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寂しい旅立ちと最低な家族

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 エンゲルス先生を訪ねた翌々日、私は予定通りにヘルゲン公爵領に向かって出発しました。王家からの声がかりでの婚姻ですが、急なこともあって荷物は最低限です。両親曰く、後で送って下さるとのことですがどうなのでしょう。王家からの支度金もお姉様に使かってしまいそうな気がするのは、悪く捉えすぎでしょうか……そう思っていたのですが……

「さようなら、エルーシア。支度金は私が有効に使ってあげるから安心してね」

 金の髪をかき上げながらお姉様がそう言いましたが、それは横領ではないでしょうか? まさかそれを堂々と宣言されるとは思いませんでした。

「お姉様、何を……そんなことをしては王家や公爵家から不評を買ってしまうのでは……」
「心配いらないわよ。公爵家だって嫁さえ来れば文句はないんだから。それに辺鄙な公爵領ではドレスも宝石も不要でしょう? ああ、勿論日常で使う物はちゃんと送ってあげるから大丈夫よ」
(大丈夫って……大丈夫だと思える要素が全くないのですが……)

 そうは思ったのですが、両親も同じようなことを言い出したので気にするのはやめました。仮に何か聞かれても両親がやったことと答えておくことにしましょう。今更両親への愛情や恩もありませんし。もし公爵様に受け入れられなかったら、侍女として雇って貰った方がずっとマシな気がします。

「じゃあね、エルーシア。精々元気でね」

 お姉様がそれはそれは嬉しそうに声をかけてきました。どうしてそこまで私を疎ましく思われるのでしょうか。仮にも双子なのに……

「……お父様、お母様、お姉様。お世話になりました」
「うむ。出戻ってくるなど不名誉なことは認めぬからな」
「そうよ。我が家の名に泥を塗るようなことはしないで頂戴ね」
「……」

 やっぱりそう来ましたか。いえ、薄々そう言われるような気はしていましたが……最後まで期待を裏切らない方々でした。

「姉上、どうかお元気で! 手紙を書きますね!」

 ただ一人、レオだけが涙を浮かべて私との別れを悲しんでくれました。その表情に今まで少しも悲しいと思わなかった心がずきりと痛みました。

「ありがとう、レオ。どうか身体に気を付けてね!」

 結局、私の心配をしてくれたのはレオだけでした。誰もいないよりはいいのでしょうが、残していく不安と罪悪感で胸が押しつぶされそうです。これからのレオが心配ですが大事な跡取り息子ですから、両親もお姉様もレオを蔑ろにすることはないでしょう。それだけがせめてもの救いです。家族が早々に家の中に引っ込んでしまった中、レオだけは最後まで手を振って見送ってくれました。



 ヘルゲン公爵領の領都リーツは王都から馬車で十二日ほどかかります。一応お父様は伯爵家のメンツを気にしてか四頭立ての大型馬車を出してくれたけれど、それも一台だけでした。一応私の私物や当面の間必要と思われる着替えやディドレス、公爵家への手土産などで一台馬車が付きましたが、貴族の嫁入りなら四頭立ての馬車が何台も連なり、侍女や護衛を何人も連れて行くのが普通です。両親は極力私にお金をかけたくないようです。

 同行してくれたのは侍女一人と御者、護衛が五人でした。侍女はお姉様専属でお気に入りの一人です。きっと私の惨めな姿を報告するために同行したのでしょう。御者や護衛も彼らも私のことは荷物のようなものと思っているのか、最低限のことしか話しません。

(それでも、先生の記録や緑金晶は無事に持ち出せたからよかったわ……)

 そう、心配だったのは先生に頂いた品々でした。あれは見る人が見たら非常に価値があると直ぐにわかるでしょう。でも、両親もお姉様もそれには興味がなかったようで、特に何も言いませんでした。念のために書類はエンゲルス先生が公爵様に頼まれたもので、届けてほしいと頼まれたと伝え、先生から公爵様への手紙がその話に信ぴょう性を持たせてくれました。さすがに両親もお姉様も、先生からの手紙を開けませんでした。一方の緑金晶は服の下に身に着けて隠しました。私には侍女が付いていないのが幸いでしたわ。



 幸いにも途中で嵐に遭う事もなく、順調に進みます。王都から離れるほどに景色も寂しくなりましたが、一方で王都ではあまり見られなかったものが増えていきました。それは精霊です。実隠していましたが、実は私、精霊が視えるのです。

 精霊は森などに住む神の愛し子と呼ばれる存在ですが、その姿を視ることが出来る人は限られています。魔力が視える人は百人に一人くらいですが、精霊は国に片手ほどの数がいるかどうかというほどに稀です。大抵は王家の庇護下に入って魔術師になるのが一般的です。
 私は物心ついた時から視えていましたが、それを人に話したのは一度だけでした。あれは四、五歳くらいだったでしょうか、小さくて可愛いのが飛んでいるとお姉様に言ったら、『気持ち悪いこと言わないで!』と言って泣き出してしまったのですよね。それを聞きつけた両親が飛んできて、お姉様が私を嘘つきだと主張したために物凄く叱られてしまいました。
 幸いというべきか、両親もお姉様も嘘だと信じ切った上、そのことも覚えていないようです。それからは一度も精霊のことを口にしたことはありません。あの両親に知られたら死ぬまで利用されると思ったからです。最悪、お姉様が視えることにして、一生影武者としてこき使われそうでしたから。

(それにしても、精霊も多いけれど、瘴気も多いのね)

 王都では解呪師がいたので瘴気が放置されるのは稀でしたが……さすがにその外までは手が回らないのでしょう、あちこちに瘴気が残されたままになっていました。小さな瘴気は放っておいてもいずれ風化してしまうようですが……こうなるとヘルゲン公爵領は大変なことになっていそうで、私は考えが甘かったかも……と不安になってきました。



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