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突然の事に実感が湧きません
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バズレール公国は魔獣の襲撃が多いので、大公領では街そのものが立派な城壁に囲まれているところが殆どです。大公宮も、大公宮にお仕えする者の屋敷も、庶民の家も市場も全てその城壁の中にあります。王都の貴族の屋敷のような広大な庭のある邸宅は大公宮くらいで、その大公宮も堅強さが重視され、王都のような優美さはありません。他の屋敷も似たようなものですし、庭に至っては小さなものがあるくらいです。それはこの地の厳しい現実を物語っていました。
私達が住むのは、大公宮近くのこじんまりとした二階建ての屋敷です。頑丈な石造りで、装飾などは最小限に抑えられて、リアさん曰く風情もへったくれもない簡素な造りですが、魔獣の攻撃にはこれでも足りないくらいなのだとか。以前住んでいた離宮の半分もありませんが、セレン様はリアさん達の事があるので雇う使用人の数が少なくて済むこの大きさがちょうどいいと仰っていました。
実は当初、私はレリアと二人で家を借りるつもりでしたが…治安が悪い上、セレン様にはこれからも魔力交換は必要だと言われ、更にはリアさんとルドさんが子犬姿でウルウルした目で見上げてくるその姿に、私もレリアもそれ以上突っぱねる事が出来なかったのです。リアさんはまだしも、何故ルドさんまで…そうは思うのですが、お二人の子犬姿は反則なほどに可愛らしくて、勝てる気がしません…ちなみにリアさんは私の、ルドさんは屋敷とレリアの護衛をセレン様に頼まれているそうです。
「ああ、やっぱりルネの魔力は気持ちいいね。これが一番癒されるよ」
「そ、そうですか…」
湯浴みを終えて人心地ついたセレン様は、ソファに座ったまま私を手招きしました。隣に腰を下ろすと直ぐに私の手を取られ、重ねた手からセレン様の魔力が流れてくるのを感じました。一月ぶりの魔力交換ですが、いつもよりも強く流れ込んでくるそれに、自分の聖力が減っていたのだと実感しました。この一月はセレン様の代わりに結界に力を送っていたのもあり、聖力が思った以上に減っていたようです。
「あったかい…」
「そう感じるのなら、かなり魔力が不足しているんだよ」
「結界に力を送っていたから…」
「そうだね。ルネ、いいかな?」
「え?ええ」
それが何を指しているのかは、手を重ねた時にすぐにわかりました。どうやら私が思った以上に聖力が失われていたようです。キスで魔力を受け取ると、勢いよくセレン様の魔力が私に流れ込んできました。熱を持った何かが私の中を満たしていき、それとともに体が温まるのを感じました。
「どう?」
「そう、ですね。凄く…温かくなりました。最近ちょっと、朝起きるのも辛く感じていましたから…」
「それはかなりよくないよ。やはり離れるのも半月が限界だな。今度からは出来るだけは慣れないようにするよ」
「でも、お仕事ですし…」
「そんなもの、どうだっていいよ。私にはルネの方がずっと大事だからね」
「で、でも…」
「恋人を最優先するのは当然だろう?」
「…っ」
甘やかに耳元でそう囁かれて、私はゾクゾクした感覚が背を走るのを感じ、思わず身体が震えました。そんな風に言葉にされるのは…非常に恥ずかしくまだ慣れません。
でも…そうなのです。私達はこの地に来て半年ほど経った頃からお付き合いを始めました。そうは言っても、そういう事に免疫が皆無の私なので、まだキスをするのが精一杯です。それだって普段は軽いキスだけで、魔力交換は何と言いますか…私の中では治療の一環、と思わないと無理なのです。
「そうそう、ルネにこれを」
そう言ってセレン様がポケットから取り出したのは、小さな箱でした。とても綺麗で立派な物ですが…一体何でしょうか…
