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異界の門に到着
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あれから五日が経った。休みなく荷台に転がされて運ばれる時間は、痛みに耐える苦行のようなものだった。雨が降っても屋根がないから、その間は全身ずぶ濡れのまま放置された。どうせ死んでも構わないと言われているのだろう、同行する騎士も俺に構おうとはしなかった。もしかしたら手助けを禁じられているのかもしれない。あいつらならやりそうだな、と胸糞悪い面子を思い出して苦笑が漏れた。今度会ったら殺す。絶対。うん、そうしよう、それがいい。生きる目的が出来た。
それからも俺は、見納めになるだろうこの世界を見つめていた。雨に打たれるのもこれが最後かもしれないと思うと、悪くなかった。異界は魔素が強いから、もしかしたら雨に打たれるのも危険かもしれない。これまでは雨なんて面倒だとしか思わなかったが、これが最後かと思うと貴重なもののように感じた。
ガタン! と馬車が音を立てて止まり、馬のいななきが聞こえた。痛い。もう少し優しく止めてほしかった。痛む身体を起こして周りを見渡すと、目についたのは悠々と流れる雄大な川だった。これがレーレ川か。
「ほらよ、着いたぞ」
御者がそう言いながら、荷馬車の後ろにある檻の鍵を開けようとしているのが見えた。ここが終着点らしい。川に沿って頑丈な柵が延々と並び、少し離れた場所には二階建てのレンガ造りの建物が見えた。騎士が入り口に立っているから詰め所だろうか。
「ここは?」
「レーレ川の関所だ。この川の向こうがお前さんがこれから行く異界だ」
「あれが……」
騎士が指さした先には気が遠くなるほどにでかい大河と、その遥か先には森が見えた。だが木々の色が緑だけではなく、所々紫色が混じったような不思議な色合いをしていた。空の色も鉛色に紫や茶色を混ぜたような色合いで、川の上でくっきりと色が変わっている。あれが……結界の境界線だろう。
「ほらよ、下りろ」
騎士に促されて荷馬車から降りようとしたが、痛みで思うように動けなかった。左足も痺れがあって感覚がない。無理して荷台を支えにして立ち上がったが、案の定、左足は俺の思うように動いてくれそうもなかった。魔術が使えれば身体強化で何とか出来るだろうが、魔封じをされた今はそれも叶わない。
「その身体には酷かもしれんが、お前さんにはあの橋を渡って貰う」
「あの橋を?」
少し離れた場所には、レーレ川を跨ぐ橋があった。川の規模からすると随分と心許ない。土台は石造りだが、その上にただ板が張られただけのものだ。手すりも何もない。騎士が酷だと言ったのはそのせいか。確かに長いし、あれを渡るのは骨が折れそうだ。
橋の手前まで騎士の助けを借りながら歩いた。それだけでも痛みで悲鳴が出そうだが、必死に押し殺した。橋の袂までくるとそこには頑強な門があり、四人の騎士が立っていた。ここが国内に七つある異界の入り口の一つか。
「異界への追放者だ。門を開けてくれ」
同行した騎士がそう告げながら書類を門番に手渡した。受け取った騎士が文字を目で追い、終わると俺の顔を見た。
「こいつが?」
「ああ。これが証拠の魔封じだ」
そう言って騎士が俺の首に嵌められた魔封じを見せると、その騎士は確かめるように魔封じを見た。
「確かに番号も一致するな。わかった。おい! 門を開けるぞ!」
騎士が他の三人に声をかけると、二人に分かれて門の大きな扉を開け始めた。かなり重い扉らしく、大男四人でもゆっくりとしか動かない。鈍い音を立てながら、門は人が二人通れるくらい開いた。
「さぁ、お前さんはあっちだ。門を過ぎたらすぐに閉める。決まりだからな、悪く思うなよ」
「ああ」
「悪いが、何も持たせることは出来ねぇんだ。それが流刑ってもんだからな」
「わかってるさ。お役目ご苦労さん」
彼らも俺と同じしがない雇われ人だ。上の言うことに逆らえるはずもない。んだが……
「一つ、頼みがあるんだが……」
「悪いが……」
「ああ、大層なことじゃない。そこに転がっている木の棒を貰えねぇか? この通りまともに歩けないんで、杖代わりのものが欲しいんだ。このままじゃ、渡り切る前に川に落ちそうだからな」
そう、手すりもない橋じゃ渡り切る前に落ちてしまうだろう。這いつくばって渡ることも出来るが、あんまりみっともないところを見せたくもない。
「あ、ああ……それくらいなら」
