ええっ?」
エステの後でぐったりしていた私の元に、侍女さんがジーク様からの伝言を伝えに来ました。今日もジーク様は朝からお忙しそうで、もうお会いする事もないと思っていましたのに…
そうは言っても、ここでお断りする選択肢などありません。そんな事をしたらかえって心配をかけて騒ぎになりそうな気がします。それに、このためにジーク様もスケジュールを調整されたのでしょう、そのお気持ちを無下には出来ませんわ。
「わかりましたわ、陛下には喜んでとお伝えして」
「畏まりました。では、またお時間になったらお呼びしますね」
「ありがとう、お願いね」
そうは言っても、どんな顔をしてお会いすればいいのでしょうか…エーギル様が変な事を言うから、益々顔を合わせづらくなってしまいましたわ…
過剰に反応し過ぎている自分を自覚しながらも、私は平常心と心の中で何度も繰り返しながらジーク様との夕食に臨みました。今日の夕食は、今までになく気さくなものでした。ジーク様も今日は堅苦しいのはなしにしようと仰い、実際に料理も形式にのっとったものではなく、色んな料理が少しずつ盛りつけられて新鮮な気分です。侍女さんや護衛の方を除けば二人だけなのもあるでしょうが、ジーク様はいつになく色々と話しかけて下さって、こんなに会話が弾んだのは初めてかもしれません。
「エリサ、あなたにこれを…」
「これは…」
食事を終えてお茶を頂いている時、陛下が取り出したのは…どう見てもアクセサリーを入れるための箱でした。高級感漂うそれを受け取った私がジーク様を見上げると…小さく頷かれたので、私は意を決してそれを開けました。
中に入っていたのは…金翠玉のピアスでした。銀の地に細かい細工がされていて、真ん中には金翠玉が埋め込まれています。独特のデザインは…番同士が身に着けるためのものでしょう。
番にピアスを贈るのは、獣人の習慣だと伺っています。獣人は一対のピアスを二人で片方ずつ身に着ける習慣があって、死ぬまで共に…との意味があるのだそうです。他者と差別化するために、デザインは特徴的なものが多いのです。
「その…今すぐでなくてもいいから、いつか身に付けてくれると嬉しい」
ジーク様は慎重に言葉を選んでそう言われました。ピアスは互いが番だと周囲に知らしめる意味もあると聞きます。獣人は匂いでわかりますが、人族などはわかりません。だから番になった場合、男性から女性に贈るのだと聞きました。そう言えば、宰相様もケヴィン様も片耳にピアスをされていましたわね。
「ジーク様は…お付けになるのですか?」
「エリサが嫌でなければ、私だけでも付けようと思う」
ジーク様が迷いなく真っすぐに私を見てそう仰いました。その真剣な表情に私の心臓がドクンと跳ねたのを感じました。そんな風に言われると…断れそうもありません。いえ、断るつもりはないのですが…
「あの…凄く、嬉しいです」
「そうか?だが無理はしないで欲しい」
「無理なんて…そんな事ないです。とっても綺麗で、素敵です」
本当にピアスはとても素晴らしい品でした。派手過ぎず、でも細かい細工がされていてとても高価なのが分かります。金翠玉自体がとても高価ですし。
「そうか?そう言って貰えると私も嬉しい」
「こんなに素敵な品を、ありがとうございます」
頬の熱を感じながらもお礼を言うと、ふわっと陛下の表情が今までになく柔らかくなりました。普段は無表情で冷たい印象が強いせいか、その表情は…反則です。手にしたピアスの箱を落としてしまいそうな気がして、私は手に力を込めました。
「エリサ様は何もなさらなくて大丈夫ですわ。全て私達にお任せください」
そう言うと一斉に囲まれて身ぐるみはがされ、そのまま浴室へと連れ込まれました。そして頭のてっぺんから足のつま先まで磨かれて、その後はマッサージだ、パックだ、爪の手入れだともみくちゃにされたのです。
「な、何が…」
「何がって、結婚式の準備の一環ですわ。いくらベールで隠されるとは言っても、何もしない訳はありませんでしょう?」
「ええ?で、でも…」
「エリサ様は普段から何もされずにいらっしゃるのですもの。こんな時くらいはしっかりお手入れしましょうね」
「そうですわ、結婚式は女性にとっては一生に一度の大切な日ですもの」
「ええ、こんなに磨き甲斐があるなんて、私も腕が鳴りますわ」
侍女さん達のやる気が半端なくて、何だか逃げ出したい気分になりましたが…そんな隙は一切与えられませんでした。とってもいい香りの香油を塗られて全身をマッサージされ、髪も専用の香油をたっぷり塗られてパックをされ、と一通りの行程を経た私は…完全に別物になった気がします。何と言うか…脱皮した気分?
