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昔の事

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「別に有名だったわけじゃ…」
「王都の素行不良の若者のリーダーだったってだけで、十分有名人だよ。その証拠にあちこちの裏の面々からスカウトがあったんだろう?」
「…昔の話だ。それにリーダーになったつもりはない…」

 ヒューゴが指していたのは学園を卒業した頃の事で、あの頃はどういう訳か不良連中にリーダー扱いされ付きまとわれていた。別に何かをしたわけじゃない、絡まれたから返り討ちにしただけ。その後も何度か絡んできたのでその都度やり返していたらそうなったのだ。

「勿論リシャールが問題を起こしたわけじゃないのはわかってるよ。でも、あいつらが暴走して住人に迷惑をかけない様に手綱を握っていたのは事実でしょ。その統率力を欲しがる連中はいくらでもいるんだよ。侯爵様はそれをご存じなんじゃないの?」
「まさか…だったら止めるだろう、普通は」
「嫌だなぁ、清濁併せ呑めなきゃ筆頭侯爵家なんてやってらんないよ?むしろお嬢様にはそう言う裏の事も呑み込める者を…って思っても不思議じゃない。貴族、それも上位貴族なんて綺麗事だけじゃ成り立たないからね」

 にこにこと、近所の猫の話でもするような口調でそう言うヒューゴだったが、家族にも心配をかけたあれは自分の中では黒歴史だ。いつの間にかリーダーだなどと呼ばれていると知った時は驚いたが…

「リシャールって、見た目だけなら王子様みたいなのにねぇ」

 それは言外に中身が違うと言いたいのだろうか。だが、否定はしない。貴族のような畏まった場よりも、この店のような場の方が落ち着くし、居心地がいいと思えるほどには庶民だと思う。貴族のマナーを学んだのは単に商売を円滑に進めるためだ。

「別に好きでこんな顔になったわけじゃない。お前だってそうだろう?」
「まぁ、目立つ容姿は足かせにもなるのは確かだけどね」

 そう言ってエールを煽ったヒューゴは、その外見のせいで実家の伯爵家では随分苦労したという。妾腹の五男ともなればその扱いがどんなものか、凡そ想像は付く。今顔を隠しているのもその名残だろう。

「そうそう、商会を狙った詐欺事件、聞いてる?」
「あ、ああ。被害が小さいらしくて表に出ていないが、一応は」

 そう、最近王都の商会で話題の中心なのがこの詐欺事件だった。

「うん、どこも年数が浅くて小規模な店が多いみたいだね」
「ああ…」
「成り上がってやろうって気が強いところ、ともいうかな?そこに付け込まれるみたいだね」

 ヒューゴの人材派遣ギルドは商会で働いている者も多く、内部事情も結構な頻度で伝わってくるが、老舗の商会が被害に遭ったという話はまだないらしい。老舗は詐欺に対するノウハウもあり、横の繋がりも深いため、詐欺を仕掛けても途中で見破られる可能性が高い。そう言うところは避けているのだろう。出店して間がなく、店を大きくしようと意気込んでいるところが狙われているらしい。

「気を付けてよ。リシャールのところも条件に合っているんだから」
「そうだな」

 確かにヒューゴの言う通りだ。出店して二年余り、それなりに利益も出て、祖父に出して貰った開業資金の返済ももうすぐ終わる。そうは言っても店としてはまだまだ発展途上だし、問題も山積みなのだ。

「ま、リシャールなら自分の店に来て欲しいって思ってるんじゃない?」
「まさか、さすがにそこまでは考えていないよ」
「ふぅん。てっきり自分の店を囮にして犯人を…とか考えてるかと思った」
「うちは実家が後ろについているのは有名だし、さすがに来ないだろ」
 
 そう答えたが、確かにそれも悪くないかもしれない、一瞬そんな思いがよぎった。ヒューゴが直ぐに別の話題を振ってきたため、その思いはそれ以上深まることはなかった。
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