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決別
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王妃と異母姉と縁を切りたい、二度と関わりたくない。入れ替りを皇子に暴露した私はこれでようやく解放されるだろうと思った。王宮に勤める者ならどちらが私か直ぐにわかるだろう。私たちは全くと言っていいほど似ていないのだ。異母姉はあの華やかな容姿で目立ったし、私が王妃の侍女をしていたのは三年に渡る。見間違い様がない。王宮の者を問い詰めれば、王妃たちの嘘は直ぐにばれると信じて疑わなかった。なのに……
「ど、どういうことですか!?」
あの日から五日後。やって来た文官が手にしていたのは、異母姉がソフィで私がアンジェリカだという調査結果だった。
「そんな……どうして……」
戸惑いが絶望へと変わり、足元から闇が這いあがって呑み込まれていく気がした。まるで悪い夢を見ているようだ。「ソフィ」はどこへ行ってしまったのか……
「王宮の使用人に聞き取りをしましたが、皆、金髪碧眼の王女がソフィ様だと証言しました」
「う、うそ……」
まさかこんな結果になるなんて思いもしなかった。文官は報告書の写しをテーブルに置いて出て行ってしまった。その姿が消えても、しばらくはドアから視線を外せなかった。
(どうして? 王宮に勤める者なら間違うはずがないのに……)
文官が去って暫くしてもソファから立ち上がることさえ出来なかった。自分の存在がわからなくなる。ソフィは私なのに、誰もそれを認めなかった……自分の存在が薄れて霧散していくような恐怖が湧き上がった。
どれくらい時間が経っただろうか。ティアに声をかけられて我に返った。
「お茶をどうぞ。気分が落ち着くお茶ですわ」
「あ、ありがとう……」
目の前に出されたお茶は爽やかな香りがした。その香りが心の中に小さな風を起こして固まっていた思考をほぐしてくれた。気を取り直して目の前に置かれた報告書を手にした。
帝国語で書かれたそれには侍女や護衛騎士の証言が並んでいた。どれも文官が言ったように「金髪碧眼の王女がソフィ」だというものだった。
(……これって……)
報告書に一通り目を通し、目を閉じてソファに身を預けた。何かがおかしいと頭の奥が訴えてくる。その何かを思考の中で暫く追いかけた。何かが捕まりそうで捕まらない。
(そういえば……)
もう一度報告書を広げた。証言をした者の名はないけれど、職場や職種は書かれていた。それに一つ一つ目を通していくと、はっきりとわかることがあった。
(「アンジェリカ」の証言が一つもない、のよね……)
「金髪碧眼の王女」の証言ばかりで、「灰薄茶の髪にヘーゼルの瞳の王女」に関する証言が一つもなかった。不自然じゃないだろうか。
証言者は王宮勤めで職場もバラバラだ。王妃や異母姉に近いと思われる部署では「金髪碧眼の王女がソフィだ」とあるが、王族と接触がない部署では「金髪碧眼の王女がソフィだと聞いている」とあった。皆が同じ言い方をしているのも気になる。これではそう言う様に通達があったようにも見える。
(もしかして、事前に使用人たちにそう通達を出していた?)
ここまで同じ表現、しかも「ソフィ」のことだけに言及するのは異常だ。王妃らに近しい証言の中には「ソフィ」は可憐で健気だ、姉よりも優秀だと持ち上げるものまである。王妃付きの侍女が側妃の子を褒めるなどあり得ない。
(ああ、既に王宮内でも根回しが済んでいたのね)
確かに王妃が一言言えば、それは王命にも等しいだろう。父王ですら王妃の機嫌を伺っていたのだ。王妃の実家の公爵家という後ろ盾が父王には必要だったから。
不意に心の奥底から新しい感情が湧き上がってきた。怒りでも悲しみでもない、それは滑稽の一言に尽きた。ああ、なんて茶番なのだろう……実子を守るために最愛の娘を憎い女の子だと証言した王妃も、それが本気で異母姉を守ると信じる周りの者たちも。
そして、そんな証言を集めて、あの女を「ソフィ」と結論付けた帝国もだ。最初に私たちが入れ替わっていると指摘した時はさすがだと思ったのに。王妃一人の証言であっさりとその嘘を信じたなんて、愚かとしか言いようがない。優秀だと思っていたけれど、案外そうでもなかったのか。あんなにも恐ろしいと感じていたのに、それすらも霧が晴れるように薄れていった。
(もうソフィは……いらない)
そう、王妃が、この国に仕える者が、帝国が、「私をソフィであること」を否定するのなら、もうソフィではいられない。でも、名前が何だと言うのだ。私は私。アンジェリカとして生きたところで私が私でなくなるわけじゃない。異母姉がソフィを演じると言うのなら、私はアンジェリカになろう。あの女の持っている全てを奪って、永遠に側妃の子として扱ってやる。
(そうよ、帝国に行けば異母姉の味方はいない)
この国では私は入れ替わっても所詮「側妃の子」でしかなく、耐えるしかないだろう。でも、帝国では立場が逆だ。一夫一婦制を重視し側妃を置かない帝国で側妃の子がどう扱われるか。決して楽なものではないだろう。どんなに理不尽な目に遭っても、異母姉はそれを受け容れるしかない。自ら入れ替わりを望んだのだから。
目を閉じると母の顔が浮かんできた。「ソフィ」を切り捨てた私を母はどう思うだろうか。悲しむだろうか。嘆くだろうか……
(……興味すらないかもね)