そう言って騎士が木の棒を拾って手渡してくれた。
「ありがとさん。恩に着るぜ」
「……元気でな」
これまで世話になった礼を言うと表情を歪めた。もしかすると声掛けることすら禁止されているのかもしれない。最後の最後に気のいい奴に出会えたことに感謝して、俺はその門をくぐった。
それからも俺は、見納めになるだろうこの世界を見つめていた。雨に打たれるのもこれが最後かもしれないと思うと、悪くなかった。異界は魔素が強いから、もしかしたら雨に打たれるのも危険かもしれない。これまでは雨なんて面倒だとしか思わなかったが、これが最後かと思うと貴重なもののように感じた。
ガタン! と馬車が音を立てて止まり、馬のいななきが聞こえた。痛い。もう少し優しく止めてほしかった。痛む身体を起こして周りを見渡すと、目についたのは悠々と流れる雄大な川だった。これがレーレ川か。
「ほらよ、着いたぞ」
御者がそう言いながら、荷馬車の後ろにある檻の鍵を開けようとしているのが見えた。ここが終着点らしい。川に沿って頑丈な柵が延々と並び、少し離れた場所には二階建てのレンガ造りの建物が見えた。騎士が入り口に立っているから詰め所だろうか。
「ここは?」
「レーレ川の関所だ。この川の向こうがお前さんがこれから行く異界だ」
「あれが……」
騎士が指さした先には気が遠くなるほどにでかい大河と、その遥か先には森が見えた。だが木々の色が緑だけではなく、所々紫色が混じったような不思議な色合いをしていた。空の色も鉛色に紫や茶色を混ぜたような色合いで、川の上でくっきりと色が変わっている。あれが……結界の境界線だろう。
「ほらよ、下りろ」
騎士に促されて荷馬車から降りようとしたが、痛みで思うように動けなかった。左足も痺れがあって感覚がない。無理して荷台を支えにして立ち上がったが、案の定、左足は俺の思うように動いてくれそうもなかった。魔術が使えれば身体強化で何とか出来るだろうが、魔封じをされた今はそれも叶わない。
「その身体には酷かもしれんが、お前さんにはあの橋を渡って貰う」
「あの橋を?」
少し離れた場所には、レーレ川を跨ぐ橋があった。川の規模からすると随分と心許ない。土台は石造りだが、その上にただ板が張られただけのものだ。手すりも何もない。騎士が酷だと言ったのはそのせいか。確かに長いし、あれを渡るのは骨が折れそうだ。
橋の手前まで騎士の助けを借りながら歩いた。それだけでも痛みで悲鳴が出そうだが、必死に押し殺した。橋の袂までくるとそこには頑強な門があり、四人の騎士が立っていた。ここが国内に七つある異界の入り口の一つか。
「異界への追放者だ。門を開けてくれ」
同行した騎士がそう告げながら書類を門番に手渡した。受け取った騎士が文字を目で追い、終わると俺の顔を見た。
「こいつが?」
「ああ。これが証拠の魔封じだ」
そう言って騎士が俺の首に嵌められた魔封じを見せると、その騎士は確かめるように魔封じを見た。
「確かに番号も一致するな。わかった。おい! 門を開けるぞ!」
騎士が他の三人に声をかけると、二人に分かれて門の大きな扉を開け始めた。かなり重い扉らしく、大男四人でもゆっくりとしか動かない。鈍い音を立てながら、門は人が二人通れるくらい開いた。
「さぁ、お前さんはあっちだ。門を過ぎたらすぐに閉める。決まりだからな、悪く思うなよ」
「ああ」
「悪いが、何も持たせることは出来ねぇんだ。それが流刑ってもんだからな」
「わかってるさ。お役目ご苦労さん」
彼らも俺と同じしがない雇われ人だ。上の言うことに逆らえるはずもない。んだが……
「一つ、頼みがあるんだが……」
「悪いが……」
「ああ、大層なことじゃない。そこに転がっている木の棒を貰えねぇか? この通りまともに歩けないんで、杖代わりのものが欲しいんだ。このままじゃ、渡り切る前に川に落ちそうだからな」
そう、手すりもない橋じゃ渡り切る前に落ちてしまうだろう。這いつくばって渡ることも出来るが、あんまりみっともないところを見せたくもない。
「あ、ああ……それくらいなら」
そう言って騎士が木の棒を拾って手渡してくれた。
「ありがとさん。恩に着るぜ」
「……元気でな」
これまで世話になった礼を言うと表情を歪めた。もしかすると声掛けることすら禁止されているのかもしれない。最後の最後に気のいい奴に出会えたことに感謝して、俺はその門をくぐった。
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