上 下
63 / 68

有言実行

しおりを挟む
 ソフィに心配いらないと言われたけれど安心出来なかったし、教えてくれるってどういう意味なのかと気になって仕方がなかった。そして皇子は有言実行だった。

 翌朝、目覚めた私の元にティアが花を手に現れた。それは雪の季節に咲く花で、まだ切り取られて時間が経っていないのか、葉の元には氷の欠片が残っていた。

「ティア、その花……」
「殿下が今朝、自らお摘みになったものですわ。ソフィ様にと」
「殿下が……」

 この雪の中、自分で花を切りに行ったと? 帝国の皇子が? その後もディドレスに着替えようとしたら皇子からの品だと言われた。薄茶に赤の差し色が入ったドレスはシンプルだけど品がよくて会議などに出るのにちょうどいい。朝食後には皇子が帝国から取り寄せたという私の大好きなフルーツが出たし、会議に向かおうとしたら皇子が迎えに来た。いつもは現地集合なのに。

「まぁ、殿下ったら早速ですわね」

 ティアが生温かい目で皇子を見ていたけれど、それは自分にも向けられているのだろう。そう思うと恥ずかしい。私だけが気付いていなかったということは、会議に出ている方々もご存じだったということだろうか。そう思うと居た堪れない。凄く……
 会議後のお茶の時間には私の好きなスイーツが出た。いつも通りに。つまりはいつも皇子が手配してくれたということだ。皇子は皇弟殿下に呼ばれていなかったことにホッとしていた。恥ずかしい……今更どんな顔で王子に向き合えばいいのだろう。会議など公務中ならまだしも、私的な時間が困る。凄く……

 昼食はどうしようと心配だった。そして悪い予感ほど当たるのだと、今、実感していた。皇子の執務室の一角にあるソファで、私たちは共に昼食を摂った。そこまではよかった。問題はその後だ。食器を片付けた後で新しくお茶を入れられると、私は皇子の膝の上に乗せられた。

「な、何で、膝の上に……」
「わからせるって言っただろう? お前、これくらいしないとわからなそうだし」
「わからせるって……

 向かい側に座っていた皇子が直ぐ側に立ったと思ったら、すっと持ち上げられて膝の上に乗せられたのだ。その早業に驚いて声を上げる間もなかった。座らせられてぎゅっと抱きしめられると皇子の匂いが一気に濃くなって、クラクラしてきた。酔いそう。

「ああ、似合ってるな」
「え?」
「そのドレス。アシェルのデザイナーに頼んだんだ。何着か頼んでおいた」
「何着もって……そんなにたくさん要らないんだけど……」
「俺たちが頼まなきゃデザイナーらも仕事がなくて困るんだよ。金を使って経済を回すのも俺たちの務めだ。必要以上のものは頼まないから心配するな」

 そう言われてしまうと何も言い返せなかった。確かに王族貴族が依頼しなければ仕立て屋は仕事を失い、そこで働く者たちも職を失ってしまう。贅沢するのも経済を回し技術を向上させるために必要なのだ。それは頭では理解しているけれど、今までの生活が生活だったので贅沢に思えて気が引けてしまう。

「……そ、そう言えば、あの騎士たちはどうなったんですか?」

 居心地が悪いし会話が途切れると気まずくて、何か話題をと思って出てきたのは先日の襲撃のその後だった。

「あ、あの騎士たちはどうなりましたか?」
「ああ、今取り調べの真っ最中だ。背後関係も調べなければならないからな。慎重にやっている」

 意外に根が深そうだった。皇子の手が私の髪を撫でた。

「そうですか。それで、彼らは……」
「まだ背後関係が完全には掴めていないから何とも言えないな。どうも首謀者は王党派の残党で、その中にアンジェリカの信望者が紛れ込んでいたようだ」
「紛れ込んで?」

 マテウスは復讐のために王党派に加わっていたのか。王党派だと知られればそれだけで危険人物と目され、命までは取られないけれど職は失う。それほどに彼女を想っていたのかと胸が痛くなった。彼らが偽王女と呼んだ私が父の血を継ぎ、真の王女と崇めていたアンジェリカが偽王女だったなんて皮肉な話だ。って……

「ちょっと! 何しているのよ!」

 急に抱きしめる腕に力が入り、頭の上で皇子が息を吸っているのを感じた。

「ん~堪能?」
「はぁ? 堪能?」

 言っている意味が分からない。堪能って何? 何を? この体勢だけでもあり得ないのに……!

「殿下、ソフィ様、そろそろお時間ですわ」
「ああ、もうそんな時間か」

 どうやら次の会議の時間らしい。やっとこの状態から抜け出せるとホッと息を吐いたところで皇子の指が顎にかかった。何かと思った瞬間、皇子の顔が近づいてきて唇に一瞬何かが当たった。

「ひっ!」

 も、もしかして、今……テ、ティアもいる前でなんて事を……

「さ、行くぞ」

 膝から降ろされて手を引かれたけれど、私は混乱したまま会議室まで連れていかれた。お陰で怒るタイミングを逃してしまったのは不覚だった。そしてマズい。今絶対に顔が赤くなっているだろうに。慌てて開いている手を顔の前で振って覚まそうとした。あんまり意味はなかったかもしれない。

