24 / 238
私からの提案
しおりを挟む
暫くの間、マルロー家の皆様は困惑の表情を浮かべ、直ぐには次の言葉が出てこないようでした。それもそうでしょう、筆頭侯爵家の総領娘、それも王子妃になる予定だった者が、平民になるのも覚悟の上と言い切ったのですから。
「失礼、ラフォン侯爵、発言をお許しいただけますか?」
そんな中、その沈黙を破ったのはリシャール様でした。先ほどまで浮かべていた淡い笑みは消え、今は表情が消えてその心情は伺えません。もしかすると小娘の戯言とお怒りになってしまわれたでしょうか…
「どうぞ」
「ありがとうございます。ラフォン嬢、貴女様のお気持ちは大変ありがたく、光栄に思います。しかしながら、簡単に平民になるなどと仰るものではありません」
「でも、それが私の本心です」
「それでも、貴女様には大切に慈しみ育てたご両親がいらっしゃいます。ここまでお育てした大切な娘を、平民にしたいと思う親などおりませんでしょう。一時的な恋情もいずれは冷めるもの。もっとご自身を大切になさってください」
リシャール様の低くてそれでいてよく通るお声は、それだけで私の心を振るわせましたが、その内容は酷く残酷なものでした。いえ、こうなる事は予想していましたが…
「私は自分を大切にしておりますわ」
「しかし…」
「私はこれまでずっと、望まない婚約のために貴重な時間を費やしてきました。それが家のためだと、耐えてきました」
「……」
「婚約者に選ばれてからは、心休まる日などありませんでした。寝る時間を削っての王子妃教育と婚約者の尻拭いで、楽しいと思った事は一度もありません。そんな私の血の滲む思いで積み重ねた努力や苦労は、ご存じのようにあっという間に無にされました。私の手に残ったのは事実と違う私への評価と、ありもしない噂ばかりです」
私の言葉に、お父様とお母様が私から目をそらすのを感じました。お二人はあの婚約を心から悔やんでいて、未だに罪悪感に苦しんでいらっしゃるのですよね。それも全ては殿下と王妃様のせいです。そしてマルロー子爵家の皆さんは、私が望んでいなかったとは思われなかったようですわね。
「婚約破棄した時、決めたのです」
「何を、ですか?」
「これからは自分が望む道を進むと」
「しかし、平民になるのはそんなに甘くは…」
「そうですか?でも、少なくとも自分自身ではいられますわ。髪形一つも自分で決められない人生に何の意味がありましょうか。それに…平民になっても一日四時間以上は眠れるのでしょう?」
「そ、それはもちろんですが…」
「私、これまで一日四時間以上寝た事がありませんの」
「は?」
私の言葉に、再びマルロー子爵家の皆さんが目を瞠りました。まさかそこまで忙しいとは思っていらっしゃらなかったのでしょうね。
「王子妃教育以外に、殿下の仕事の一部を肩代わりしていましたから。しかも殿下はやって当然との態度でお礼の言葉一つなくて、本当に苦痛でした。平民の生活もそうなのですか?」
「い、いえ、そのような事は…」
「だったら、今までよりもずっとマシな生活を送れますわ。信じられないと仰るのなら、商会で私を使って下さい」
「な、何を…」
「私を商会で働かせてくださいませ。勿論、身分を隠した上で下働きからで結構です」
私の提案に両親はニヤニヤした笑みを受かべ、一方のマルロー子爵家の皆さんは青い顔を更に白くして固まってしまわれました。ただ一人、リシャール様だけは何かを探るような目で私を見つめていました。
「失礼、ラフォン侯爵、発言をお許しいただけますか?」
そんな中、その沈黙を破ったのはリシャール様でした。先ほどまで浮かべていた淡い笑みは消え、今は表情が消えてその心情は伺えません。もしかすると小娘の戯言とお怒りになってしまわれたでしょうか…
「どうぞ」
「ありがとうございます。ラフォン嬢、貴女様のお気持ちは大変ありがたく、光栄に思います。しかしながら、簡単に平民になるなどと仰るものではありません」
「でも、それが私の本心です」
「それでも、貴女様には大切に慈しみ育てたご両親がいらっしゃいます。ここまでお育てした大切な娘を、平民にしたいと思う親などおりませんでしょう。一時的な恋情もいずれは冷めるもの。もっとご自身を大切になさってください」
リシャール様の低くてそれでいてよく通るお声は、それだけで私の心を振るわせましたが、その内容は酷く残酷なものでした。いえ、こうなる事は予想していましたが…
「私は自分を大切にしておりますわ」
「しかし…」
「私はこれまでずっと、望まない婚約のために貴重な時間を費やしてきました。それが家のためだと、耐えてきました」
「……」
「婚約者に選ばれてからは、心休まる日などありませんでした。寝る時間を削っての王子妃教育と婚約者の尻拭いで、楽しいと思った事は一度もありません。そんな私の血の滲む思いで積み重ねた努力や苦労は、ご存じのようにあっという間に無にされました。私の手に残ったのは事実と違う私への評価と、ありもしない噂ばかりです」
私の言葉に、お父様とお母様が私から目をそらすのを感じました。お二人はあの婚約を心から悔やんでいて、未だに罪悪感に苦しんでいらっしゃるのですよね。それも全ては殿下と王妃様のせいです。そしてマルロー子爵家の皆さんは、私が望んでいなかったとは思われなかったようですわね。
「婚約破棄した時、決めたのです」
「何を、ですか?」
「これからは自分が望む道を進むと」
「しかし、平民になるのはそんなに甘くは…」
「そうですか?でも、少なくとも自分自身ではいられますわ。髪形一つも自分で決められない人生に何の意味がありましょうか。それに…平民になっても一日四時間以上は眠れるのでしょう?」
「そ、それはもちろんですが…」
「私、これまで一日四時間以上寝た事がありませんの」
「は?」
私の言葉に、再びマルロー子爵家の皆さんが目を瞠りました。まさかそこまで忙しいとは思っていらっしゃらなかったのでしょうね。
「王子妃教育以外に、殿下の仕事の一部を肩代わりしていましたから。しかも殿下はやって当然との態度でお礼の言葉一つなくて、本当に苦痛でした。平民の生活もそうなのですか?」
「い、いえ、そのような事は…」
「だったら、今までよりもずっとマシな生活を送れますわ。信じられないと仰るのなら、商会で私を使って下さい」
「な、何を…」
「私を商会で働かせてくださいませ。勿論、身分を隠した上で下働きからで結構です」
私の提案に両親はニヤニヤした笑みを受かべ、一方のマルロー子爵家の皆さんは青い顔を更に白くして固まってしまわれました。ただ一人、リシャール様だけは何かを探るような目で私を見つめていました。
115
お気に入りに追加
3,530
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
酒の席での戯言ですのよ。
ぽんぽこ狸
恋愛
成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。
何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。
そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる