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番外編~リシャール②
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「閣下、戻りました。遅くなって申し訳ございません」
あれからもフレデリク殿下に何かと話しかけられ、ラフォン侯爵の元に戻るのが遅くなってしまった。恐縮しながら宰相の執務室に戻ると、どうしたのかと尋ねて来られたので殿下とのやり取りを説明した。
「そういう事なら遅くなっても構わない」
「ですが…」
「リシャール、お前も商人ならわかるだろう。人脈の大切さを」
「それは勿論です」
「だったらフレデリク殿下との縁を大事にしろ。レティを守る力が欲しいのなら尚更だ」
公爵の指摘は私の悲願でもある。一介の子爵家出身の自分は高位貴族の世界では何の役にも立たないし、それどころか足手まといにしかならない。レティはそんな事は些細な事だと言うが、それでは彼女に負担を掛けるばかりだ。
だからこそ彼女を守るための力を手に入れたいと、商会や世話をした貧民街の仲間を使っての情報網を作るなど、考えつく事はおおよそ試しているが、圧倒的に足りないものがある。それは上位貴族との伝だ。店で上位貴族の令嬢やご婦人との繋がりは徐々に出来ているが、それでも当主とその夫人や子女では話が違う。
「殿下との縁はお前が実力で手にしたものだ。誇っていい」
侯爵はフレデリク殿下が優秀で王太子殿下との仲も良好な事、公爵になれば我が家の後ろ盾を欲するだろうし、我が家としても次代の王家との伝が欲しい事。第三王子や王妃のお陰で王家に貸しはあるが、持ち札は出来るだけ多いに越した事はない事を話し、フレデリク殿下との交流を私に勧めた。
「もっと堂々としていろ。上位貴族といっても家柄だけの愚鈍も多い。そんな奴らを恐れる必要はない」
「はい」
「焦る必要はない。レティは強い子だし、私もまだまだ隠居する年でもないからな」
上位貴族は未だに雲の上の方との感覚が強く、親しくするなど不敬ではないかとの思いがどうして先に立つが、それも克服しなければならないのだろう。上位貴族、それも筆頭侯爵家ともなれば、王家も駒の一つとして見るくらいの気概が必要だといわれた。荷が重いが、それがラフォン侯爵家なのだ。
「リシャール様」
屋敷に戻るとレティが出迎えてくれた。学園を外業した彼女は文官試験をトップで合格し、今は宰相府の文官見習いとして働いている。女性が宰相府に勤めるのは初めてではないが、卒業直後に宰相府に配属されるのは異例らしい。それでもラフォン侯爵家の後継という事で、表立った嫌がらせはないと言う。まぁ、彼女の事だ、エルネスト殿下と婚約中は散々嫌がらせを受けたらしいので、歯牙にもかけないかもしれないが。
「レティ、今日は早かったのですね」
「ええ。先輩方が山のような書類を持ってきましたけれど、さくっと片づけてきましたわ」
どうやら嫌がらせは綺麗に返して来たらしい。彼女は学園では最後まで首席を維持し、宰相府の試験も首位で合格した。しかも父は現役宰相で、彼女自身は厳しい王子妃教育も受けたのだ。その辺の文官に後れを取る様な彼女ではないだろう。
「さすがレティですね」
「ふふっ、リシャール様にそう言って貰えると頑張った甲斐がありますわ」
花のような笑みを浮かべる彼女は、卒業してから一層大人の女性としての輝きを増して見えた。
一度だけエルネスト殿下の婚約者として現れたレティを見た事があったが、あの時の彼女とは同一人物と見えない。水色の綺麗な髪を縦ロールにし、やり過ぎなほどの化粧をして、無表情で立っていた彼女からは今の姿を想像するのは難しいだろう。それくらい、今の彼女の表情は生き生きとして生気に溢れていた。
「それに、今日はリシャール様とお店に行く約束でしたもの」