 そんな私の動揺を吹き飛ばしたのは皇弟殿下だった。

「アルヴィド殿下とソフィ殿下、三か月後の青葉の月の十二日、婚姻を成立させた後、ヴァルカード朝初代アシェル国王として即位して頂きます。これは皇帝陛下の思し召しです。どうかそのおつもりで」

 大臣たちは神妙な面持ちでその発令を聞いていた。落ち着いた様子からこうなることは事前に知っていたのだろう。

「はっ! 謹んで拝命いたします」

 皇子に迷いはなかった。そのために来ているのだから当然だろう。皇族としてその前提で育っているのだろうから。

「……皇帝陛下の思し召しのままに」

 深く頭を下げてそう答えたけれど、頭の中は大嵐だった。そうなるとわかっていたけれど、具体的な日付を示されたのはこれが初めてだった。しかも三か月後だなんて……王妃という立場の重さよりも、今は皇子と夫婦になることの方がずっと心を占めた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】孕まないから離縁?喜んで!

ユユ
恋愛
嫁いだ先はとてもケチな伯爵家だった。 領地が隣で子爵の父が断れなかった。 結婚3年。義母に呼び出された。 3年も経つのに孕まない私は女ではないらしい。 石女を養いたくないそうだ。 夫は何も言わない。 その日のうちに書類に署名をして王都に向かった。 私は自由の身になったのだ。 * 作り話です * キチ姑います

縁談を妹に奪われ続けていたら、プチギレした弟が辺境伯令息と何やら画策し始めた模様です

春乃紅葉@コミカライズ2作品配信中
恋愛
幼少期 病弱だった妹は、両親の愛を全て独り占めしています。 学生時代、私に婚約の話が来ても、両親は 「まだ早い」と首を縦に振りませんでした。 しかし、私が学園を卒業すると、両親は 「そろそろ婚約の話を受けようじゃないか」 と急にやる気を見せましたが、それは十六歳を迎えた妹の為でした。 両親は私に来る縁談を全て妹に回し、 婚約を結ぼうとしていたのです。 それが上手くいく筈もなく 縁談はさっぱりまとまらず、 もう二年が過ぎようとしたある日。 弟はその事に気付き、隣の領地の辺境伯令息と何やら画策を始めて――。 ゆるふわっと設定の短編~中編くらいになりそうです。 ご感想*誤字報告*お気に入り登録ありがとうございます。 感想欄はほぼネタバレですのでご注意下さい。 また、R指定に触れそうな過激なご感想は、承認できかねますのでご了承下さい。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。 父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。 そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。 しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。 ”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな” 失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。 実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。 オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。 その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。

夫を捨てる事にしました

東稔 雨紗霧
恋愛
今日は息子ダリルの誕生日だが夫のライネスは帰って来なかった。 息子が生まれて5年、そろそろ愛想も尽きたので捨てようと思います。

後悔はなんだった?

木嶋うめ香
恋愛
目が覚めたら私は、妙な懐かしさを感じる部屋にいた。 「お嬢様、目を覚まされたのですねっ!」 怠い体を起こそうとしたのに力が上手く入らない。 何とか顔を動かそうとした瞬間、大きな声が部屋に響いた。 お嬢様? 私がそう呼ばれていたのは、遥か昔の筈。 結婚前、スフィール侯爵令嬢と呼ばれていた頃だ。 私はスフィール侯爵の長女として生まれ、亡くなった兄の代わりに婿をとりスフィール侯爵夫人となった。 その筈なのにどうしてあなたは私をお嬢様と呼ぶの? 疑問に感じながら、声の主を見ればそれは記憶よりもだいぶ若い侍女だった。 主人公三歳から始まりますので、恋愛話になるまで少し時間があります。

カウンターカーテシー〜ずっと陰で支え続けてきた義妹に婚約者を取られ家も職も失った、戻ってこい?鬼畜な貴様らに慈悲は無い〜

まつおいおり
恋愛
義父母が死んだ、葬式が終わって義妹と一緒に家に帰ると、義妹の態度が豹変、呆気に取られていると婚約者に婚約破棄までされ、挙句の果てに職すら失う………ああ、そうか、ならこっちも貴女のサポートなんかやめてやる、主人公コトハ・サンセットは呟く……今まで義妹が順風満帆に来れたのは主人公のおかげだった、義父母に頼まれ、彼女のサポートをして、学院での授業や実技の評価を底上げしていたが、ここまでの鬼畜な義妹のために動くなんてなんて冗談じゃない……後々そのことに気づく義妹と婚約者だが、時すでに遅い、彼女達を許すことはない………徐々に落ちぶれていく義妹と元婚約者………。

貴方へ愛を伝え続けてきましたが、もう限界です。

あおい
恋愛
貴方に愛を伝えてもほぼ無意味だと私は気づきました。婚約相手は学園に入ってから、ずっと沢山の女性と遊んでばかり。それに加えて、私に沢山の暴言を仰った。政略婚約は母を見て大変だと知っていたので、愛のある結婚をしようと努力したつもりでしたが、貴方には届きませんでしたね。もう、諦めますわ。 貴方の為に着飾る事も、髪を伸ばす事も、止めます。私も自由にしたいので貴方も好きにおやりになって。 …あの、今更謝るなんてどういうつもりなんです?

処理中です...