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真夜中の異変
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陛下達との話合いから五日後の夕方。私はいつも通りセレン様の私室で、一緒に夕食を頂いていました。そんな私達の下に、王太子殿下からお菓子が届けられました。何でも今王都でとても人気の店の品だそうで、王族の皆様もお気に入りなのだとか。
「王太子殿下が?」
「王家の方の分を頼んだので、その一つをこちらに届けるようにと仰せになられました」
お菓子を届けた文官らしい方がセレン様にそう説明しました。王太子殿下のお使いの方はいつも同じ方でしたが…この方は初めて見る方です。
「殿下がねぇ…」
「いつも自分で持ってくるのにね」
夕食の後、セレン様の私室に移動してお茶を頂いた私達でしたが、意外な事にセレン様とリアさんはお菓子を疑惑の目で眺めていました。可愛らしく包装されたそれは、特に問題なさそうですが…
「一応、―――しておくか」
「そうね」
セレン様とリアさんが何やら納得して、セレン様がお菓子に手をかざしました。見た目には何かが起きている様には見えませんでしたが…何となく力の揺らぎを感じます。どうしたと言うのでしょうか。
「セレン様、何か?」
「ああ、何でもないよ。さぁ、せっかくだから頂こうか」
そう言ってセレン様もリアさんもお菓子に手を伸ばしたので、私も頂きましたが、特に変わった事はないように感じられました。いえ、確かに人気のお店の品というだけあって、とても美味しかったですが。先ほど力が使われた気がしたのは…気のせいだったのでしょうか。
「…ネ、ルネ、起きて」
「…ん」
その日の夜遅く、すっかり眠りについていた私は、自分を呼ぶ声に目が覚めました。声の主はリアさんでしたが、子犬の姿で話しかけられるのはまだ慣れませんね。まだ周りは真っ暗で、夜もかなり更けた頃でしょうに、どうしたと言うのでしょうか…
「…どうしましたか、リアさん」
「今直ぐ着替えて。静かにね」
「え?」
「ルネ様、お着替えを…」
そう言って子犬姿のルドさんと一緒にレリアが、私の着替えを手にやってきました。レリアもいつもの侍女服に着替えています。どうやらルドさんに起こされたようですが、これは一体…
「リアさん?」
「静かに。ルネ、説明は後。早く着替えて」
否やと言わせない圧を感じた私は、直ぐにレリアが持ってきた服に着替えました。真っ暗な中、一体どうしたと言うのでしょうか。
「リアさん、一体何が?」
「あ~、うん、どうやら王様たちが悪さをする気なのよ」
「陛下が…」
リアさんの言い方は、まるで陛下が何か悪戯を企んでいるような軽いものでしたが…普段のリアさんの物言いが凄く砕けたものなので、そのまま受け取っていいものではないでしょう。まさか陛下は…私は嫌な考えが頭の中に広がるのを感じました。
「さて、と。ルネとレリアは私とルドから離れないでね」
「え、ええ。でも、セレン様は…」
「セレンは強いから大丈夫よ。でも、ルネ達が人質になったら動けなくなるわ。だからルネは私から、レリアはルドから離れないで」
「は、はい」
リアさんにそう言われましたが…本当に大丈夫なのでしょうか。先ほどから胸騒ぎがして落ち着きません。直ぐにでもセレン様の無事を確認したいと思いましたが、勝手に動くと迷惑をかけるかもしれないのですよね。でも、セレン様が凄い力をお持ちなのはわかりますが…それでも王家が相手となれば話は別です。精鋭の騎士に襲われたら、さすがにセレン様でも太刀打ちできないのではないでしょうか…
その時です。突然、静まり返っていた離宮に、怒号が響き渡りました。それも一ヶ所ではありません。あちこちで暴力的に何かが壊される音と怒鳴るような声、たくさんの人の靴音が響き渡りました。
「な…!」
「ルネ様!」
「あ~あ、とうとう一番の悪手に走っちゃったね」
「リアさん、何が…?」
「ああ、王様達の兵が押し寄せてきたのよ」
驚く私にレリアが私を守ろうとすぐ側にやってきました。そんな中、リアさんが恐ろしい事をいつもの調子で話していますが…それでは…
「セ、セレン様は…!」
「ああ、大丈夫よ。予めわかっていたからね」
「え?」
