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番外編~レアンドル①
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「レオ、これでよかったのかしら?」
ロアールの王太子殿下ご夫妻の帰国を見送った私にそう声をかけたのは、先日正式に私の婚約者となったセレスティーヌ様だった。その数歩後ろには、彼女の本当の恋人でもあるリオネル殿も控えていた。
十日前、私はリスナール国の国王陛下の誕生を祝う舞踏会で、正式にセレスティーヌ様の婚約者として紹介された。一年半ほどの婚約期間を経て、来秋は正式に婚姻を結ぶ事になる。勿論、閨事はリオネル様に任せて、私は王配としての役目をこなすだけだ。私達はそれぞれに思う相手がいるのだから。
国のためとは言っても、想う相手がいるのにそれ以外の男に身を任せるのは苦痛でしかないだろう。女性の幸せを犠牲にして王位に就くセレスティーヌ様には、本当に愛する人とのささやか時間くらいは…と思ったのがこの関係の始まりだった。彼女は恩人であり親友であり、かけがえのない仲間でもある。彼女にせめて一時でも、心が安らげる時間を…と思ったのだ。
「セレスティーヌ様」
「レオ、婚姻するまでにはまだ時間があるわ。だから、もし気が変わったら早く教えて欲しいの。こんな関係は…確かに許される事ではないのだもの…」
セレスティーヌ様も私達の関係が決してよくない事は承知されている。彼女が真に愛するのは幼い頃からずっとそばにいたリオネル殿ただ一人だ。それでも一時期は女王になるためにその恋心を永遠に封じ込める決意をしていた彼女だった。リオネル殿は伯爵家の次男だが、王配になるには身分が足りない。リスナール国で王太子に嫁ぐには王族か、侯爵家以上と決まっているからだ。これは混乱を回避するためのルールだから、王だからと言って無視することは出来ないのだ。
「セレスティーヌ様、ご安心を。私の気が変わる事はありませんよ」
「でも…」
「父や妹をご覧になったでしょう?」
「え?ええ」
「我が家の血は、とにかく一途なのですよ。だから私のこの気持ちも変わる事もありません」
そう、私が愛するのはテオドールだけだ。私達は男同士だが、お互いに女性への恐怖と嫌悪に苦しんだ者同士だった。まぁ、私があまり男としての意識が薄いのもあるかもしれない。追っ手から逃れるために始めたソフィアと言う仮の姿は、自分には驚くくらいにしっくりきたから。思い返せば…子供の頃から父よりも母と気が合ったし、剣術などはあまり興味を持てなかった。妹の方が嬉々としてやっていたくらいだ。
「そう。それならいいのだけど…」
セレスティーヌ様の憂いの元は、その誠実で清廉な精神だ。彼女は政治家になるには理想主義で清濁併せ呑む事が難しい人でもある。だからこそ女王として民の道標にもなり得るだろうが、苦しむ事も多いだろう、と思う。今だって偽装結婚で周りを謀る事に罪悪感をお持ちなのだ。だからと言って、リオネル殿への恋情を捨て切る事も出来ないでいるのだが…完璧とも言える王太子の彼女のそんな弱い一面が、何とも愛らしくいじらしく見えた。
セレスティーヌ様との出会いは、今から五年ほど前だったろうか。エストレ国のアドリエンヌ王女にしつこく追われ、ソフィアと名乗りテオドールと共にこのリスナール国の王都で身を隠していた時、いかにも質の悪そうな男たちに囲まれているセレスティーヌ様を見かけたのだ。どう見ても貴族の令嬢がお忍びで散策中、供の者とはぐれて変な輩に囲まれた、と言った風だった。見過ごすのも気の毒に思い、テオと一緒に男たちを排除したのだが…
「この度は危ないところを助けて下さってありがとうございました」
