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入れ替わりの真実
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「入れ替えって……あれを言い出したのは……あなた、だったの?」
「ああ、そうだ。我らの敬愛するアンジェリカ様を帝国に差し出すわけにはいかなかったからな!」
「そう……」
「なのに、くそっ!! どうしてお前が生き残ってアンジェリカ様が……」
彼は尚も悪態をついていた。でも……
「じゃ、あなたのせいですね」
「何だと?」
「アンジェリカが死んだのは、あなたのせいだと言ったんです」
「馬鹿を言うな!! アンジェリカ様を殺したのは帝国、そしてお前だ!!」
この人はこんな人だったのか。優しくて公平な人だと思っていたのは幻想だったのか……
「人のせいにしないで下さい」
「何を……!」
「帝国は最初から私たちを殺すつもりはありませんでした」
「嘘を付くな!!
「嘘じゃありません。帝国は私たちが生きて行けるように教育を授け、チャンスをくれました。慢心を捨て自分の立場を弁えていたら、死ぬことはなかったはずです。現にマイエルの王女はそうして生きています」
「その通りだな。弟王子もそうなっている」
私の考えに皇子が同意した。エヴェリーナ様の例もあるから最初から殺す気はなかったのは確かだ。帝国に忠誠を誓い謙虚になれたなら、弟のように表舞台には出られなくても静かに暮らすことは出来ただろう。
「アンジェリカが死んだのは、あなたのせいかもしれませんね。入れ替われと言ったのは、あなたなのですから」
「ば、馬鹿なっ!! あれはアンジェリカ様の御ために……」
「だったら何故、直ぐにバレる嘘を付いたのです!? あれでは心象が悪くなるのは当然でしょう? アンジェリカや王妃がそう言い出しても、本気で案じるならその時に諫めるべきだったのよ!!」
「…………」
目が飛び出るかと思うほどに見開き、口を開けて私を見上げた。そんなこともわからなかったなんて……どうしてそんな狭いものの見方しか出来ないのか。国が負けたのもその視野の狭さが原因なのに。でも、もう過ぎたことだ。
「ソフィ、そろそろ部屋に戻ろう。医者にも見せないと」
「あ、そうですね。じゃ、最後に一つだけ」
「何だ?」
雪が降り始めて来て、皇子が王宮へと促したけれど、一つだけやっておきたい事があった。私は騎士の前に一歩進んだ。
「あなたはマテウス様と仰ったのですね」
「……だから何だ?」
不信感と警戒心が丸出しだったが、それでも反論はしなかった。
「あなたに、お礼を」
「……礼?」
「ソフィ?」
騎士も皇子も怪訝な表情を浮かべた。皇子が守るように私の隣に歩を進めた。
「ええ。母が生きていた頃、声をかけて下さったことに。ずっとお礼を言いたいと思っていましたから。ありがとうございました」
そう言うと軽く頭を下げた。彼のしたことは許せないけれど、これは自分の気持ちに区切りをつけるための儀式だ。もうあの頃の記憶に縋る必要はないから。
「なにを……」
マテウスは困惑を隠しきれずにいた。まさか殺そうとした相手にお礼を言うとは思わなかったのだろう。自分でもそう思う。それでもあの頃の私には大切だった過去は消えない。
「さ、中に入るぞ」
「ええ、ティア、大丈……ぎゃぁ!」
急に視点が変わったのに驚くなという方が無理だろう。しかもこの体勢って……
「なんて声出すんだよ」
「急に変なことしないでよ! 降ろしてよ! 自分で歩けるから!!」
「そうはいくか。靴、片方なくなっているんだろうが」
「は? なんでそれを?」
スカートで隠れていたはずなのに、どうして気付いたのだろう。
「あっちに転がっていただろうが」
この暗い中でどうしてわかった? いや、そうじゃなくて!