その前に死んだ人が何かを思うなんて意味がないし、彼女が私を見ることはなかったのだ。もう誰も「ソフィ」のことで心を痛めない。だったら何をしようと自由だ。どうせ異母姉が皇妃になったら私の未来はない。そうならないよう心の赴くままに生きて何が悪い。
(もう、いいわよね……)
寂しさと悲しみはソフィと共に今日ここに置いていこう。私の心は冬の青空のように寒々しくも晴れやかだった。
「ど、どういうことですか!?」
あの日から五日後。やって来た文官が手にしていたのは、異母姉がソフィで私がアンジェリカだという調査結果だった。
「そんな……どうして……」
戸惑いが絶望へと変わり、足元から闇が這いあがって呑み込まれていく気がした。まるで悪い夢を見ているようだ。「ソフィ」はどこへ行ってしまったのか……
「王宮の使用人に聞き取りをしましたが、皆、金髪碧眼の王女がソフィ様だと証言しました」
「う、うそ……」
まさかこんな結果になるなんて思いもしなかった。文官は報告書の写しをテーブルに置いて出て行ってしまった。その姿が消えても、しばらくはドアから視線を外せなかった。
(どうして? 王宮に勤める者なら間違うはずがないのに……)
文官が去って暫くしてもソファから立ち上がることさえ出来なかった。自分の存在がわからなくなる。ソフィは私なのに、誰もそれを認めなかった……自分の存在が薄れて霧散していくような恐怖が湧き上がった。
どれくらい時間が経っただろうか。ティアに声をかけられて我に返った。
「お茶をどうぞ。気分が落ち着くお茶ですわ」
「あ、ありがとう……」
目の前に出されたお茶は爽やかな香りがした。その香りが心の中に小さな風を起こして固まっていた思考をほぐしてくれた。気を取り直して目の前に置かれた報告書を手にした。
帝国語で書かれたそれには侍女や護衛騎士の証言が並んでいた。どれも文官が言ったように「金髪碧眼の王女がソフィ」だというものだった。
(……これって……)
報告書に一通り目を通し、目を閉じてソファに身を預けた。何かがおかしいと頭の奥が訴えてくる。その何かを思考の中で暫く追いかけた。何かが捕まりそうで捕まらない。
(そういえば……)
もう一度報告書を広げた。証言をした者の名はないけれど、職場や職種は書かれていた。それに一つ一つ目を通していくと、はっきりとわかることがあった。
(「アンジェリカ」の証言が一つもない、のよね……)
「金髪碧眼の王女」の証言ばかりで、「灰薄茶の髪にヘーゼルの瞳の王女」に関する証言が一つもなかった。不自然じゃないだろうか。
証言者は王宮勤めで職場もバラバラだ。王妃や異母姉に近いと思われる部署では「金髪碧眼の王女がソフィだ」とあるが、王族と接触がない部署では「金髪碧眼の王女がソフィだと聞いている」とあった。皆が同じ言い方をしているのも気になる。これではそう言う様に通達があったようにも見える。
(もしかして、事前に使用人たちにそう通達を出していた?)
ここまで同じ表現、しかも「ソフィ」のことだけに言及するのは異常だ。王妃らに近しい証言の中には「ソフィ」は可憐で健気だ、姉よりも優秀だと持ち上げるものまである。王妃付きの侍女が側妃の子を褒めるなどあり得ない。
(ああ、既に王宮内でも根回しが済んでいたのね)
確かに王妃が一言言えば、それは王命にも等しいだろう。父王ですら王妃の機嫌を伺っていたのだ。王妃の実家の公爵家という後ろ盾が父王には必要だったから。
不意に心の奥底から新しい感情が湧き上がってきた。怒りでも悲しみでもない、それは滑稽の一言に尽きた。ああ、なんて茶番なのだろう……実子を守るために最愛の娘を憎い女の子だと証言した王妃も、それが本気で異母姉を守ると信じる周りの者たちも。
そして、そんな証言を集めて、あの女を「ソフィ」と結論付けた帝国もだ。最初に私たちが入れ替わっていると指摘した時はさすがだと思ったのに。王妃一人の証言であっさりとその嘘を信じたなんて、愚かとしか言いようがない。優秀だと思っていたけれど、案外そうでもなかったのか。あんなにも恐ろしいと感じていたのに、それすらも霧が晴れるように薄れていった。
(もうソフィは……いらない)
そう、王妃が、この国に仕える者が、帝国が、「私をソフィであること」を否定するのなら、もうソフィではいられない。でも、名前が何だと言うのだ。私は私。アンジェリカとして生きたところで私が私でなくなるわけじゃない。異母姉がソフィを演じると言うのなら、私はアンジェリカになろう。あの女の持っている全てを奪って、永遠に側妃の子として扱ってやる。
(そうよ、帝国に行けば異母姉の味方はいない)
この国では私は入れ替わっても所詮「側妃の子」でしかなく、耐えるしかないだろう。でも、帝国では立場が逆だ。一夫一婦制を重視し側妃を置かない帝国で側妃の子がどう扱われるか。決して楽なものではないだろう。どんなに理不尽な目に遭っても、異母姉はそれを受け容れるしかない。自ら入れ替わりを望んだのだから。
目を閉じると母の顔が浮かんできた。「ソフィ」を切り捨てた私を母はどう思うだろうか。悲しむだろうか。嘆くだろうか……
(……興味すらないかもね)
その前に死んだ人が何かを思うなんて意味がないし、彼女が私を見ることはなかったのだ。もう誰も「ソフィ」のことで心を痛めない。だったら何をしようと自由だ。どうせ異母姉が皇妃になったら私の未来はない。そうならないよう心の赴くままに生きて何が悪い。
(もう、いいわよね……)
寂しさと悲しみはソフィと共に今日ここに置いていこう。私の心は冬の青空のように寒々しくも晴れやかだった。
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