224 / 238
番外編~レアンドル②
しおりを挟む
「こっちに逃げたぞ!」
「追え!絶対に逃がすな!」
エストレ国でとある侯爵家の夜会が催された日、私はその侯爵家の令息の誘いを受け、その夜会に出席していた。アドリエンヌ王女が言い寄ってくるようになってからは、このような催しには極力顔を出さないようにしていた。だが、彼には留学中は何かと世話になっていたし、王女の愚行に眉を顰めていたのもあり、問題ないだろうと思っていたのだ。
(まさか彼が…)
穏やかで野心もない彼なら信頼出来ると思って出席した夜会には、あの王女がいた。さすがにあからさまに避ける事も出来ず、当り障りなくその場をやり過ごそうとしたが、あの王女は騎士を連れて私を拘束するように命じたのだ。
「レアンドル様、こちらに!」
供として国から付いてきてくれた乳兄弟のマルクのお陰で、何とか会場を抜け出せたが、その先には用意周到に王女の騎士が待ち構えていた。王都の中央を流れる大河の岸辺に追いやられた私達は、とうとう逃げ道を失ってしまったのだ。
「ラフォン侯爵令息、どうか我々と共に来てください」
騎士にそう言われた私だったが、とてもそれを受け入れる気にはなれなかった。まだ十四歳だと言うあの王女は、この前の夜会で私に媚薬を盛って既成事実を作ろうとしたのだ。そんな危険な女の元に連れていかれたら、きっと軟禁されて婚姻させられるだろう。そんな事は真っ平御免だった。
「レアンドル様、行きましょう」
「マルク…だが…」
「このままでは生きたまま死ぬようなものです。私もお供致します」
「……わかった」
小声でかけられたマルクの言葉に、私は躊躇いながらも頷くしかなかった。彼を巻き込むのは心苦しいが、仮に私だけ逃げたとしても残された彼がどんな目に遭わされるかわかったものではない。ならば共に逃げるだけだ。
「はぐれた時は、上流のケルンと言う町で落ち合いましょう」
「ああ」
それを合図に私達は川に飛び込んだ。既に夜も更けた時間に川に飛び込むのは自殺行為に等しい。それでも、あの女の所有物になるのだけは我慢出来なかった。
次に目が覚めたのは、薄暗いテントの中だった。ここはどこだろうか…行商のキャラバンがこのようなテントを使うと聞いた事がある。ああ、死なずに済んだのかと、ぼんやりとした頭で考えていると、聞き慣れた声が耳に届いた。
「レアンドル様!」
「…マルク、か」
はぐれてしまったら…と心配していた親友が直ぐ側にいた事に、これまで感じた事のない大きな安堵を感じた。今更になって川に飛び込んだ自身の行動に恐ろしさを覚えた。
「マルク…無事だったか?」
「はい。テオドール殿が助けて下さったのです」
「テオドール殿?」
聞いた事のない名に、通りがかった誰かに助けられたのだと察した。
「ああ、目が覚められましたか?」
低く丁寧な言葉使いが響くと同時に、テントの一角が明るくなった。そちらに目を向けると、そこには背の高い厳めしい顔立ちをした同年代と思われる男性が立っていた。
「貴方は…」
「私はロアール国のマルロー商会の者で、テオドールと申します」
「マルロー商会?では…レニエ殿の…」
「父をご存じでしたか」
「それは勿論」
マルロー商会と言えば我が国でも屈指の商会の一つだ。規模は十位以内に入るくらいだが、会長でもあるマルロー子爵は義の人で、誠実で堅実な人柄はそのまま商会の評価でもあった。我が家の商会とも取引があった筈だ。
彼に詳しく話を聞いた。私とマルクは川に飛び込むと、下流ではなく上流を目指していた。騎士が捜索するのは主に下流だから、その反対を狙ったのだ。幸い暗闇で見つかる事なく岸に泳ぎ着いたが、体が冷え切った私は倒れてしまったらしい。倒れた私を抱えて途方に暮れていたマルクを助けてくれたのが、テオドールの一行だったと言う。彼らはエストレ国での商談を終え、これからリスナール国に向かうところだった。
「追え!絶対に逃がすな!」
エストレ国でとある侯爵家の夜会が催された日、私はその侯爵家の令息の誘いを受け、その夜会に出席していた。アドリエンヌ王女が言い寄ってくるようになってからは、このような催しには極力顔を出さないようにしていた。だが、彼には留学中は何かと世話になっていたし、王女の愚行に眉を顰めていたのもあり、問題ないだろうと思っていたのだ。