「じゃ、靴を取ってこればいいでしょうが」
「焼けた木材の下敷きだ。もう履けねぇよ。それに夜中なんだ、静かにしろ」
結局そのまま部屋まで運ばれてしまった。直ぐに湯あみの準備が始められ、それを待っている間に医師がやって来た。
「ただの打ち身です。幸い骨は折れていませんね。でもしばらくは安静に」
「ありがとうございます」
思ったほど酷くなくてよかった。他にも細かい擦り傷や火傷はあったけれど、分厚いコートを着ていたからこれで済んだのだろう。一歩間違えたら火が燃え移って大惨事だった可能性もあるけれど。想像するのも怖いのでそれは気にしないことにした。ティアもエドもグレンも私と同じで、目立った怪我はなかったと聞いてほっとした。それから軽い食事をとり、湯あみをした。
「ティアも明日はゆっくり休んで」
ベッドに横たわる私に掛布を被せるティアにそう言うと、ティアは大丈夫だと事も無げに笑った。でもずっと緊張しっぱなしだったのだ。疲れがないはずがない。
「ダメよ。ちゃんと休んで。明日と明後日はお休みね。エドとグレンにもそう伝えて」
「明日だけで十分ですわ」
「でも……」
アシェルに来て日も浅いし、今回の件もあって絶対ティアの方が疲れている筈。そりゃあティアがいないと困るけれど、侍女は他にもいるし今後は休暇だってほしいだろう。無理をして欲しいわけじゃない。
「大丈夫ですわ。こう見えて鍛えていますから」
結局ティアに押し切られてしまった。
疲れたし、殆ど寝ていなかったから直ぐに眠れるかと思ったけれど、中々寝付けなかった。色んなことがあり過ぎて神経が逆立ったままなのだろう。何度も寝返りをした。
(知らなきゃよかったのかなぁ……)
目を閉じても浮かんでくるのはあの騎士だった。でも浮かぶのは昔の笑顔じゃなく、さっき見た憤怒のそれだった。それでも不思議と怒りは湧いてこなかった。ずっと気遣ってくれていると思ったのに、あの人だけは味方だと信じていたのに、そうじゃなかったのが悲しい。目の奥が熱くなって枕に顔を埋めた。
「ああ、そうだ。我らの敬愛するアンジェリカ様を帝国に差し出すわけにはいかなかったからな!」
「そう……」
「なのに、くそっ!! どうしてお前が生き残ってアンジェリカ様が……」
彼は尚も悪態をついていた。でも……
「じゃ、あなたのせいですね」
「何だと?」
「アンジェリカが死んだのは、あなたのせいだと言ったんです」
「馬鹿を言うな!! アンジェリカ様を殺したのは帝国、そしてお前だ!!」
この人はこんな人だったのか。優しくて公平な人だと思っていたのは幻想だったのか……
「人のせいにしないで下さい」
「何を……!」
「帝国は最初から私たちを殺すつもりはありませんでした」
「嘘を付くな!!
「嘘じゃありません。帝国は私たちが生きて行けるように教育を授け、チャンスをくれました。慢心を捨て自分の立場を弁えていたら、死ぬことはなかったはずです。現にマイエルの王女はそうして生きています」
「その通りだな。弟王子もそうなっている」
私の考えに皇子が同意した。エヴェリーナ様の例もあるから最初から殺す気はなかったのは確かだ。帝国に忠誠を誓い謙虚になれたなら、弟のように表舞台には出られなくても静かに暮らすことは出来ただろう。
「アンジェリカが死んだのは、あなたのせいかもしれませんね。入れ替われと言ったのは、あなたなのですから」
「ば、馬鹿なっ!! あれはアンジェリカ様の御ために……」
「だったら何故、直ぐにバレる嘘を付いたのです!? あれでは心象が悪くなるのは当然でしょう? アンジェリカや王妃がそう言い出しても、本気で案じるならその時に諫めるべきだったのよ!!」
「…………」
目が飛び出るかと思うほどに見開き、口を開けて私を見上げた。そんなこともわからなかったなんて……どうしてそんな狭いものの見方しか出来ないのか。国が負けたのもその視野の狭さが原因なのに。でも、もう過ぎたことだ。