そうしている間にも、怒号と靴音がこの部屋に近づいてきました。私はセレン様が心配で気が気ではありませんでしたが、次の瞬間、部屋のドアが荒々しく開き、剣を手にした複数の騎士の姿が露になりました。
「な…」
「聖女様、こちらにいらしましたか!」
「聖女様の御身の確保を!」
「丁重に扱うのだ!」
「…え…」
騎士たちが口々に聖女様と呼びかけてきましたが…それはリアさんの事でしょうか。でも、今のリアさんは子犬の姿です。また、リアさんが人でない事は王家の方々には知れていますし、そんな中でリアさんの身柄を確保しようとする意味がわかりません。それに、こんな夜遅くに押しかけてくる必要ない筈です。
「見つけたぞ。ルネ、ここにいたか!」
「なっ?!」
騎士達の間から聞こえたその声は…セザール殿下のものでした。どうして殿下がここに…それに、どうして私の名を…私はもう聖女ではありませんし、陛下達はリアさんを聖女だと呼んでいた筈です。
「な…セザール殿下…何故…?」
「お前をもう一度聖女にしてやる。だから俺と共に来い!」
「な…でも、今の私はセレン様の…」
「あの男なら今頃、騎士に捕らえられているだろう。くくっ、兄上の名で贈った菓子を食べたそうだな。あれには眠り薬を仕込んでおいたが、疑いもせずに食ったらしいな」
「あれに…そんな、なんて事を…セレン様を呼んだのは殿下ではありませんか」
「ふん、俺が呼んだのは聖女だ。あんな化け物を従えた異世界人など信用出来るか!陛下はあ奴らを排除すると決めた。お前は今からこの国の聖女に戻って、もう一度結界を守るのだ」
「そんな…」
「これは命令だ。拒否するならお前もあ奴らの仲間として排除する。側に居てあの化け物らに篭絡されたか?まさかあの男に身をまかせたりはしていないだろうな?」
「そ、そんな事は…」
「お前はもう一度聖女となり、私の婚約者に戻るのだ。これは王命だ、拒否は許さん」
子犬の姿とは言え、今この場にはリアさんもルドさんもいるのですが…普段の姿を知らない殿下はお二人に気が付いていないようです。そして一方的に聖女の任を解いたのに、また聖女になれなんて、随分勝手すぎます。それに、セレン様達を化け物扱いするなんて…殿下が勝手に召喚したのが原因で、セレン様達は被害者なのに…
「さぁ、来い!おい、お前ら、聖女を連れて行け。もし言う事を聞かないと言うのであれば…多少手荒に扱っても構わん」
「はっ!」
「王太子殿下が?」
「王家の方の分を頼んだので、その一つをこちらに届けるようにと仰せになられました」
お菓子を届けた文官らしい方がセレン様にそう説明しました。王太子殿下のお使いの方はいつも同じ方でしたが…この方は初めて見る方です。
「殿下がねぇ…」
「いつも自分で持ってくるのにね」
夕食の後、セレン様の私室に移動してお茶を頂いた私達でしたが、意外な事にセレン様とリアさんはお菓子を疑惑の目で眺めていました。可愛らしく包装されたそれは、特に問題なさそうですが…
「一応、―――しておくか」
「そうね」
セレン様とリアさんが何やら納得して、セレン様がお菓子に手をかざしました。見た目には何かが起きている様には見えませんでしたが…何となく力の揺らぎを感じます。どうしたと言うのでしょうか。
「セレン様、何か?」
「ああ、何でもないよ。さぁ、せっかくだから頂こうか」
そう言ってセレン様もリアさんもお菓子に手を伸ばしたので、私も頂きましたが、特に変わった事はないように感じられました。いえ、確かに人気のお店の品というだけあって、とても美味しかったですが。先ほど力が使われた気がしたのは…気のせいだったのでしょうか。
「…ネ、ルネ、起きて」
「…ん」
その日の夜遅く、すっかり眠りについていた私は、自分を呼ぶ声に目が覚めました。声の主はリアさんでしたが、子犬の姿で話しかけられるのはまだ慣れませんね。まだ周りは真っ暗で、夜もかなり更けた頃でしょうに、どうしたと言うのでしょうか…
「…どうしましたか、リアさん」
「今直ぐ着替えて。静かにね」
「え?」
「ルネ様、お着替えを…」
そう言って子犬姿のルドさんと一緒にレリアが、私の着替えを手にやってきました。レリアもいつもの侍女服に着替えています。どうやらルドさんに起こされたようですが、これは一体…
「リアさん?」
「静かに。ルネ、説明は後。早く着替えて」
