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第二部

突入

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 その後、昨日ヴォルフ様を追って屋敷の敷地内に侵入した騎士や双方の影の情報から、その日の突入は延期になった。ゾルガーの影がヴォルフ様の意向として騎士にそう伝えてきたからだ。今現在、突入の危険を冒すほどの切迫した状況にはなく、それよりも黒幕がまだ姿を見せていないから時期ではないという。

「……兄上がそう仰るのであれば……」

 殿下もさすがにヴォルフ様の意向を無視することは出来なかった。もっともヴォルフ様は私や殿下が近くにいることをご存じない。知らせようにも双方で連絡が取れる状況にはまだないから。明日になればそれも可能になるかもしれないけれど。私たちは古塔の敷地内で野営をして一夜を明かした。

 起こされたのはまだ日も登らぬ時間帯だった。屋敷内の警備がかなり手薄になっていて、また使用人たちも起き出す前。今なら屋敷に近付けるという。屋敷の周りには木々が茂っているけれど、その周りは一転して広野が続き見通しがいい。明るくなれば近付くのは容易ではないので、今のうちに敷地内に移動するのだという。

「夫人、絶対に私から離れないように」
「はい」

 この場合、この塔で待つのが最善だけど、殿下が自分は行くんだと主張されて引かなかった。王家の騎士も影も止めたのにだ。さすがに殿下だけ行かせて何かあったらと思うと行かないわけにもいかない。それに……心配なのは私も同じ。ここにいる騎士は精鋭で影も付いている。それなら滅多なことはないだろうと殿下と共に行動することにした。

 今日も晴れるのだろう、世界は白一色で覆われていた。これなら近付いてもあちらからは容易に見つけられない。勿論近付くこちらも目標を見失う可能性があるため、私たちは案内役を先頭に互いが見える距離を保ちながら進んだ。途中までは馬で進み、その後は足で向かった。半刻ほど進んだ頃、ようやく屋敷の端に辿り着いた。霧が纏わりついて髪や騎士服がしっとりと水気を含む。まだ日が出ないから涼しいというよりも寒さを感じる。歩いて火照った身体が冷やされていくけれど、これは気を付けないと冷やし過ぎてしまいそうね。身体を縮めて木々の間に身を潜ませる。

「イルーゼ様、無茶はなさらないで下さいね」

 駆けた直後、木の陰で息を整える私にザーラが声を掛けた。ザーラはあまり息を乱していないから鍛え方の差ね。無鉄砲なことをする気はないわ。無傷でヴォルフ様と一緒に屋敷に帰るのが今日の目標なのだから。

 暫く待つと昨日から屋敷に侵入していた騎士と合流出来たと人伝てに聞いた。彼の話ではヴォルフ様は屋敷の中で、今のところ目立った動きはないという。地下牢などはないようで客間に軟禁されているようだとも。見張りは定期的に平民の用心棒らしき者が回って来るが、屋敷の周りを二、三人で歩いて回る程度でそれもかなり雑らしい。

「子爵家の屋敷です。使用人も子爵家から遣わされたのでしょう。急に使うことになって準備が出来ていないと使用人がぼやいていました。警備も素人の寄せ集めです」

 それを聞いて少しだけどホッとした。それならヴォルフ様に危害を加えることはないかしら。地下牢に入れて拷問……なんてことも考えたけれどその心配はないと言われて僅かに緊張が解れた。でも、それも黒幕が現れたらわからないわ。ヴォルフ様を攫った者の性格が残忍なら無事では済まないかもしれない。

 その後ゾルガーの騎士が一人、屋敷に侵入した。その間私たちは木の陰でひたすら連絡を待った。突入するにしてもタイミングが大事だし、出来れば黒幕が来てからの方がいい。ヴォルフ様はその為にわざと捕まったのだから。その後、騎士がヴォルフ様と接触出来て、私たちのことも伝えたらしい。どう思われたかはわからないけれど、帰れとは仰らなかったという。後で叱られるかしら? その時は殿下と共に謝るしかないわね。今は足を引っ張らないようにしないと。