「ソフィ、そろそろ部屋に戻ろう。医者にも見せないと」
「あ、そうですね。じゃ、最後に一つだけ」
「何だ?」
雪が降り始めて来て、皇子が王宮へと促したけれど、一つだけやっておきたい事があった。私は騎士の前に一歩進んだ。
「あなたはマテウス様と仰ったのですね」
「……だから何だ?」
不信感と警戒心が丸出しだったが、それでも反論はしなかった。
「あなたに、お礼を」
「……礼?」
「ソフィ?」
騎士も皇子も怪訝な表情を浮かべた。皇子が守るように私の隣に歩を進めた。
「ええ。母が生きていた頃、声をかけて下さったことに。ずっとお礼を言いたいと思っていましたから。ありがとうございました」
そう言うと軽く頭を下げた。彼のしたことは許せないけれど、これは自分の気持ちに区切りをつけるための儀式だ。もうあの頃の記憶に縋る必要はないから。
「なにを……」
マテウスは困惑を隠しきれずにいた。まさか殺そうとした相手にお礼を言うとは思わなかったのだろう。自分でもそう思う。それでもあの頃の私には大切だった過去は消えない。
「さ、中に入るぞ」
「ええ、ティア、大丈……ぎゃぁ!」
急に視点が変わったのに驚くなという方が無理だろう。しかもこの体勢って……
「なんて声出すんだよ」
「急に変なことしないでよ! 降ろしてよ! 自分で歩けるから!!」
「そうはいくか。靴、片方なくなっているんだろうが」
「は? なんでそれを?」
スカートで隠れていたはずなのに、どうして気付いたのだろう。
「あっちに転がっていただろうが」
この暗い中でどうしてわかった? いや、そうじゃなくて!
「じゃ、靴を取ってこればいいでしょうが」
「焼けた木材の下敷きだ。もう履けねぇよ。それに夜中なんだ、静かにしろ」
結局そのまま部屋まで運ばれてしまった。直ぐに湯あみの準備が始められ、それを待っている間に医師がやって来た。
「ただの打ち身です。幸い骨は折れていませんね。でもしばらくは安静に」
「ありがとうございます」
思ったほど酷くなくてよかった。他にも細かい擦り傷や火傷はあったけれど、分厚いコートを着ていたからこれで済んだのだろう。一歩間違えたら火が燃え移って大惨事だった可能性もあるけれど。想像するのも怖いのでそれは気にしないことにした。ティアもエドもグレンも私と同じで、目立った怪我はなかったと聞いてほっとした。それから軽い食事をとり、湯あみをした。
「ティアも明日はゆっくり休んで」
ベッドに横たわる私に掛布を被せるティアにそう言うと、ティアは大丈夫だと事も無げに笑った。でもずっと緊張しっぱなしだったのだ。疲れがないはずがない。
「ダメよ。ちゃんと休んで。明日と明後日はお休みね。エドとグレンにもそう伝えて」
「明日だけで十分ですわ」
「でも……」
アシェルに来て日も浅いし、今回の件もあって絶対ティアの方が疲れている筈。そりゃあティアがいないと困るけれど、侍女は他にもいるし今後は休暇だってほしいだろう。無理をして欲しいわけじゃない。
「大丈夫ですわ。こう見えて鍛えていますから」
結局ティアに押し切られてしまった。
疲れたし、殆ど寝ていなかったから直ぐに眠れるかと思ったけれど、中々寝付けなかった。色んなことがあり過ぎて神経が逆立ったままなのだろう。何度も寝返りをした。
(知らなきゃよかったのかなぁ……)
目を閉じても浮かんでくるのはあの騎士だった。でも浮かぶのは昔の笑顔じゃなく、さっき見た憤怒のそれだった。それでも不思議と怒りは湧いてこなかった。ずっと気遣ってくれていると思ったのに、あの人だけは味方だと信じていたのに、そうじゃなかったのが悲しい。目の奥が熱くなって枕に顔を埋めた。
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