髪は艶々、肌もしっとりすべすべです。マッサージなどでこんなに変わるのね…と鏡の中の自分を眺めながら、私はお手入れの大切さを改めて思い知らされました。
「さ、結婚式の前日まで毎日受けて頂きますわ」
「ええ?今日だけじゃないの?」
「当然ですわ。ちゃんと手順があるのですよ。今日はまだ初日ですからお肌のチェックなども兼ねて軽いものですのよ」
「…軽い…」
あれで軽いとはどういう事でしょうか…もう終わった頃にはぐったりしてしまったのですが…しかし、世の中には美容に命を懸ける女性がいる、と聞いた事がありますが…確かに命がけかもしれませんね。私は程々で十分ですわ…
その翌日、今度はデザイナー達が婚礼用の衣装を王宮に届けてくれました。勿論、宝石商に頼んだあのベール飾りなどの宝飾品も一緒です。完成した衣装はこれまでに見た事がない程に豪奢で、ため息が出る程素晴らしい出来栄えでした。こんなに素敵な婚礼衣装を頂いてしまっていいのかしら…と不安になるほどです。
番を着飾らせるのは男性の甲斐性であり楽しみだとは聞きましたが…どれくらいの金額なのか、聞くのが怖いです。きっと聞いたら怖くて着られなくなりそうなので、今は聞かない事にしましょう。
ちなみにジーク様のご衣裳も婚礼衣装とお揃いで、さすがは一国の王がお召しになるものですね。豪奢で気品があって、きっとお召しになったら素晴らしく映えそうです。残念ながら時間がなくてジーク様が試着した姿は見られませんでしたが…これは自分よりもジーク様の衣装の方が楽しみになってきました。
こちらの衣装は最終確認をした後、式が行われる清翠の間と呼ばれる大広間の近くの控室にそれぞれ持ち込まれました。そこで式までの間は騎士が寝ずの番で見張るのだそうです。
色んな事が具体的になってきて、ようやく式が近づいているのだな、と実感が湧いてきました。いえ、既に婚姻は成立しているので、結婚はしているのですが…ただ、ずっと形だけのつもりだったから、実感が殆どなかったのです。どんなに長くても三年経ったら離婚する予定でしたし…
でも、私が番だとはっきりしてしまった今、ちゃんとした王妃になる覚悟をしなきゃいけないですよね。ジーク様は無理をする必要はない、私のペースで考えてくれればいいと言って下さいますが…妃として番として、ジーク様を受け入れないといけないんですよね…うう、わかってはいますが、いざ結婚式が近づくと色々と考えてしまって、何と言うか…恥ずかしくて居心地が悪く感じてしまいます。
「ジーク様、ごきげんよう」
私が自室でジーク様との事を考えていると、庭からジーク様を呼ぶ声が聞こえました。窓の下に視線を下ろすと、そこにはジーク様とマリーア様の姿が見えました。マリーア様は今日はエーギル様ではない男性とご一緒ですが、こちらとも距離が近くて親密そうです。服装がセーデン風ではないので、もしかすると婚約者のルーズベールの王子殿下でしょうか。会話は聞こえませんが…男性もジーク様とはお知り合いのように見えます。
それでも、女性がジーク様を愛称で呼ぶのは何となく…気になりました。いえ、マリーア様は幼馴染のようなものでお付き合いが長いそうですし、昔からそうなのかもしれませんが…
これはやはり、マリーア様の初恋の相手がジーク様だと聞いてしまったから、でしょうか…マリーア様がどうお考えなのかが分からないだけに、モヤモヤします…ジーク様達は直ぐに別れましたが、それにホッとしている自分がいました。
「エリサ様、今夜は陛下が一緒に夕食を、と仰っていますわ」
「ええっ?」
