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俺が魔術師になった理由

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「あ~あ、よく寝た」

 あれから半年が過ぎた。俺は人間だった頃にはあり得なかった、惰眠を貪る生活を送っていた。今日の目覚めも快適だ。

 人間だった頃は睡眠不足がデフォルトだった。一日に二、三時間の睡眠と、業務の間の隙間時間の仮眠で何とか持ちこたえていた。もう何年もこんな風にゆっくり寝た記憶はなかったが、お陰でこれまでの自分を振り返るいい機会になった、と思う。



 俺は貧乏男爵家の三男だった。両親は不仲で、父親の顔が記憶にないほどに薄い。幼心に覚えているのは、父親への文句を聞かせる母親の姿だった。母親の言葉から察するに、父には愛人がいて滅多に帰ってこなかったのだろう。
 父親に顧みられなかった母親は、跡取り息子の長兄を溺愛していた、と思う。いつも長兄だけがいい服を着て美味しいものを食べていたからだ。
 一方で俺と直ぐ上の兄は、家令と侍女に育てられたようなものだった。子供の頃はそのことに疑問を持つこともなかったし、兄がいたから寂しくはなかった、と思う。

 それが一転したのは、俺が六歳の時だった。六歳児に義務付けられている魔力検査で俺は高い魔力があると診断されて、魔術師の養成学校に入れられることになったのだ。非常に名誉なこととされたが、一方でこれは帝国が定めた義務で断ることは出来ないものだった。

「兄ちゃん、行くなら兄ちゃんも一緒に!」
「ごめん、ルーカス。僕は行けないんだ」
「そんな! どうして?」
「僕には魔力がなかったんだ。養成学校は選ばれた者が行ける特別な場所なんだよ」
「やだよ! 兄ちゃんと一緒でなきゃ!」

 ずっと兄さんと一緒だった俺は、兄さんと離れるのが辛くて泣いた。兄さんと離れたら俺は一人ぼっちになってしまう。それは兄さんだけが頼りだった俺にとって死ぬほど辛いことだった。

「大丈夫だよ、ルーカス。養成学校を出れば魔術師になれるんだ」
「魔術師に?」
「そうだ。エリート中のエリートだ。魔術師になればいつでも会えるよ」
「本当?」
「ああ。だから暫くの我慢だ」

 兄さんにそう諭されて、俺は渋々ながらも家を後にした。一日も早く魔術師になって、偉くなって兄さんの元に戻るのだと、それだけが俺の心の支えだった。

 そうして入った養成学校は、三日で嫌になった。選ばれた者だけが入れる夢の世界だと思っていたが、実際はそんな綺麗なものじゃなかった。ここは上下関係が絶対で、身分と年齢によるカーストが出来上がっていた。まだ幼く貧乏男爵家という底辺貴族だった俺には、高位貴族の小間使いとしてこき使われる毎日が待っていた。


「もう帰りたい……」

 何度も何度もそう思い、何度か脱走を試みたが、全て失敗した。失敗する度に食事を抜かれ罰を与えられれば、逆らう気力もなくなっていく。気が付けば従順に教師や先輩の言うことを聞く俺が出来上がっていた。
 養成学校での生活は、一言で言えば屑だった。朝は日が昇る前に起きて身支度を整え、上級生を起こして学校が始まる準備をする。学校でも上級生の頼みごとを聞き、それが終わって寮に戻ってもまた上級生の小間使いだ。自由な時間はほぼなく、食事も風呂も上級生の後だったから、いつも冷めていた。
 それでも自分も学年が上がれば……と思っていたが、そんな甘いものじゃなかった。下級生でも爵位が上であれば逆らえない。俺は魔力が豊富だったせいもあって妬まれていたらしく、特にきつく当たられた。

 それでも兄さんに会いたい一心で、十五歳で魔術師に、十八歳で上級魔術師になった。これは最短コースで年に一人か二人しかいないものだった。

「おい、ルーカス。あの件はお前が解決したんだろう? 何で上司の功績になっているんだよ」

 魔術師になっても、何も変わらなかった。何度も同僚や後輩にそう言われ、異議を申し立ててくれたが、上は誰も取りあってくれなかった。養成学校のカーストは、そのまま職場にも受け継がれていたからだ。
 実力主義を謡っていたが、何のことはない。搾取される相手が先輩から上司になっただけだった。手柄だけ上司に奪われて、失敗は押し付けられるわ、後始末はやらされるわで、能力の割には出世とは縁遠く虚しさだけが残った。それでも辞めようと思わなかったのは、子供の頃から刷り込まれたカースト意識のせいだろう。魔術師を辞めたところで再就職が難しいのもあった。
 それでも、兄さんに胸を張って会いに行ける日だけを楽しみに、俺は働き続けた。




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