上 下
191 / 238

消えた王女

しおりを挟む
 アドリエンヌ様が行方不明になった事で、私達の屋敷の警備が一層強化されました。アドリエンヌ様がお兄様に長年執着していた事、そのお兄様をセレスティーヌ様が王配にすると内示されている事から、お二人が狙われる可能性が高いと見られるからです。
 『奇天烈姫』や『狂犬姫』との二つ名はこれまでの行動からも大袈裟とは言い難く、大丈夫だなどとは言えそうもありません。それに相手は一国の王女、よっぽどの上位貴族でなければ制止する事も難しいでしょう。

「セレスティーヌ様の周辺の警備は倍にしたが…」
「出入りする者や料理人などのチェックも強化しましょう」
「そうだな。後は…」

 私もこの件の対応の手伝いに入りました。我が家は他国の王族や上位貴族を招く事もあります。いずれは侯爵家を継ぐ私が中心となってその対応をするので、その時に向けての予行練習のようなものです。あ、実際はリシャール様も手伝って頂くのでご一緒です。最近は一緒に過ごす時間が殆どなかったので、仕事と言えど側にいられるだけで顔がにやけてしまいそうです。

「それで…アドリエンヌ様はどうやって姿を?」

 まずはここから聞いておかないと、対策も出来ません。お父様にその経緯を教えて貰う事にしました。

「それが、夜にベッドに入ったところまでは侍女も護衛騎士も確認していたんだが…」
「でも、朝になったら…ですか?」
「ああ。侍女がいつものように起こしに行ったらもぬけの殻だったそうだ」
「では、夜の間に…」
「そうなるな。ドアの前には寝ずの番の護衛がいる。どうやら窓から抜け出したらしい」
「窓…ですか?」

 それは、何とも行動的ですわね…この寒い中、窓から抜け出すなんて…まぁ、あの王女ですからと言われるとそうかとしか思えませんが…

「でも、窓の下にも警備の者はいた筈では…」
「それが、昨夜はちょっとした騒ぎがあってな」
「騒ぎ、ですか?ではそれが…」
「いや、その騒ぎの主は第二王子殿下ご夫妻が可愛がっている犬だったんだ。昨夕から姿が見えなくてな、探していたんだ」
「まぁ」

 そう言えば第二王子殿下は犬好きで、何匹かお手元に置かれていましたわね。

「そのせいで、ほんの僅かな時間だが窓の下の護衛が離れていた時間があったらしい」
「じゃ、その隙に…」
「多分な」

 なるほど、その隙に乗じて…の可能性は高いですわね。でも、アドリエンヌ様が軟禁されていた棟は彼女も初めての場所で、逃げるにしてもどちらに向かえばいいのかなどわからないでしょうに…しかも夜で、しかもあちこちに警備の騎士がいるのです。協力者がいたとしても、彼らの目をかいくぐって逃げ出すのは簡単ではないでしょうに…
 正直言って、逃げたのか、それとも攫われたのか、その理由は何なのか、判らない事ばかりです。今はエストレ国の王族がこちらに向かっている状態なので、逃げ出す理由もない筈です。待っていれば相応の後ろ盾となる人物が来るのですから、彼女の不利にはならないでしょうに。

(となれば…やはりお兄様を?)

 お兄様に異常な執着心を持っていた彼女の事です。お兄様に会いに、というだけで脱走しても…不思議じゃありませんわね。

(あんなに嫌われて、女性不信にまでしたのに、どうして…)

 いくら好きでたまらないと言っても、嫌われたら元も子もないでしょうに。想う気持ちはわかりますが、それでもやっぱり彼女の暴走は理解出来そうもありませんでした。



「ええっ?!アドリエンヌ様が見つかった?」

 それから四日が過ぎた夕方、我が家にアドリエンヌ様が見つかったとの連絡が届き、我が家もまた驚きに包まれるのでした。





しおりを挟む
感想 209

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...