エステの後でぐったりしていた私の元に、侍女さんがジーク様からの伝言を伝えに来ました。今日もジーク様は朝からお忙しそうで、もうお会いする事もないと思っていましたのに…
そうは言っても、ここでお断りする選択肢などありません。そんな事をしたらかえって心配をかけて騒ぎになりそうな気がします。それに、このためにジーク様もスケジュールを調整されたのでしょう、そのお気持ちを無下には出来ませんわ。
「わかりましたわ、陛下には喜んでとお伝えして」
「畏まりました。では、またお時間になったらお呼びしますね」
「ありがとう、お願いね」
そうは言っても、どんな顔をしてお会いすればいいのでしょうか…エーギル様が変な事を言うから、益々顔を合わせづらくなってしまいましたわ…
過剰に反応し過ぎている自分を自覚しながらも、私は平常心と心の中で何度も繰り返しながらジーク様との夕食に臨みました。今日の夕食は、今までになく気さくなものでした。ジーク様も今日は堅苦しいのはなしにしようと仰い、実際に料理も形式にのっとったものではなく、色んな料理が少しずつ盛りつけられて新鮮な気分です。侍女さんや護衛の方を除けば二人だけなのもあるでしょうが、ジーク様はいつになく色々と話しかけて下さって、こんなに会話が弾んだのは初めてかもしれません。
「エリサ、あなたにこれを…」
「これは…」
食事を終えてお茶を頂いている時、陛下が取り出したのは…どう見てもアクセサリーを入れるための箱でした。高級感漂うそれを受け取った私がジーク様を見上げると…小さく頷かれたので、私は意を決してそれを開けました。
中に入っていたのは…金翠玉のピアスでした。銀の地に細かい細工がされていて、真ん中には金翠玉が埋め込まれています。独特のデザインは…番同士が身に着けるためのものでしょう。
番にピアスを贈るのは、獣人の習慣だと伺っています。獣人は一対のピアスを二人で片方ずつ身に着ける習慣があって、死ぬまで共に…との意味があるのだそうです。他者と差別化するために、デザインは特徴的なものが多いのです。
「その…今すぐでなくてもいいから、いつか身に付けてくれると嬉しい」
ジーク様は慎重に言葉を選んでそう言われました。ピアスは互いが番だと周囲に知らしめる意味もあると聞きます。獣人は匂いでわかりますが、人族などはわかりません。だから番になった場合、男性から女性に贈るのだと聞きました。そう言えば、宰相様もケヴィン様も片耳にピアスをされていましたわね。
「ジーク様は…お付けになるのですか?」
「エリサが嫌でなければ、私だけでも付けようと思う」
ジーク様が迷いなく真っすぐに私を見てそう仰いました。その真剣な表情に私の心臓がドクンと跳ねたのを感じました。そんな風に言われると…断れそうもありません。いえ、断るつもりはないのですが…
「あの…凄く、嬉しいです」
「そうか?だが無理はしないで欲しい」
「無理なんて…そんな事ないです。とっても綺麗で、素敵です」
本当にピアスはとても素晴らしい品でした。派手過ぎず、でも細かい細工がされていてとても高価なのが分かります。金翠玉自体がとても高価ですし。
「そうか?そう言って貰えると私も嬉しい」
「こんなに素敵な品を、ありがとうございます」
頬の熱を感じながらもお礼を言うと、ふわっと陛下の表情が今までになく柔らかくなりました。普段は無表情で冷たい印象が強いせいか、その表情は…反則です。手にしたピアスの箱を落としてしまいそうな気がして、私は手に力を込めました。
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