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ハンクの真意

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「ダールマイヤー公爵家の後継者に関しては、我が王家も口出しするつもりはない」
「陛下?!」
「やめるんだ、イルゼ!」

 一連のやり取りが一段落したのを見計らって父がそう告げると、それに反応したのはイルゼ夫人で、それを止めたのはブランゲ公爵だった。さすがにブランゲ公爵は当主の立場なのもあってか弁えていた。王家ですらも口を出さないと言った以上、同じ家格のブランゲが口出し出来る筈もなく、それは夫人の希望に沿わないことを指していた。ブランゲ公爵はイルゼ夫人の腕を取ってそのまま後ろの下がったが、夫人は不満そうなままだった。

「このような場をお騒がせして申し訳ございません」
「いや、構わぬ。ダールマイヤー公爵のせいではない」
「ありがとうございます」

 暗にダールマイヤー公爵家に瑕疵はないとしたことで、父はブランゲ公爵とイルゼ夫人への不快感も露わにした。元より曰く付きの兄妹なだけに、ここで庇う者はいなかった。

「話がそれたが、今日は学園を卒業した若人を祝うための夜会だ。存分に楽しんでくれ」

 父が再度仕切り直して夜会が再開された。その場でディアークたちは父の側近と騎士たちに会場から連れ出されていた。多分、別室で話があるのだろう。彼らが冤罪を被せようとしていたことは分かっていたし、その証拠は既に父と宰相に提出済みだから、その件の話になるだろう。私たちの準備は予想していたほどに出番がなかった。それだけディアークたちの計画が甘くて杜撰すぎたのだけど。

「アリーセ様、一曲踊って頂けませんか?」
「……ハンク卿」

 すっかりディアークたちの姿に気を取られていたが、ハンクはまだ私の近くにいたままだった。そう言えば求婚の答えもしていなかったし、なし崩し的に終わっていた。仕方がない。ここで話をしなければ次はいつになるかわからないし、その間気を揉むのも性に合わない。

「……喜んで」

 そう言って私は彼の手を取った。

 今日の夜会は卒業生が主役なので王家のファーストダンスはなく、直ぐに数多のカップルが集まっていた。その中で私はハンクと向き合って音楽に身を任せた。私は女性としては平均的な身長だが、ハンクは更に頭一つは高かった。重ねた手は固くて大きくて、否応なしに体格差を感じずにはいられなかった。

「それで、一体どういうつもりだ?」

 ますは彼の真意を尋ねることにした。どう考えても慕われる理由が思いつかないからだ。

「どう、と仰られましても。申し上げた通りです」
「あれのどこに恋愛に繋がる要素があったというのだ……」

 戦場で泥と血に汚れた姿で、多くの味方が傷ついたあの場で、好ましいとかそういう感情が持てるとは思えなかった。そりゃあ、助けて貰えばそんな感情を抱くこともあるかもしれないが、あの場での私は完全に足手纏いだったから好ましく思われる要素が思いつかない。

「十分にございましたよ」
「だから、どこがだ?」

 何だろう、揶揄われているのかと思うくらいにハンクがあっさり答えた。

「初陣とは不慣れで戸惑うことが多いのは当たり前です。その中でもアリーセ様は冷静であろうと努めておられた。他にも新兵は多くいましたが、アリーセ様ほどしっかりした者はおりませんでした」
「そうだろうか……」

 正直、あの時は失態ばかりでとてもそんな風には思えなかった。

「そうです。私が初陣を迎えた時はもっと無様でしたよ」
「まさか?」
「残念ながら、敵兵を切った感触に震えて何日も眠れない日を過ごしました。その後も戦場に慣れるまでは随分と情けない姿を晒したものです」
「そんな風には思えないが……」

 戦場では常に冷静で危機的な状況でも動揺を見せることがないハンクなだけに、とても信じられなかった。一方で同じ苦悩を抱えていたのだと聞いてほっとしている自分もいた。情けないと感じたことを責められなかったせいだろうか。

「戦場に出たのは私の方がずっと先でしたから当然ですよ。とにかく、あの時から私はあなた様のために働いてきました。あなた様が女王になられるのでしたら、例え王配になれずとも私は貴方様の御ためにこの身を捧げる所存です」
「……っ」

 急に腰に回した手に力が入り、身体がさらに密着して私は戸惑った。

(ち、近すぎるんだけど……)

抗議しようと顔を上げたらハンクと目が合ってしまって後悔した。真剣な表情と力のこもったような視線に息が止まるかと思った。いや、本当にこういうこととは縁がなかったから勘弁して欲しいのだ……




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