68 / 71
夜会の後
しおりを挟む
「オレリア王女殿下、何を仰っておいでです?私の妻はルネただ一人。当然私が手を取るのもまたルネ一人です。オレリア王女殿下の手を取る事はありませんよ」
「な…!」
「それに、このような夜会で話す事ではないでしょう。今はお静かに。話があるなら夜会が終わってからお聞きしましょう」
「…っ?!」
セレン様が冷たいまなざしを向けたままそう告げると、オレリア様はまだ何か言いたそうでしたが、口を開けたものの言い返してきませんでした。さすがに多くの貴族や他国の大使がいる前で話す事ではないと、オレリア様も気付いたのでしょうか。
でもオレリア様は、先ほどまでの怒りがすっかり消え、今は戸惑いを露わにして手で喉を抑えていました。そしてそれをセザール様が気づかわし気に見ていますが…一体どうしたと言うのでしょうか。
「セレン様…」
「ルネ、大丈夫だよ。オレリア様も今は何も言って来ないだろう」
「ですが…」
「ほら、ジルベール様達と離れてしまうよ」
そう言ってセレン様が視線を向けると、ジルベール様達は少し離れた場所で他国の大使に話しかけられていました。いけませんね、今日はジルベール様の側近として側に控える事になっているので、離れるわけにはいきませんのに。私はセレン様に手を取られて、ジルベール様達に元へと戻りました。
セレン様の言う通り、あれからオレリア様達が私達に絡んでくる事はありませんでした。さすがに人目を憚ったのか、それともセレン様が後で話し合いの場を設けると言ったからなのかわかりませんが、夜会で騒がれるよりはずっとマシです。
夜会の後、私とセレン様はジルベール様ご夫妻とコーベール侯爵、エドガール様とマリユス様と一緒に、応接間に向かいました。そこでオレリア様とセザール様と話をする予定だとか。話と言っても、そもそもオレリア様の無茶な要求を受ける理由はないので、それを大公ご夫妻もいらっしゃる前ではっきり拒否するだけなのですが。
「セレン様、何をなさったのです?!」
部屋に入った途端に飛んできたのは、オレリア様の怒号でした。先ほどよりもずっと険しいその声に、私は思わず身を固くしましたが、直ぐにセレン様が大丈夫だと言うように私の腰に回した手を強めました。それはそれで心強いのですが…オレリア様の前では逆効果ではないでしょうか…
「何を、とは?」
「わ、私が話せないように何かしたのではありませんか?声が出ませんでしたわ!」
何と、それは思いもしない指摘でしたが…そんな事があるのでしょうか…そう言えばセレン様は王族の皆様に術を掛けましたが、もしかして…
「別にオレリア王女殿下だけに何かをした事はありませんよ。皆様と同じように、王家の誓いを立てる術を使っただけです」
「でも!あの時は本当に声が出ませんでしたわ!」
「アシャルティ、貴様、オレリアに何をした?事と次第によっては許さんぞ」
これまでオレリア様を助長させてきたセザール様が、セレン様を射殺さんばかりに睨みつけています。一方のセレン様は彼らに対して、事務的に淡々と対応しています。それは彼らへの怒りの大きさを表しているようにも見えます。
「おかしな事を仰る。王家の誓いを立てるのに賛同したのはそちら。私は無理強いした覚えはありませんよ?」
「な…!だ、だが、あの場では…」
「あの場が何だと言うのです?私はただ、アデライン様とジルベール様の希望に沿っただけです」
確かにあの時は、アデライン様とジルベール様が王家の誓いに賛同して、是非にとセレン様にお願いしていましたわね。別に強制した訳でもありませんし、皆様と一緒になって受け入れたのは彼らです。
「じゃ、じゃあ、どうして声が出なかったのです?!」
「それは簡単な理由ですよ」
「な、何?!」
「あの術は、王族が民を守り、慈しむとの誓いの証でもあり、自身への戒めでもあります。その誓いに反する事をした場合に、警告という形で術が発動します。先ほど声が出なかったというのなら、殿下がやろうとしていた事はその誓いに反する行いをしようとしていたからでしょう」
「な、何ですって…!」
「どういう事だ?!!!」
ここでようやく笑みを浮かべたセレン様の答えに、お二人はこれ以上ないほど驚かれました。一方でジルベール様とマリアンヌ様は涼しい顔をしてお二人の様子を見ています。もしかして…お二人はあの術がどういうものか、ご存じだったのでしょうか…