(まさか彼が…)
穏やかで野心もない彼なら信頼出来ると思って出席した夜会には、あの王女がいた。さすがにあからさまに避ける事も出来ず、当り障りなくその場をやり過ごそうとしたが、あの王女は騎士を連れて私を拘束するように命じたのだ。
「レアンドル様、こちらに!」
供として国から付いてきてくれた乳兄弟のマルクのお陰で、何とか会場を抜け出せたが、その先には用意周到に王女の騎士が待ち構えていた。王都の中央を流れる大河の岸辺に追いやられた私達は、とうとう逃げ道を失ってしまったのだ。
「ラフォン侯爵令息、どうか我々と共に来てください」
騎士にそう言われた私だったが、とてもそれを受け入れる気にはなれなかった。まだ十四歳だと言うあの王女は、この前の夜会で私に媚薬を盛って既成事実を作ろうとしたのだ。そんな危険な女の元に連れていかれたら、きっと軟禁されて婚姻させられるだろう。そんな事は真っ平御免だった。
「レアンドル様、行きましょう」
「マルク…だが…」
「このままでは生きたまま死ぬようなものです。私もお供致します」
「……わかった」
小声でかけられたマルクの言葉に、私は躊躇いながらも頷くしかなかった。彼を巻き込むのは心苦しいが、仮に私だけ逃げたとしても残された彼がどんな目に遭わされるかわかったものではない。ならば共に逃げるだけだ。
「はぐれた時は、上流のケルンと言う町で落ち合いましょう」
「ああ」
それを合図に私達は川に飛び込んだ。既に夜も更けた時間に川に飛び込むのは自殺行為に等しい。それでも、あの女の所有物になるのだけは我慢出来なかった。
次に目が覚めたのは、薄暗いテントの中だった。ここはどこだろうか…行商のキャラバンがこのようなテントを使うと聞いた事がある。ああ、死なずに済んだのかと、ぼんやりとした頭で考えていると、聞き慣れた声が耳に届いた。
「レアンドル様!」
「…マルク、か」
はぐれてしまったら…と心配していた親友が直ぐ側にいた事に、これまで感じた事のない大きな安堵を感じた。今更になって川に飛び込んだ自身の行動に恐ろしさを覚えた。
「マルク…無事だったか?」
「はい。テオドール殿が助けて下さったのです」
「テオドール殿?」
聞いた事のない名に、通りがかった誰かに助けられたのだと察した。
「ああ、目が覚められましたか?」
低く丁寧な言葉使いが響くと同時に、テントの一角が明るくなった。そちらに目を向けると、そこには背の高い厳めしい顔立ちをした同年代と思われる男性が立っていた。
「貴方は…」
「私はロアール国のマルロー商会の者で、テオドールと申します」
「マルロー商会?では…レニエ殿の…」
「父をご存じでしたか」
「それは勿論」
マルロー商会と言えば我が国でも屈指の商会の一つだ。規模は十位以内に入るくらいだが、会長でもあるマルロー子爵は義の人で、誠実で堅実な人柄はそのまま商会の評価でもあった。我が家の商会とも取引があった筈だ。
彼に詳しく話を聞いた。私とマルクは川に飛び込むと、下流ではなく上流を目指していた。騎士が捜索するのは主に下流だから、その反対を狙ったのだ。幸い暗闇で見つかる事なく岸に泳ぎ着いたが、体が冷え切った私は倒れてしまったらしい。倒れた私を抱えて途方に暮れていたマルクを助けてくれたのが、テオドールの一行だったと言う。彼らはエストレ国での商談を終え、これからリスナール国に向かうところだった。
39
お気に入りに追加
3,530
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
酒の席での戯言ですのよ。
ぽんぽこ狸
恋愛
成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。
何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。
そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる