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番外編~リシャール①

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「これはこれは、ファリエール伯爵令息」
「おや、ラフォン侯爵家の婿候補殿ではありませんか」

 レティとの結婚式を三月後に控えたある日、義父となるラフォン侯爵の秘書官として王宮に伺候した私は、高位貴族の令息たちに囲まれた。運悪く、と言えばいいだろうか。彼らは王宮で働く官吏で、それはつまりどこかの家の後継になれない者達だった。

「これはグラン伯爵令息とバイエ伯爵令息、グノー伯爵令息。ご息災で何よりです」

 挨拶されたわけではないが、声を掛けられて知らん顔をするわけにもいかない。面倒だとは思うが笑みを浮かべてそう返すと、彼らが一瞬鼻白んだ。どうやら私の笑みには相手を黙らせる一定の効果があるらしい。

「相変わらず秀麗でいらっしゃいますな」
「そうそう、その美貌にラフォン侯爵令嬢が骨抜きだとか?」
「全く、羨ましい限りですな。我らが死ぬ気で勉学に励んでも、見た目一つで報われぬとは…」
「左様ですな。我々の血の滲むような努力も、秀麗な容姿の前には無意味とは嘆かわしい」

 卑陋な嫌味を人目のある廊下でするなど、己の愚かさを公表しているも同然だが、上位貴族として甘やかされて育った彼らには想像も出来ないらしい。嘆くのなら己の努力不足とその人品の卑しさだろうに。そうは思うが、それを教えたところで彼らには理解出来ないだろうが。

「左様ですね。この見た目のせいで面倒事に巻き込まれる事もありますが、我が婚約者殿が喜んで下さる分にはよかったと思っております」

 私が誘拐されて人身売買組織に売られそうになった事は周知の事実だ。その原因がバルト公爵令息の横恋慕からの暴挙だった事もだ。笑顔を浮かべてそれを匂わせると、彼らは忌々しそうな表情を露わに舌打ちをしながら去っていった。

「相変わらずだな、リシャール」

 そう言って彼らとは反対側から声を掛けてきたのは、フレデリク第二王子殿下だった。彼はレティの親友でもあるカロン侯爵令嬢の姉を妃に迎えていて、その伝もあって何度かアクセサリーの依頼をして下さる上得意様だ。王子妃が私のデザインする商品を気に入って下さった縁もあって、何かと声を掛けて下さるのだ。

「これは第二王子殿下」

 王族に対する礼をしようとすると、右手を上げて制された。彼は堅苦しい所作を好まないらしく、こうして遭遇しても大袈裟な礼は不要というばかりなのだ。だからと言ってやらないわけにもいかないのだが。

「おいおい、堅苦しいのはよしてくれ。私の事もフレデリクと呼べばいいと言っただろう」
「しかし…」
「リシャールは近々ラフォン侯爵家の一員になる身だ。そして私も何れは臣下に下る。だったら大して変わりはしないよ。むしろ公爵になる私よりリシャールの方が力は上かもな」

 気が付けば私の事も名前呼びになっていて、私にも名前で呼べと強要してくる困った御仁だ。せめてラフォン侯爵家に婿に入ってから…と思うのだが、彼はそんな細かい事は気にするなと仰るばかりなのだ。それもまた反感を買う一因になっているのだが…

「畏まりました、フレデリク殿下」

 そう仰るのは、先日王太子殿下に二人目の王子がお生まれになった事が関係しているのだろう。王子が二人生まれれば、第二王子は臣籍降下して公爵を賜るのが慣例だ。ただ、王子殿下が健やかにお育ちになると見届けてからになるので、まだ数年は先だろう。そして王族の身を窮屈に感じている彼は、その未来を楽しみにしている。そうなった暁には私に市井を案内して欲しいと言っているのがその証拠だろう。

「あいつらも懲りないなぁ。いい加減に自分達の負けを認めればいいものを」
「勝ち負けの問題ではないのですが…」
「いや、勝ち負けだろう。未だに婿入り先も決まらず、官吏としての出世の見込みもなし。嫌味を言ったところで現状が変わるわけでもないのに、その事が理解出来ない。そんな暇があれば勉強の一つもすればまだ見込みもあるだろうに」

 さらりと酷評しているが、その通りなので頷くだけに留めた。この方は子供の頃はやんちゃ王子と言われるほど王子らしからぬ一面をお持ちだった。



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