そう、今日は月に一度、商会と店に顔を出す日だ。私の手を離れつつある商会だが、私の原点とも言える。手を離すのは忍びなく、今でも形だけのオーナーとして留まっている。後を任せたいダニエル達が今でも俺を慕ってくれて、オーナーになるのを頑として拒んでいるのもあった。嬉しい一方で、オーナーが常駐していない事で商会の成長の妨げになるのではと心配しているのだが、彼らが納得しない以上はどうしようもなかった。
あれからもフレデリク殿下に何かと話しかけられ、ラフォン侯爵の元に戻るのが遅くなってしまった。恐縮しながら宰相の執務室に戻ると、どうしたのかと尋ねて来られたので殿下とのやり取りを説明した。
「そういう事なら遅くなっても構わない」
「ですが…」
「リシャール、お前も商人ならわかるだろう。人脈の大切さを」
「それは勿論です」
「だったらフレデリク殿下との縁を大事にしろ。レティを守る力が欲しいのなら尚更だ」
公爵の指摘は私の悲願でもある。一介の子爵家出身の自分は高位貴族の世界では何の役にも立たないし、それどころか足手まといにしかならない。レティはそんな事は些細な事だと言うが、それでは彼女に負担を掛けるばかりだ。
だからこそ彼女を守るための力を手に入れたいと、商会や世話をした貧民街の仲間を使っての情報網を作るなど、考えつく事はおおよそ試しているが、圧倒的に足りないものがある。それは上位貴族との伝だ。店で上位貴族の令嬢やご婦人との繋がりは徐々に出来ているが、それでも当主とその夫人や子女では話が違う。
「殿下との縁はお前が実力で手にしたものだ。誇っていい」
侯爵はフレデリク殿下が優秀で王太子殿下との仲も良好な事、公爵になれば我が家の後ろ盾を欲するだろうし、我が家としても次代の王家との伝が欲しい事。第三王子や王妃のお陰で王家に貸しはあるが、持ち札は出来るだけ多いに越した事はない事を話し、フレデリク殿下との交流を私に勧めた。
「もっと堂々としていろ。上位貴族といっても家柄だけの愚鈍も多い。そんな奴らを恐れる必要はない」
「はい」
「焦る必要はない。レティは強い子だし、私もまだまだ隠居する年でもないからな」
上位貴族は未だに雲の上の方との感覚が強く、親しくするなど不敬ではないかとの思いがどうして先に立つが、それも克服しなければならないのだろう。上位貴族、それも筆頭侯爵家ともなれば、王家も駒の一つとして見るくらいの気概が必要だといわれた。荷が重いが、それがラフォン侯爵家なのだ。
「リシャール様」
屋敷に戻るとレティが出迎えてくれた。学園を外業した彼女は文官試験をトップで合格し、今は宰相府の文官見習いとして働いている。女性が宰相府に勤めるのは初めてではないが、卒業直後に宰相府に配属されるのは異例らしい。それでもラフォン侯爵家の後継という事で、表立った嫌がらせはないと言う。まぁ、彼女の事だ、エルネスト殿下と婚約中は散々嫌がらせを受けたらしいので、歯牙にもかけないかもしれないが。
「レティ、今日は早かったのですね」
「ええ。先輩方が山のような書類を持ってきましたけれど、さくっと片づけてきましたわ」
どうやら嫌がらせは綺麗に返して来たらしい。彼女は学園では最後まで首席を維持し、宰相府の試験も首位で合格した。しかも父は現役宰相で、彼女自身は厳しい王子妃教育も受けたのだ。その辺の文官に後れを取る様な彼女ではないだろう。
「さすがレティですね」
「ふふっ、リシャール様にそう言って貰えると頑張った甲斐がありますわ」
花のような笑みを浮かべる彼女は、卒業してから一層大人の女性としての輝きを増して見えた。
一度だけエルネスト殿下の婚約者として現れたレティを見た事があったが、あの時の彼女とは同一人物と見えない。水色の綺麗な髪を縦ロールにし、やり過ぎなほどの化粧をして、無表情で立っていた彼女からは今の姿を想像するのは難しいだろう。それくらい、今の彼女の表情は生き生きとして生気に溢れていた。
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