「開けても?」
「ルネへの贈り物だから勿論」
笑顔のセレン様に促されて箱を開けると…中から出てきたのは細い銀の鎖のペンダントでした。鎖の先には深みのある青緑色―セレン様の瞳と同じ色のとても美しい石が付いています。
「これは…」
「魔力を結晶化させたものだよ」
「魔力を?」
「そう。私の魔力を凝縮して結晶化したんだ。守りの加護なんかを付けてね」
「そ、そんな事が出来るのですか?」
「私の世界では普通だよ。結晶化した魔力は、魔術師が最愛の人に贈るものなんだ。結婚の申し込みの時なんかにね」
「けっ、こ…」
突然の言葉に、私はその意味を直ぐに理解出来ませんでした。けっこん…って血痕、じゃないですよね?どうしてそんな話になっているのでしょうか…
「今回の視察で、結界がちゃんと機能しているのがはっきりしたんだ。それでその褒賞として子爵位と大公ジルベール殿の補佐官の役目を頂いたんだ」
「す、凄いです、セレン様…爵位だけでなくジルベール様の補佐官もだなんて…」
「そうは言っても、治める領地はないんだよ。まぁ、ルネが望むなら手に入れるけどね」
「そんな…この国では爵位だけでも凄い事ですよ」
そうです、この国では平民が爵位を得るのは簡単な事ではありません。身分制度が厳しく、爵位を得ても貴族の輪に入れて貰えないので爵位を得るメリットがあまりない、という面もあり、爵位を欲しがる平民が殆どいないのもありますが…
「なるほど…そうなのか。でも、せっかくくれると言うから貰っておくよ。さすがに無位無官ではルネに結婚を申し込めないだろう?」
「……」
「これで一応格好は付いたと思うんだけど…」
「そ、それは…」
セレン様がそんな事をお考えだったとは思いもしませんでした。そんなものがなくてもセレン様の凄さは際立っていますし、セレン様の代わりが出来る人もいないのですから。そんな事を考えていると、セレン様が私の前に跪いて私の手を取りました。
「ルネ=アルトー嬢。心からあなたを愛しています。どうか私と結婚して下さい」
いつもの笑みを消し、真剣な表情のセレン様が何だか違う人に見えました。その視線の強さと熱に絡めとられてしまった私は、暫くその場を動く事が出来ませんでした。
私達が住むのは、大公宮近くのこじんまりとした二階建ての屋敷です。頑丈な石造りで、装飾などは最小限に抑えられて、リアさん曰く風情もへったくれもない簡素な造りですが、魔獣の攻撃にはこれでも足りないくらいなのだとか。以前住んでいた離宮の半分もありませんが、セレン様はリアさん達の事があるので雇う使用人の数が少なくて済むこの大きさがちょうどいいと仰っていました。
実は当初、私はレリアと二人で家を借りるつもりでしたが…治安が悪い上、セレン様にはこれからも魔力交換は必要だと言われ、更にはリアさんとルドさんが子犬姿でウルウルした目で見上げてくるその姿に、私もレリアもそれ以上突っぱねる事が出来なかったのです。リアさんはまだしも、何故ルドさんまで…そうは思うのですが、お二人の子犬姿は反則なほどに可愛らしくて、勝てる気がしません…ちなみにリアさんは私の、ルドさんは屋敷とレリアの護衛をセレン様に頼まれているそうです。
「ああ、やっぱりルネの魔力は気持ちいいね。これが一番癒されるよ」
「そ、そうですか…」
湯浴みを終えて人心地ついたセレン様は、ソファに座ったまま私を手招きしました。隣に腰を下ろすと直ぐに私の手を取られ、重ねた手からセレン様の魔力が流れてくるのを感じました。一月ぶりの魔力交換ですが、いつもよりも強く流れ込んでくるそれに、自分の聖力が減っていたのだと実感しました。この一月はセレン様の代わりに結界に力を送っていたのもあり、聖力が思った以上に減っていたようです。
「あったかい…」
「そう感じるのなら、かなり魔力が不足しているんだよ」