否やと言わせない圧を感じた私は、直ぐにレリアが持ってきた服に着替えました。真っ暗な中、一体どうしたと言うのでしょうか。
「リアさん、一体何が?」
「あ~、うん、どうやら王様たちが悪さをする気なのよ」
「陛下が…」
リアさんの言い方は、まるで陛下が何か悪戯を企んでいるような軽いものでしたが…普段のリアさんの物言いが凄く砕けたものなので、そのまま受け取っていいものではないでしょう。まさか陛下は…私は嫌な考えが頭の中に広がるのを感じました。
「さて、と。ルネとレリアは私とルドから離れないでね」
「え、ええ。でも、セレン様は…」
「セレンは強いから大丈夫よ。でも、ルネ達が人質になったら動けなくなるわ。だからルネは私から、レリアはルドから離れないで」
「は、はい」
リアさんにそう言われましたが…本当に大丈夫なのでしょうか。先ほどから胸騒ぎがして落ち着きません。直ぐにでもセレン様の無事を確認したいと思いましたが、勝手に動くと迷惑をかけるかもしれないのですよね。でも、セレン様が凄い力をお持ちなのはわかりますが…それでも王家が相手となれば話は別です。精鋭の騎士に襲われたら、さすがにセレン様でも太刀打ちできないのではないでしょうか…
その時です。突然、静まり返っていた離宮に、怒号が響き渡りました。それも一ヶ所ではありません。あちこちで暴力的に何かが壊される音と怒鳴るような声、たくさんの人の靴音が響き渡りました。
「な…!」
「ルネ様!」
「あ~あ、とうとう一番の悪手に走っちゃったね」
「リアさん、何が…?」
「ああ、王様達の兵が押し寄せてきたのよ」
驚く私にレリアが私を守ろうとすぐ側にやってきました。そんな中、リアさんが恐ろしい事をいつもの調子で話していますが…それでは…
「セ、セレン様は…!」
「ああ、大丈夫よ。予めわかっていたからね」
「え?」
そうしている間にも、怒号と靴音がこの部屋に近づいてきました。私はセレン様が心配で気が気ではありませんでしたが、次の瞬間、部屋のドアが荒々しく開き、剣を手にした複数の騎士の姿が露になりました。
「な…」
「聖女様、こちらにいらしましたか!」
「聖女様の御身の確保を!」
「丁重に扱うのだ!」
「…え…」
騎士たちが口々に聖女様と呼びかけてきましたが…それはリアさんの事でしょうか。でも、今のリアさんは子犬の姿です。また、リアさんが人でない事は王家の方々には知れていますし、そんな中でリアさんの身柄を確保しようとする意味がわかりません。それに、こんな夜遅くに押しかけてくる必要ない筈です。
「見つけたぞ。ルネ、ここにいたか!」
「なっ?!」
騎士達の間から聞こえたその声は…セザール殿下のものでした。どうして殿下がここに…それに、どうして私の名を…私はもう聖女ではありませんし、陛下達はリアさんを聖女だと呼んでいた筈です。
「な…セザール殿下…何故…?」
「お前をもう一度聖女にしてやる。だから俺と共に来い!」
「な…でも、今の私はセレン様の…」
「あの男なら今頃、騎士に捕らえられているだろう。くくっ、兄上の名で贈った菓子を食べたそうだな。あれには眠り薬を仕込んでおいたが、疑いもせずに食ったらしいな」
「あれに…そんな、なんて事を…セレン様を呼んだのは殿下ではありませんか」
「ふん、俺が呼んだのは聖女だ。あんな化け物を従えた異世界人など信用出来るか!陛下はあ奴らを排除すると決めた。お前は今からこの国の聖女に戻って、もう一度結界を守るのだ」
「そんな…」
「これは命令だ。拒否するならお前もあ奴らの仲間として排除する。側に居てあの化け物らに篭絡されたか?まさかあの男に身をまかせたりはしていないだろうな?」
「そ、そんな事は…」
「お前はもう一度聖女となり、私の婚約者に戻るのだ。これは王命だ、拒否は許さん」
子犬の姿とは言え、今この場にはリアさんもルドさんもいるのですが…普段の姿を知らない殿下はお二人に気が付いていないようです。そして一方的に聖女の任を解いたのに、また聖女になれなんて、随分勝手すぎます。それに、セレン様達を化け物扱いするなんて…殿下が勝手に召喚したのが原因で、セレン様達は被害者なのに…
「さぁ、来い!おい、お前ら、聖女を連れて行け。もし言う事を聞かないと言うのであれば…多少手荒に扱っても構わん」
「はっ!」
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