 動きがあったのは一刻ほど経った頃だった。貴族の訪れを告げるらしい早馬が到着したのだ。屋敷の玄関近くに潜んでいた騎士が使者の会話を拾っていた。どうやら黒幕がこれからやって来るらしい。

「殿下、どうされますか?」

 これから来る者が誰はまではわからないけれど、使者の様子からして貴族、それも高位貴族らしい。彼らが黒幕なのか、それともまだ別にいるのか……情報が少なすぎて考え出したら動けないわ。

「問題は誰が来るかだな……」
「ハリマン様に遅れて来られるのなら、彼よりも立場が上の可能性が高いのではありませんか」
「確かにな。あのハリマンがこの屋敷で一夜を明かしたのも意外だったが……」

 確かに殿下の仰る通りだった。あのハリマン様がこんな古くて小さな屋敷で過ごすなんて思いもしなかった。彼は王族としていつも最高級の扱いを受けていたから。

「これから来る者が黒幕でなくても、それに連なる者だろう。だったら先にハリマンたちを捕らえてしまおうか。ここをこちらの支配下にしておいた方が動きやすいだろう?」

 確かに仰る通りね。先触れを出すくらいならハリマン様よりも上の立場の者の可能性が高いわ。彼らが到着する前にこの屋敷を支配下に置けば彼らを袋のネズミに出来る。

「制圧しろ」

 殿下が静かにそう命じると、近くに控えていた騎士が音もなく動き始めた。王家とゾルガーの騎士がこちらに近付いてきた者たちを無音のまま気絶させて木陰に引き摺り込み、猿ぐつわを噛ませて木に括りつけた。鮮やかな手つきはさすが精鋭と納得だわ。戻らない仲間を不審に思った者たちが数人ずつやって来て、それを一気に気絶させて……を繰り返す。二十人ほどを捕らえると誰も来なくなった。これまでに一刻はゆうに過ぎている気がするわ。子爵家の屋敷は小さく、周りは森のように木々が多くて助かった。騎士たちが庭の周辺を探り、誰もいないのを確認してから裏口に回った。

 既に相応の人数を無力化させたせいか、一階は人の気配がなかった。騎士が数人一組になって一部屋ずつ確かめて回り、人がいれば気絶させて手足を縛り猿ぐつわをして進む。一階が終わると次は二階だ。先に騎士四人が使用人用の階段を使って二階に登っていた。私は殿下やザーラと共に階下で息を潜めて合図を待つけれど、緊張のせいで手にじんわりと汗をかいていた。ヴォルフ様がご無事か気になって気持ちを落ち着かせようと思うのに気が急いて仕方がない。こんな緊張感はきっと何度経験しても慣れそうになかった。

「随分と……警備が甘いな」

 殿下が独り言ちる。ヴォルフ様を攫ったにしては確かに警戒が薄く雑な気がした。だったら計画的なものではなかった? もしかしたら首謀者がそこまで頭が回らなかったのかもしれないけれど。

「本当に……ここにいらっしゃるのでしょうか……」

 さっきから感じていた疑念が口に出てしまった。ハリマン様が現れたことも想定外だっただけに順調に進んでいるのに不安が消えない……これから来る者たちの詳細もわからないけれど、もし黒幕ならヴォルフ様が害される危険性もある。既にこの屋敷の殆どを支配下に置いたけれど、それでもヴォルフ様が害されると思うと背筋を冷気に包まれる感じがした。ヴォルフ様はお強いし、何をするにも万全の準備をされているから信じているけれど、どんなことでも万が一ということもあるから。

「殿下、残っているのは二階の奥の部屋です。そこで話し声がします」

 ヴォルフ様やハリマン様たちかしら? 情報が少ないのがもどかしいわ。でも欲しい情報を全て集めているだけの余裕もない。ヴォルフ様は黒幕を引きずり出すためにあえて捕まったのだから滅多なことはないわ。



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