「王族としての正しい行いをしている分には、何の害もありませんよ。一方で…民を虐げるなど非人道的な行いをしようとした場合、そう出来ない様になっています。それが何度も積み重なれば、身を滅ぼす事になるでしょう。努々お忘れなく」
「な…!」
「貴様ぁ!…な、うわぁああっ!」」
「おっ!お兄様?!」
とうとうセザール様が立ち上がってセレン様に掴みかかろうとしましたが…突然苦しみ始めました。その様子に隣にいたオレリア様も驚いてセザール様から距離を取りました。
「…って、手首がぁ…!!!」
セザール様は手首を抑えたまま蹲り、苦しんでいるように見えます。一体何が…
「ああ、早速術が発動したようですね」
「な…こ、これが?」
「ええ、そうですよ。王族としての振る舞いに問題があった場合、こうして警告を受けるのです」
「そん、な…」
「きっ、貴様…王族の俺たちに対して…よくも…」
「王族だから何です?私にはあなた方にはない力がある事をお忘れか?」
「…っ」
「あなた方の人生を今すぐ終わらせる事など、私には造作もない事なのですよ?今まではジルベール様の免じて大目に見ていましたけれどね」
「お、お兄様が…」
「ですが、今後はそのような温情は不要だと仰られた。今後私や私が守るものに手を出せば、その術は私の意に関係なく発動します。精々あの誓いに違わぬようにお過ごしになられることですね」
そう言ってようやく、セレン様はいつもの笑みを浮かべられました。その姿は圧倒的な勝者のものであり、セザール様達には対抗する術がない事を、この場にいる者全員が悟ったのです。セレン様が指を鳴らすと、ようやくセザール様の手首の痛みは治まった様でしたが…二人は恐ろしいものを見る様な目でセレン様を見上げていました。
こうして、色んな思惑を抱えてやってきたフェローの客人は、何一つ利となるものを得る事無く、訪問を終えたのでした。
「な…!」
「それに、このような夜会で話す事ではないでしょう。今はお静かに。話があるなら夜会が終わってからお聞きしましょう」
「…っ?!」
セレン様が冷たいまなざしを向けたままそう告げると、オレリア様はまだ何か言いたそうでしたが、口を開けたものの言い返してきませんでした。さすがに多くの貴族や他国の大使がいる前で話す事ではないと、オレリア様も気付いたのでしょうか。
でもオレリア様は、先ほどまでの怒りがすっかり消え、今は戸惑いを露わにして手で喉を抑えていました。そしてそれをセザール様が気づかわし気に見ていますが…一体どうしたと言うのでしょうか。
「セレン様…」
「ルネ、大丈夫だよ。オレリア様も今は何も言って来ないだろう」
「ですが…」
「ほら、ジルベール様達と離れてしまうよ」
そう言ってセレン様が視線を向けると、ジルベール様達は少し離れた場所で他国の大使に話しかけられていました。いけませんね、今日はジルベール様の側近として側に控える事になっているので、離れるわけにはいきませんのに。私はセレン様に手を取られて、ジルベール様達に元へと戻りました。
セレン様の言う通り、あれからオレリア様達が私達に絡んでくる事はありませんでした。さすがに人目を憚ったのか、それともセレン様が後で話し合いの場を設けると言ったからなのかわかりませんが、夜会で騒がれるよりはずっとマシです。
夜会の後、私とセレン様はジルベール様ご夫妻とコーベール侯爵、エドガール様とマリユス様と一緒に、応接間に向かいました。そこでオレリア様とセザール様と話をする予定だとか。話と言っても、そもそもオレリア様の無茶な要求を受ける理由はないので、それを大公ご夫妻もいらっしゃる前ではっきり拒否するだけなのですが。
「セレン様、何をなさったのです?!」
部屋に入った途端に飛んできたのは、オレリア様の怒号でした。先ほどよりもずっと険しいその声に、私は思わず身を固くしましたが、直ぐにセレン様が大丈夫だと言うように私の腰に回した手を強めました。それはそれで心強いのですが…オレリア様の前では逆効果ではないでしょうか…
「何を、とは?」
「わ、私が話せないように何かしたのではありませんか?声が出ませんでしたわ!」
何と、それは思いもしない指摘でしたが…そんな事があるのでしょうか…そう言えばセレン様は王族の皆様に術を掛けましたが、もしかして…
「別にオレリア王女殿下だけに何かをした事はありませんよ。皆様と同じように、王家の誓いを立てる術を使っただけです」
「でも!あの時は本当に声が出ませんでしたわ!」
