上 下
232 / 238

番外編~リシャール②

しおりを挟む
「閣下、戻りました。遅くなって申し訳ございません」

 あれからもフレデリク殿下に何かと話しかけられ、ラフォン侯爵の元に戻るのが遅くなってしまった。恐縮しながら宰相の執務室に戻ると、どうしたのかと尋ねて来られたので殿下とのやり取りを説明した。

「そういう事なら遅くなっても構わない」
「ですが…」
「リシャール、お前も商人ならわかるだろう。人脈の大切さを」
「それは勿論です」
「だったらフレデリク殿下との縁を大事にしろ。レティを守る力が欲しいのなら尚更だ」

 公爵の指摘は私の悲願でもある。一介の子爵家出身の自分は高位貴族の世界では何の役にも立たないし、それどころか足手まといにしかならない。レティはそんな事は些細な事だと言うが、それでは彼女に負担を掛けるばかりだ。
 だからこそ彼女を守るための力を手に入れたいと、商会や世話をした貧民街の仲間を使っての情報網を作るなど、考えつく事はおおよそ試しているが、圧倒的に足りないものがある。それは上位貴族との伝だ。店で上位貴族の令嬢やご婦人との繋がりは徐々に出来ているが、それでも当主とその夫人や子女では話が違う。

「殿下との縁はお前が実力で手にしたものだ。誇っていい」

 侯爵はフレデリク殿下が優秀で王太子殿下との仲も良好な事、公爵になれば我が家の後ろ盾を欲するだろうし、我が家としても次代の王家との伝が欲しい事。第三王子や王妃のお陰で王家に貸しはあるが、持ち札は出来るだけ多いに越した事はない事を話し、フレデリク殿下との交流を私に勧めた。

「もっと堂々としていろ。上位貴族といっても家柄だけの愚鈍も多い。そんな奴らを恐れる必要はない」
「はい」
「焦る必要はない。レティは強い子だし、私もまだまだ隠居する年でもないからな」

 上位貴族は未だに雲の上の方との感覚が強く、親しくするなど不敬ではないかとの思いがどうして先に立つが、それも克服しなければならないのだろう。上位貴族、それも筆頭侯爵家ともなれば、王家も駒の一つとして見るくらいの気概が必要だといわれた。荷が重いが、それがラフォン侯爵家なのだ。



「リシャール様」

 屋敷に戻るとレティが出迎えてくれた。学園を外業した彼女は文官試験をトップで合格し、今は宰相府の文官見習いとして働いている。女性が宰相府に勤めるのは初めてではないが、卒業直後に宰相府に配属されるのは異例らしい。それでもラフォン侯爵家の後継という事で、表立った嫌がらせはないと言う。まぁ、彼女の事だ、エルネスト殿下と婚約中は散々嫌がらせを受けたらしいので、歯牙にもかけないかもしれないが。

「レティ、今日は早かったのですね」
「ええ。先輩方が山のような書類を持ってきましたけれど、さくっと片づけてきましたわ」

 どうやら嫌がらせは綺麗に返して来たらしい。彼女は学園では最後まで首席を維持し、宰相府の試験も首位で合格した。しかも父は現役宰相で、彼女自身は厳しい王子妃教育も受けたのだ。その辺の文官に後れを取る様な彼女ではないだろう。

「さすがレティですね」
「ふふっ、リシャール様にそう言って貰えると頑張った甲斐がありますわ」

 花のような笑みを浮かべる彼女は、卒業してから一層大人の女性としての輝きを増して見えた。
一度だけエルネスト殿下の婚約者として現れたレティを見た事があったが、あの時の彼女とは同一人物と見えない。水色の綺麗な髪を縦ロールにし、やり過ぎなほどの化粧をして、無表情で立っていた彼女からは今の姿を想像するのは難しいだろう。それくらい、今の彼女の表情は生き生きとして生気に溢れていた。

「それに、今日はリシャール様とお店に行く約束でしたもの」

 そう、今日は月に一度、商会と店に顔を出す日だ。私の手を離れつつある商会だが、私の原点とも言える。手を離すのは忍びなく、今でも形だけのオーナーとして留まっている。後を任せたいダニエル達が今でも俺を慕ってくれて、オーナーになるのを頑として拒んでいるのもあった。嬉しい一方で、オーナーが常駐していない事で商会の成長の妨げになるのではと心配しているのだが、彼らが納得しない以上はどうしようもなかった。


しおりを挟む
感想 209

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

処理中です...