礼は要らないと名も告げずに立ち去った私達だったが、後日、王家の使いだと名乗る者が訪ねてきて、私達は彼女がこの国の王族だと知った。まさか王族が平民のような姿で街を散策しているなどと、誰が思うだろうか。少なくともロワール王国ではあり得ない話だからだ。
だが、全てはここから始まった。これを機に私達は、秘密を共有する程親しくなり、気が付けば私が彼女の王配になる事になったのだ。エストレ国から逃げ出したあの時、こんな日が来るなんて想像も出来なかった。
ロアールの王太子殿下ご夫妻の帰国を見送った私にそう声をかけたのは、先日正式に私の婚約者となったセレスティーヌ様だった。その数歩後ろには、彼女の本当の恋人でもあるリオネル殿も控えていた。
十日前、私はリスナール国の国王陛下の誕生を祝う舞踏会で、正式にセレスティーヌ様の婚約者として紹介された。一年半ほどの婚約期間を経て、来秋は正式に婚姻を結ぶ事になる。勿論、閨事はリオネル様に任せて、私は王配としての役目をこなすだけだ。私達はそれぞれに思う相手がいるのだから。
国のためとは言っても、想う相手がいるのにそれ以外の男に身を任せるのは苦痛でしかないだろう。女性の幸せを犠牲にして王位に就くセレスティーヌ様には、本当に愛する人とのささやか時間くらいは…と思ったのがこの関係の始まりだった。彼女は恩人であり親友であり、かけがえのない仲間でもある。彼女にせめて一時でも、心が安らげる時間を…と思ったのだ。
「セレスティーヌ様」
「レオ、婚姻するまでにはまだ時間があるわ。だから、もし気が変わったら早く教えて欲しいの。こんな関係は…確かに許される事ではないのだもの…」
セレスティーヌ様も私達の関係が決してよくない事は承知されている。彼女が真に愛するのは幼い頃からずっとそばにいたリオネル殿ただ一人だ。それでも一時期は女王になるためにその恋心を永遠に封じ込める決意をしていた彼女だった。リオネル殿は伯爵家の次男だが、王配になるには身分が足りない。リスナール国で王太子に嫁ぐには王族か、侯爵家以上と決まっているからだ。これは混乱を回避するためのルールだから、王だからと言って無視することは出来ないのだ。
「セレスティーヌ様、ご安心を。私の気が変わる事はありませんよ」
「でも…」
「父や妹をご覧になったでしょう?」
「え?ええ」
「我が家の血は、とにかく一途なのですよ。だから私のこの気持ちも変わる事もありません」
そう、私が愛するのはテオドールだけだ。私達は男同士だが、お互いに女性への恐怖と嫌悪に苦しんだ者同士だった。まぁ、私があまり男としての意識が薄いのもあるかもしれない。追っ手から逃れるために始めたソフィアと言う仮の姿は、自分には驚くくらいにしっくりきたから。思い返せば…子供の頃から父よりも母と気が合ったし、剣術などはあまり興味を持てなかった。妹の方が嬉々としてやっていたくらいだ。
「そう。それならいいのだけど…」
セレスティーヌ様の憂いの元は、その誠実で清廉な精神だ。彼女は政治家になるには理想主義で清濁併せ呑む事が難しい人でもある。だからこそ女王として民の道標にもなり得るだろうが、苦しむ事も多いだろう、と思う。今だって偽装結婚で周りを謀る事に罪悪感をお持ちなのだ。だからと言って、リオネル殿への恋情を捨て切る事も出来ないでいるのだが…完璧とも言える王太子の彼女のそんな弱い一面が、何とも愛らしくいじらしく見えた。
セレスティーヌ様との出会いは、今から五年ほど前だったろうか。エストレ国のアドリエンヌ王女にしつこく追われ、ソフィアと名乗りテオドールと共にこのリスナール国の王都で身を隠していた時、いかにも質の悪そうな男たちに囲まれているセレスティーヌ様を見かけたのだ。どう見ても貴族の令嬢がお忍びで散策中、供の者とはぐれて変な輩に囲まれた、と言った風だった。見過ごすのも気の毒に思い、テオと一緒に男たちを排除したのだが…
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