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夜会の後
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「ようございましたね、アリーセ様!」
上機嫌で私に話しかけたのはソフィアだった。その手にはハンクから届けられた花束と贈り物が入った箱があった。何がよかったのかと思ったが聞き返したりはしなかった。確かに世間一般的にみればよかったと言える状況なのだ。
あの夜会から五日経った。ディアークのやらかしが霞むほどに私の身の上にも色々とあって、私は落ち着いてお茶を飲む暇もなかった。
まず、正式に私が立太子されることになった。それも一月後という強行日程だ。元々ディアーク用に準備していたので準備している者たちにとっては問題ないが、私からするともう少し消化する時間が欲しかった、と思わざるを得ない。
また、私の住まいが離宮から王宮に変わった。王太女に指名されて暗殺の危険性が高まったからだ。王太子が住む部屋はディアークが使っていたので、今はそちらを改装しているところだ。その間私は王太子妃用の部屋を宛がわれた。改装が済めばまた引っ越しなので、今は最低限の荷物だけ持ち込んでいる。
そして次は王配候補。ハンクは本気だったらしく、翌日にはハンクとダールマイヤー公爵の連名で申込が届いた。更にはエーデルマン公爵とザックス公爵、リーベルト公爵の推薦状まで付いてきた。手回しが良すぎて怖いくらいだ。
これだけお膳立てされてしまえば、父も却下する事は出来ないだろう。そして四公爵家がハンクを支持した以上、他の貴族は申込出来ないだろうと思われた。ただ唯一、ブランゲ公爵家を除いて。
そのブランゲ公爵家からは、次男のカール卿からの申込があった。こちらは一門に縁のある伯爵家からの推薦状があったが、ハンクとは比べようもない。そのカール卿は女性どころか男性とも懇ろだと言われる遊び人だ。身持ちが悪くて王配になどとんでもないと思うのだが、相手は五大公爵家なだけに無下にも出来なかった。
「あんな男と接触してはいけませんよ。どんな病気を持っているかわかりませんから!」
王家の影も務めるソフィアが断言するのなら、その可能性は限りなく高いのだろう。聞けば口にするのも憚られる如何わしい場に出入りしているのだという。どんな場所かと聞けば、「アリーセ様の耳が腐りますから!」と言って教えてくれなかった。ソフィア曰く、世の中には知らない方がいいこともあるそうだ。
さて、話を冒頭に戻すが、夜会の翌日からハンクからは手紙と花束、贈り物が届けられるようになった。花束は小ぶりで毎日日替わり、贈り物は髪飾りやネックレス、辺境で作られた独自の生地や宝飾品などだ。どれも貰って負担になるような物ではなく、その辺は非常に気が利いていると思う。
『お慕いしております』
『何をしていてもアリーセ様のことばかり考えてしまいます』
『早くお会いして直にお顔を拝見したい』
手紙は短く、近況と一緒にこのような言葉が並んでいて、私を赤面させた。このような言葉を貰ったことがないだけに、どう反応していいのかわからない。ローリングもフォンゼルもこんな言葉を私に投げたことはなかったからだ。
「ソフィア……これはどう返事をしたらいいのだ?」
正直言って返事の書きようがない。文面も短いし、半分は私を如何に思っているかという内容なのだ。頂いたものを思うと贈り物の礼など大した文字数にならない……
「まぁ、アリーセ様ったら。こういうものはありがとう、嬉しい、私も会いたいと書けばいいのですわ」
「……ありがとうと嬉しいはともかく、最後のは違うだろう?」
「あら、アリーセ様はダールマイヤー様に会いたくありませんの?」
「いや、そういう訳ではないが……」
だからと言って会いたいと書くのは違う気がする。
「もう、アリーセ様ったら。ダールマイヤー様のどこに不満が?」
「別に不満がないし、ローリングやフォンゼルよりはましだと思ってはいるが……」
男尊女卑のローリングは論外だし、フォンゼルはレイニー一筋だから最初からそういう対象にではなかった。だからあの二人でないのは有難いのだが……
「いっそ政略だったら気が楽なのに……」
「まぁ! アリーセ様ったら。そんな寂しい事を仰ってはダールマイヤー様がお気の毒ですわ」
「そうは言うが、好かれた理由がおかしくないか?」
そう、他の新兵よりもちょっとばっかりしっかりしていたから、と言われても納得出来ない。
「騎士なら別に珍しくありませんわ。だって令嬢が近くにいるわけでもありませんから。それに騎士の中にはアリーセ様に憧れている者は少なくありませんのに」
「そうなのか?」
「そうですよ。もしかしてご存じなかったのですか?」
「ああ。だって、女だてらに剣を振るうなんて女らしくないと……」
そう、もう少し言葉は柔らかかったが、ローリングからは散々そんな風に言われていたし、貴族からもそう言われているのは知っていた。だから自分が恋愛対象になるとは思っていなかったのだ。それにしても……
『あなたに選ばれるためならどんなことでも致します』
今日の手紙の最後にはこんな言葉があった。どんな事って何をする気だ? 我が国一の知略の持ち主と言われる彼なだけに、薄ら寒く感じるのは気のせいだろうか……
ちなみにカール卿からも手紙と花束が届いていたが、ソフィアはそれを私に見せるだけで、何が入っているかわかりませんからと言って早々に処分していた。花や手紙に細工などしないだろうに……と思うが、ソフィアの警戒が緩むことはなかった。
上機嫌で私に話しかけたのはソフィアだった。その手にはハンクから届けられた花束と贈り物が入った箱があった。何がよかったのかと思ったが聞き返したりはしなかった。確かに世間一般的にみればよかったと言える状況なのだ。
あの夜会から五日経った。ディアークのやらかしが霞むほどに私の身の上にも色々とあって、私は落ち着いてお茶を飲む暇もなかった。
まず、正式に私が立太子されることになった。それも一月後という強行日程だ。元々ディアーク用に準備していたので準備している者たちにとっては問題ないが、私からするともう少し消化する時間が欲しかった、と思わざるを得ない。
また、私の住まいが離宮から王宮に変わった。王太女に指名されて暗殺の危険性が高まったからだ。王太子が住む部屋はディアークが使っていたので、今はそちらを改装しているところだ。その間私は王太子妃用の部屋を宛がわれた。改装が済めばまた引っ越しなので、今は最低限の荷物だけ持ち込んでいる。
そして次は王配候補。ハンクは本気だったらしく、翌日にはハンクとダールマイヤー公爵の連名で申込が届いた。更にはエーデルマン公爵とザックス公爵、リーベルト公爵の推薦状まで付いてきた。手回しが良すぎて怖いくらいだ。
これだけお膳立てされてしまえば、父も却下する事は出来ないだろう。そして四公爵家がハンクを支持した以上、他の貴族は申込出来ないだろうと思われた。ただ唯一、ブランゲ公爵家を除いて。
そのブランゲ公爵家からは、次男のカール卿からの申込があった。こちらは一門に縁のある伯爵家からの推薦状があったが、ハンクとは比べようもない。そのカール卿は女性どころか男性とも懇ろだと言われる遊び人だ。身持ちが悪くて王配になどとんでもないと思うのだが、相手は五大公爵家なだけに無下にも出来なかった。
「あんな男と接触してはいけませんよ。どんな病気を持っているかわかりませんから!」
王家の影も務めるソフィアが断言するのなら、その可能性は限りなく高いのだろう。聞けば口にするのも憚られる如何わしい場に出入りしているのだという。どんな場所かと聞けば、「アリーセ様の耳が腐りますから!」と言って教えてくれなかった。ソフィア曰く、世の中には知らない方がいいこともあるそうだ。
さて、話を冒頭に戻すが、夜会の翌日からハンクからは手紙と花束、贈り物が届けられるようになった。花束は小ぶりで毎日日替わり、贈り物は髪飾りやネックレス、辺境で作られた独自の生地や宝飾品などだ。どれも貰って負担になるような物ではなく、その辺は非常に気が利いていると思う。
『お慕いしております』
『何をしていてもアリーセ様のことばかり考えてしまいます』
『早くお会いして直にお顔を拝見したい』
手紙は短く、近況と一緒にこのような言葉が並んでいて、私を赤面させた。このような言葉を貰ったことがないだけに、どう反応していいのかわからない。ローリングもフォンゼルもこんな言葉を私に投げたことはなかったからだ。
「ソフィア……これはどう返事をしたらいいのだ?」
正直言って返事の書きようがない。文面も短いし、半分は私を如何に思っているかという内容なのだ。頂いたものを思うと贈り物の礼など大した文字数にならない……
「まぁ、アリーセ様ったら。こういうものはありがとう、嬉しい、私も会いたいと書けばいいのですわ」
「……ありがとうと嬉しいはともかく、最後のは違うだろう?」
「あら、アリーセ様はダールマイヤー様に会いたくありませんの?」
「いや、そういう訳ではないが……」
だからと言って会いたいと書くのは違う気がする。
「もう、アリーセ様ったら。ダールマイヤー様のどこに不満が?」
「別に不満がないし、ローリングやフォンゼルよりはましだと思ってはいるが……」
男尊女卑のローリングは論外だし、フォンゼルはレイニー一筋だから最初からそういう対象にではなかった。だからあの二人でないのは有難いのだが……
「いっそ政略だったら気が楽なのに……」
「まぁ! アリーセ様ったら。そんな寂しい事を仰ってはダールマイヤー様がお気の毒ですわ」
「そうは言うが、好かれた理由がおかしくないか?」
そう、他の新兵よりもちょっとばっかりしっかりしていたから、と言われても納得出来ない。
「騎士なら別に珍しくありませんわ。だって令嬢が近くにいるわけでもありませんから。それに騎士の中にはアリーセ様に憧れている者は少なくありませんのに」
「そうなのか?」
「そうですよ。もしかしてご存じなかったのですか?」
「ああ。だって、女だてらに剣を振るうなんて女らしくないと……」
そう、もう少し言葉は柔らかかったが、ローリングからは散々そんな風に言われていたし、貴族からもそう言われているのは知っていた。だから自分が恋愛対象になるとは思っていなかったのだ。それにしても……
『あなたに選ばれるためならどんなことでも致します』
今日の手紙の最後にはこんな言葉があった。どんな事って何をする気だ? 我が国一の知略の持ち主と言われる彼なだけに、薄ら寒く感じるのは気のせいだろうか……
ちなみにカール卿からも手紙と花束が届いていたが、ソフィアはそれを私に見せるだけで、何が入っているかわかりませんからと言って早々に処分していた。花や手紙に細工などしないだろうに……と思うが、ソフィアの警戒が緩むことはなかった。
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