「アシャルティ、貴様、オレリアに何をした?事と次第によっては許さんぞ」
これまでオレリア様を助長させてきたセザール様が、セレン様を射殺さんばかりに睨みつけています。一方のセレン様は彼らに対して、事務的に淡々と対応しています。それは彼らへの怒りの大きさを表しているようにも見えます。
「おかしな事を仰る。王家の誓いを立てるのに賛同したのはそちら。私は無理強いした覚えはありませんよ?」
「な…!だ、だが、あの場では…」
「あの場が何だと言うのです?私はただ、アデライン様とジルベール様の希望に沿っただけです」
確かにあの時は、アデライン様とジルベール様が王家の誓いに賛同して、是非にとセレン様にお願いしていましたわね。別に強制した訳でもありませんし、皆様と一緒になって受け入れたのは彼らです。
「じゃ、じゃあ、どうして声が出なかったのです?!」
「それは簡単な理由ですよ」
「な、何?!」
「あの術は、王族が民を守り、慈しむとの誓いの証でもあり、自身への戒めでもあります。その誓いに反する事をした場合に、警告という形で術が発動します。先ほど声が出なかったというのなら、殿下がやろうとしていた事はその誓いに反する行いをしようとしていたからでしょう」
「な、何ですって…!」
「どういう事だ?!!!」
ここでようやく笑みを浮かべたセレン様の答えに、お二人はこれ以上ないほど驚かれました。一方でジルベール様とマリアンヌ様は涼しい顔をしてお二人の様子を見ています。もしかして…お二人はあの術がどういうものか、ご存じだったのでしょうか…
「王族としての正しい行いをしている分には、何の害もありませんよ。一方で…民を虐げるなど非人道的な行いをしようとした場合、そう出来ない様になっています。それが何度も積み重なれば、身を滅ぼす事になるでしょう。努々お忘れなく」
「な…!」
「貴様ぁ!…な、うわぁああっ!」」
「おっ!お兄様?!」
とうとうセザール様が立ち上がってセレン様に掴みかかろうとしましたが…突然苦しみ始めました。その様子に隣にいたオレリア様も驚いてセザール様から距離を取りました。
「…って、手首がぁ…!!!」
セザール様は手首を抑えたまま蹲り、苦しんでいるように見えます。一体何が…
「ああ、早速術が発動したようですね」
「な…こ、これが?」
「ええ、そうですよ。王族としての振る舞いに問題があった場合、こうして警告を受けるのです」
「そん、な…」
「きっ、貴様…王族の俺たちに対して…よくも…」
「王族だから何です?私にはあなた方にはない力がある事をお忘れか?」
「…っ」
「あなた方の人生を今すぐ終わらせる事など、私には造作もない事なのですよ?今まではジルベール様の免じて大目に見ていましたけれどね」
「お、お兄様が…」
「ですが、今後はそのような温情は不要だと仰られた。今後私や私が守るものに手を出せば、その術は私の意に関係なく発動します。精々あの誓いに違わぬようにお過ごしになられることですね」
そう言ってようやく、セレン様はいつもの笑みを浮かべられました。その姿は圧倒的な勝者のものであり、セザール様達には対抗する術がない事を、この場にいる者全員が悟ったのです。セレン様が指を鳴らすと、ようやくセザール様の手首の痛みは治まった様でしたが…二人は恐ろしいものを見る様な目でセレン様を見上げていました。
こうして、色んな思惑を抱えてやってきたフェローの客人は、何一つ利となるものを得る事無く、訪問を終えたのでした。
54
お気に入りに追加
2,735
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて幽閉された毒王子に嫁ぐことになりました。
氷雨そら
恋愛
聖女としての力を王国のために全て捧げたミシェルは、王太子から婚約破棄を言い渡される。
そして、告げられる第一王子との婚約。
いつも祈りを捧げていた祭壇の奥。立ち入りを禁止されていたその場所に、長い階段は存在した。
その奥には、豪華な部屋と生気を感じられない黒い瞳の第一王子。そして、毒の香り。
力のほとんどを失ったお人好しで世間知らずな聖女と、呪われた力のせいで幽閉されている第一王子が出会い、幸せを見つけていく物語。
前半重め。もちろん溺愛。最終的にはハッピーエンドの予定です。
小説家になろう様にも投稿しています。
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる