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術式解除の条件

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 それから五日後、私は再び我が家の研究用の部屋でリートミュラー様とお会いしました。今日は三人掛けのソファに並んで座っています。普通、婚約者や家族でもない限り異性とこんな座り方はしないのですが…今日だけは仕方ありません。というのも…

「リートミュラー様、よろしいですか?」
「………ええ、どうぞ」

 たっぷりと空いた間は、彼の戸惑いを表していたのかもしれませんわ。けれど、それに怯む私ではありませんでした。

 あの後私はリートミュラー様に頼まれた古代文字の術式の解除を、ある条件と引き換えに請け負う事にしました。それは…

「…す、凄い…本当に…毛…なのね…」

 私はそっとリートミュラー様の空気にさらされた腕を撫でました。そうです、私の出した条件とは、彼のその毛を触わせて貰う事でした。
 というのも私は動物好き、それも毛の生えている動物が大好きなのです。だから我が家には犬も猫もおりますし、彼らをもふもふするのが私の最大のストレス発散法なのです。動物嫌いのクラウス王子は、時折私の持ち物に動物の毛が付いているのを酷く嫌がったものですが…あんなに可愛らしくて癒される存在を嫌うなんて、彼とはこんな些細なところも合いませんでしたわね。

「本当に、犬か猫を触っている感じですわ…」
「…そうですか」
「ああ、この柔らかい肌触りは子猫ちゃんかしら?ううん、子犬ちゃんもアリよね」

 男性の腕を撫でまわすなんて、傍から見たら痴女ですわね。でも…こんなに素敵な触り心地のもふもふ素材、逃したら一生後悔しそうです。触ってもよし、撫でまわしてもよし、頬ずりしてもよしだなんて…

(あああ、天国がここに!)

 この喜びをどう表現したらいいのでしょうか…いっそ一生このままでもふらせて下さるのなら、私はそれでも一向に構いません。むしろそれウエルカム、ですわね。

「…ゲルスター公爵令嬢、余り近付き過ぎるのは…」

 リートミュラー様が戸惑った声を上げられましたが…それどころではありません。こんなに素敵な手触りのもふもふ、我が家一の毛並みを持つ猫ちゃんに勝るとも劣りません。いえ、もしかしたらこの滑らかさと柔らかさ、そして艶やかさはそれ以上でしょう。混じりけのない真っ白さも素晴らしいですわ。




「…すごく、満足しましたわ…」
「…お気に召したようで幸いです」

 あれから小一時間、リートミュラー様の毛並みの良さを堪能した私は、すっかり満足して魂レベルで癒された気分です。猫ちゃんやわんちゃんは、長く触っていると嫌がってどこかに行ってしまうのですよね。その点、リートミュラー様は我慢強く私の希望にこたえてくれました。それだけで彼の評価が著しく上がりましたわ。

(はぁ…一生分もふった気分だわ…素敵でした…)

 ふぅ、気が付けば手がまたわしわししてしまいそうです。でも、婚約者でもない男性にこれ以上触れるのは…さすがにマナー違反ですわね。ああでも…

(このもふもふ、手に入るのなら婚約…いいえ、結婚してもいいかも…)

 恐るべきもふもふ、こうなってくると太ったお姿も悪くないと思ってしまいますわ。お腹はどうなのでしょうか…腕よりも面積が広いですし、ぷよぷよのお腹にもふもふって…

(も、もしかして…我が家のおデブな猫ちゃんのお腹よりも…触り心地がいいとか…?)

 何でしょうか、この悪魔の誘惑は…!お腹なら腕と違って顔を埋める事も出来ますわね。ぎゅ~っと抱きついたら一面もふもふ…こうなってくると術式を解く必要性を感じませんわ。いえ、あの術式を覚えておいて、いつでも掛けられるようにすれば…でも、それは契約違反ですわね…

「ゲルスター公爵令嬢、一つよろしいでしょうか?」

 満足しきった筈が新たな煩悩にすっかり囚われてしまった私に、リートミュラー様がそう仰いました。い、一体でしょうか…

(ま、まさか…私などには任せられるか!と仰るとか…?)

 呪いの獣毛を嬉々として触りまくった私に、呆れてしまわれたのでしょうか…



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