「結界に力を送っていたから…」
「そうだね。ルネ、いいかな?」
「え?ええ」
それが何を指しているのかは、手を重ねた時にすぐにわかりました。どうやら私が思った以上に聖力が失われていたようです。キスで魔力を受け取ると、勢いよくセレン様の魔力が私に流れ込んできました。熱を持った何かが私の中を満たしていき、それとともに体が温まるのを感じました。
「どう?」
「そう、ですね。凄く…温かくなりました。最近ちょっと、朝起きるのも辛く感じていましたから…」
「それはかなりよくないよ。やはり離れるのも半月が限界だな。今度からは出来るだけは慣れないようにするよ」
「でも、お仕事ですし…」
「そんなもの、どうだっていいよ。私にはルネの方がずっと大事だからね」
「で、でも…」
「恋人を最優先するのは当然だろう?」
「…っ」
甘やかに耳元でそう囁かれて、私はゾクゾクした感覚が背を走るのを感じ、思わず身体が震えました。そんな風に言葉にされるのは…非常に恥ずかしくまだ慣れません。
でも…そうなのです。私達はこの地に来て半年ほど経った頃からお付き合いを始めました。そうは言っても、そういう事に免疫が皆無の私なので、まだキスをするのが精一杯です。それだって普段は軽いキスだけで、魔力交換は何と言いますか…私の中では治療の一環、と思わないと無理なのです。
「そうそう、ルネにこれを」
そう言ってセレン様がポケットから取り出したのは、小さな箱でした。とても綺麗で立派な物ですが…一体何でしょうか…
「開けても?」
「ルネへの贈り物だから勿論」
笑顔のセレン様に促されて箱を開けると…中から出てきたのは細い銀の鎖のペンダントでした。鎖の先には深みのある青緑色―セレン様の瞳と同じ色のとても美しい石が付いています。
「これは…」
「魔力を結晶化させたものだよ」
「魔力を?」
「そう。私の魔力を凝縮して結晶化したんだ。守りの加護なんかを付けてね」
「そ、そんな事が出来るのですか?」
「私の世界では普通だよ。結晶化した魔力は、魔術師が最愛の人に贈るものなんだ。結婚の申し込みの時なんかにね」
「けっ、こ…」
突然の言葉に、私はその意味を直ぐに理解出来ませんでした。けっこん…って血痕、じゃないですよね?どうしてそんな話になっているのでしょうか…
「今回の視察で、結界がちゃんと機能しているのがはっきりしたんだ。それでその褒賞として子爵位と大公ジルベール殿の補佐官の役目を頂いたんだ」
「す、凄いです、セレン様…爵位だけでなくジルベール様の補佐官もだなんて…」
「そうは言っても、治める領地はないんだよ。まぁ、ルネが望むなら手に入れるけどね」
「そんな…この国では爵位だけでも凄い事ですよ」
そうです、この国では平民が爵位を得るのは簡単な事ではありません。身分制度が厳しく、爵位を得ても貴族の輪に入れて貰えないので爵位を得るメリットがあまりない、という面もあり、爵位を欲しがる平民が殆どいないのもありますが…
「なるほど…そうなのか。でも、せっかくくれると言うから貰っておくよ。さすがに無位無官ではルネに結婚を申し込めないだろう?」
「……」
「これで一応格好は付いたと思うんだけど…」
「そ、それは…」
セレン様がそんな事をお考えだったとは思いもしませんでした。そんなものがなくてもセレン様の凄さは際立っていますし、セレン様の代わりが出来る人もいないのですから。そんな事を考えていると、セレン様が私の前に跪いて私の手を取りました。
「ルネ=アルトー嬢。心からあなたを愛しています。どうか私と結婚して下さい」
いつもの笑みを消し、真剣な表情のセレン様が何だか違う人に見えました。その視線の強さと熱に絡めとられてしまった私は、暫くその場を動く事が出来ませんでした。
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