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話し合いの前に…

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 エストレ国との話し合いは昼食の後、今度は他国の使者と話し合いをする応接室で行われました。我が国からは国王陛下と王太子殿下、宰相のお父様とお母様、お兄様とリシャール様、そして私です。
 対するエストレ国からは、王太子殿下とアドリエンヌ様、そして…今朝我が国に到着したと言うエストレ国の元王妃のイネス様です。話し合いの前にイネス様が、あの二人抜きで話をしたいと仰ったので、応接室で話をする事になったのです。
 初めてお会いしたイネス様は、艶やかな黒髪と深みのある青い瞳を持つ、小柄ながら凛とした雰囲気の方でした。王妃と言うには服装は地味で、年齢よりも老けて見える気がします。

「我が国の王子と王女が多大な迷惑を掛けてしまい、申し訳ありませんでした」

 話し合いの冒頭、挨拶を終えたイネス様が深々と頭を下げて謝罪され、私達の方が驚いてしまいました。イネス様は国王陛下や王太子殿下達とは違い常識的な方だと伺ってはいましたが…これまで彼の国から謝罪された事は一度もなかったからです。

「イネス殿、わかっておる。そなたの責ではない」
「いえ、これまでの事を思えば、謝罪ごときで済まされる話ではありません」

 それからイネス様は、現在のエストレ国の現状をお話になりました。イネス様は王太子殿下とアドリエンヌ様の横暴、更にそれを許している国王陛下に憤りを感じていました。ですがいくら忠告しても聞き入れず、野放し状態だったそうです。
 ですがセレスティーヌ様襲撃の計画を知らされ、とうとう行動を起こされたそうです。このままでは最大の支援国でもあるリスナール国から見放されてしまい、そうなれば援助が頼りのエストレ国は潰れる未来しかなかったからです。

「我が国は、貴国へのラフォン侯爵領からの輸出を止めるつもりだ」

 国王陛下がそう仰ると、イネス様は一瞬目を見開いた後、静かに目を閉じて小さく首を振りました。その表情は諦めとも落胆とも納得ともとれるもので、複雑な心情を表しているようでした。

「それは…非常に痛手ではありますが…致し方ありません。ラフォン侯爵のお気持ちを思えば、それでも温情ある措置でいらっしゃいましょう」

 イネス様は我が家の事もご存じで、この措置がまだ軽い方だと理解して下さったようです。最も重い措置は我が国からの輸出停止ですが、そうなれば彼の国は一気に傾いてしまうでしょう。我が国としては隣接する国の政情不安は我が国にとっても不安要素になるので、そこは避けたいのですよね。

「ロアール国王陛下、これから彼らを呼んで話し合いとなります。そこであの二人への我が国の沙汰も申し伝えとう存じます。少々場を荒らすやもしれませぬが、どうかお許し願います」
「勿論じゃ。いや、イネス殿のご苦労は我が国にも届いておる。これまでよく耐えられたな」

 陛下がそう仰ると、イネス様は思いがけない事を言われたと言わんばかりに陛下を見上げました。まさかそんな風に言われるとは思っていらっしゃらなかったのでしょう。

「…そんな風に言って頂けるとは思いもしませんでした。ですが…そのお言葉でこれまでの苦労が報われた思いですわ」

 まるで泣いているようなイネス様の笑みに、エストレ国でのお立場が感じられました。確かイネス様は政略結婚で、陛下には婚姻する前から思う相手がいたのだとか。でもその相手は王妃になるには身分が足りず、結局イネス様が予定通り輿入れしたそうです。ですが彼の国王はその恋人を優先してイネス様を蔑ろにし、ただ公務をするだけの存在だったと。実は王太子殿下もアドリエンヌ様もイネス様の実子ではなく、その愛人の子なのだそうです。

(これまで…随分ご苦労をされたでしょうに…ご立派ですわ)

 私だったら絶対に耐えられませんわね。それくらいなら王を挿げ替えるくらいしてしまいそうです。それを思うと、よく長年エルネスト様の婚約者をやっていたわ…と思ってしまいます。あの頃は好きな人どころか友達と呼べる相手もいなくて、王子妃教育一色で疑問を感じる暇もなかったのですよね…リシャール様に出会えた今となっては、信じられないほどに無味乾燥した日々でしたわ。

「さぁ、そろそろあの二人を呼ぶとしようか」
「はい」

 陛下の言葉に、イネス様が短く、でもきっぱりと答えられました。


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