上 下
182 / 196
第二部

王妃主催の茶会

しおりを挟む
「まぁ、王妃様、妃殿下も。そんなにぐいぐい来られてはイルーゼ様も困ってしまいますわ」

 おっとりした口調でお二人を止めて下さったのはランベルツ侯爵夫人のギーゼラ様だった。ギーゼラ様はグラーツ伯爵家の出身で、アマーリエ様の叔母に当たられる。薄い金の髪は艶やかで同じように薄めの青い瞳が優しげだわ。少しふくよかだけど誠実で穏やかな人柄は好感が持てる。アンジェリカ様の件もあって侯爵は後妻には貞淑な方をと強く望まれたと聞く。私がゾルガー夫人としてお茶会に出るようになってからは何かと気にかけて下さる。

「そうですわ、この場ではお控え下さいませ」

 そう言って笑みを浮かべたのはアルトナー侯爵夫人のフィーネ様。彼女はアルトナーの分家の方で侯爵とは幼馴染だという。はっきりした色合いの金髪と若草色の瞳で、すっと背筋を伸ばして気の強そうな顔立ちをしている。気性もしっかりされているそうでクラウス様の一件ですっかり気落ちした侯爵を叱咤して立ち直らせたと聞くわ。そして今は姉が産んだエドゼルの母君でもある。以前は凄く壁を感じていたけれど、あの一件からは和やかに会話が出来るようになった。

「そう、ですわね。気を付けないととは思うのですけれど……」
「お気持ちはお察ししますわ。幾つになっても我が子は心配ですもの」
「ギーゼラ様、ありがとう。本当にヴォルフったらちっとも会いに来てくれなくて……」

 王妃様はそう言って嘆かれたけれど成人した男性は母親に寄り付かないと思うわ。兄もそうだったし、ハリマン様もそう。シリングス公爵夫人も寂しいとよく仰っていたもの。

「息子なんてそんなものなのでしょう。私の母も同じようなことを言っておりましたわ」

 フィーネ様がそう言うと王妃様がそうなのね……と寂しそうに呟いた。申し訳ないけれどヴォルフ様がまめまめしく王妃様の元に通う姿は想像出来ないわね。

「仕方ないわね。今日は女たちで楽しみましょう」

 気を取り直した王妃様がそう仰ると侍女たちがお茶を淹れて配り始めた。テーブルは丸く、王妃様、コルネリア様、ギーゼラ様、フィーネ様、エルマ様、私の順。本当はギーゼラ様の席がエルマ様の場所なのだけど、年が近い人が側にいた方がいいでしょうということでこの順になっている。とてもありがたいわ。本来の席だと声をかけづらいもの。

 夫人だけのお茶会も、顔ぶれがこれでは政治的な内容になるのは仕方のないこと。陛下と王太子殿下、当主方の集まりほどではないけれど、私たちは私たちで不穏な噂を共有して大きなトラブルに発展しないように努める責務がある。世間では仲が悪いと見られている私たちだけれど、国が乱れて苦労するのも私たちだから言われるほど仲が悪いわけではない。ミュンターの一件もあって私たちの危機感は一層高まり、自ずと結束が強まっていた。

 もっともエルマ様には、ヴォルフ様が陛下のお子だと判明した以上逆らおうなどと考える者などおらず、いがみ合うなど時間と労力の無駄だと言われた。王家に二心を抱く不穏分子がミュンターに集まっていたのもあり、ミュンターの凋落は彼らの力も大いに削いでいた。

「社交シーズンも終わりましたし、静かになりましたわね」

 王妃様の言葉に皆が頷く。社交シーズンを終えると領地に帰る貴族は少なくない。

「ええ、我が家も来週には領地に戻りますわ」
「ギーゼラ様は毎年戻られますものね」
「ええ、やっと子どもたちも大きくなりましたから。フィーネ様は? 今年は取りやめますの?」

 ギーゼラ様とフィーネ様は年も当主が交代した時期も近いから仲がいい。そしてミュンター夫人相手に共闘されていた方。一方でエルマ様のお母様とはそりが合わなかったと聞くわ。

「ええ、マティアスはまだ小さいから移動は負担でしょう。数年は戻らないかもしれませんね」
「ふふ、そうなりますわね」

 馬車での移動は負担が大きい。それに幼い子は病気になりやすいから領地との移動は控える家が多い。マティアスと名付けられた姉の子をアルトナーは大切にしてくれているのね。嬉しいわ。

「ふふ、暫く寂しくなりますわ」
「そうね、私たちも離宮に向かうから、このお茶会も暫くはお預けですわね」

 社交シーズンが終わると王族は三月ほど王宮を離れる。王妃様は陛下と共に王都のはずれにある別宮に、王太子ご夫妻は馬車で二日ほど離れた離宮で過ごされる。王都勤めの文官たちも一定数陛下たちに随行して数が減るので、その時期は王宮の掃除や修繕を大々的に行う。王宮の外見は国力の象徴でもあるだけに疎かに出来ないのだ。

「イルーゼ様はどうされますの?」
「私ですか? 実は何も聞いていませんの。エルマ様は?」
「私はバルと一緒に領地に。婚姻したのでバルの顔見せもありますから」
「そうですか」

 寂しくなるわね。でも婿に入ったバルドリック様は次期当主になるのだから領地での顔合わせは必須。お子が出来たり病気になったりなどの理由がない限り婚姻した後は必ず領地に顔を出すものだから。リーゼ様はお子が出来たから王都に留まるだろうけれど、悪阻でお辛そうだからお会いするのは難しそう。

 私はどうなるのかしら? フレディ様は領地に行くと数日前の夕食で話していたけれど、ヴォルフ様からは何も聞いていないわ。お忙しいから領地に行く暇はないかもしれないわね。でもゾルガー領には海があると聞くから一度は行ってみたい。

 これからの日々に思いを馳せていると、庭の入口の方が俄かに騒がしくなった。何かしら? 昨日ヴォルフ様に警戒するよう言われたのもあって身体に緊張が走る。参加しているご夫人たちも警戒を露わに声のする方を注視した。ここは王宮の中でも奥まった場所で、騎士たちが遠巻きに警備していて簡単に近づくことは出来ない筈。四阿から少し離れた場所に立っていた騎士や侍女たちが四阿を囲うように立ち、視線を声のする方へと向ける。暫くするとその騒ぎの元凶が姿を現した。騎士が止めようとしているのもお構いなしに三つの人影がこちらに向かってくるのが見えた。

「やぁ姉上、お邪魔しますよ」

 陽気に声を上げて現れたのは王妃様の実弟で隣国アーレントの第四王子でもあるラファエル様だった。兄の王太子の王子二人が大きくなったので今は臣籍降下してフリーデル公爵と名乗っている。薄茶の艶やかな髪に紺碧の瞳、すらりと背が高くて肌は白く、所謂優男と呼ばれる類いの男性。五十歳だと聞いたけれど髪は豊かだし十は若く見えるわね。ハリマン様と同じで優美で女性的な男性だけど、彼よりも背は高いせいか軟弱な印象はないわ。

 その両隣には公爵の子息と令嬢が悪びれる風もなく笑顔をこちらに向けていた。息子は次男のゲオルグ様で御年二十になられるとか。柔らかそうな金の髪に父と同じ紺碧の瞳で、顔立ちもよく似ているわ。父親よりも細くてしなやかな感じがして女性が好みそうな好青年といった感じかしら。

 令嬢はクラリッサ様といって今年十七になられる。父親と同じ薄茶の髪に紺碧の瞳を持ち、透明感のある白い肌と繊細で見事な造形を持つ美少女だ。姉のような化粧で作られたものではない本物の美少女。雰囲気は私とは正反対ね。水色のドレスは可憐な彼女によく似あっているわ。儚げな雰囲気で公爵は病弱だからとやたら過保護だったりするけれど、神経は細くはなさそうね。他国の王宮に無断で入り込んでも気にしていないのだから。

「ラファエル、あなたたち! どうして勝手にここに入り込んだのです?」

 王妃様が立ち上がって鋭くその暴挙を咎めた。鋭い視線と怒りを抑えたお姿は威厳があって冷たい炎のようでかっこいいと思ってしまったわ。それにしてもここは王族の許しを得た者しか入れない奥宮、しかも今は女性だけの茶会。そこに許可なく入り込めばその場で切り捨てられても文句は言えない所業だ。ただ騎士も相手が他国の王族なだけにきつく咎めることも出来なかったのだろう。困惑した表情を浮かべて王妃様の表情を伺っていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美少年に転生しまして。〜元喪女の精霊と魔王に愛され日々!〜

三月べに
ファンタジー
 ギルドの人気受付嬢に告白をされたノークス(15)は、ピンチだと感じていた。  前世では喪女だったのに、美少年に生まれ変わって、冒険者になっていたのだ。冒険者業とギルド業をこなす、そんなノークスは精霊達に愛され、魔族にも愛される!?

溺愛されるのは幸せなこと

ましろ
恋愛
リュディガー伯爵夫妻は仲睦まじいと有名だ。 もともとは政略結婚のはずが、夫であるケヴィンがイレーネに一目惚れしたのだ。 結婚してから5年がたった今も、その溺愛は続いている。 子供にも恵まれ順風満帆だと思われていたのに── 突然の夫人からの離婚の申し出。一体彼女に何が起きたのか? ✽設定はゆるゆるです。箸休め程度にお楽しみ頂けると幸いです。

転生したら血塗れ皇帝の妹のモブでした。

iBuKi
恋愛
謀反が起きて皇帝である父は皇妃と共に処刑された。 皇帝の側室であった私の母は、皇帝と皇妃が処刑された同日に毒杯を賜り毒殺。 皇帝と皇妃の子であった皇子が、新たな皇帝として即位した。 御年十才での即位であった。 そこからは数々の武勲や功績を積み、周辺諸国を属国として支配下においた。 そこまでたったの三年であった。 歴代最高の莫大な魔力を持ち、武の神に愛された皇帝の二つ名は… ――――“魔王”である。 皇帝と皇妃を処刑し側室を毒殺した残虐さで知られ、影では“血塗れ皇帝”とも呼ばれていた。 前世、日本という国で普通の大学2年生だった私。 趣味は読書と映画鑑賞。 「勉強ばっかしてないで、たまにはコレで息抜きしてみて面白いから!」 仲の良い友人にポンっと渡されたのは、所謂乙女ゲームってやつ。 「たまにはこういうので息抜きもいいかな?」 レポートを作成するしか使用しないパソコンの電源を入れてプレイしたのは 『too much love ~溺愛されて~』 というド直球なタイトルの乙女ゲーム。タイトル通りに溺愛されたい女子の思いに応えたゲームだった。 声優の美声じゃなきゃ電源落としてるな…と思うクサイ台詞満載のゲーム。 プレイしたからにはと、コンプリートするくらいに遊んだ。 私、ゲームの世界に転生したの!? 驚いて、一週間熱を出した。 そして、そんな私は悪役令嬢でもなく、ヒロインでもなく…… 高難度のシークレットキャラ“隣国の皇帝シュヴァリエ”の妹に転生する。 強大な大国であり、幼くして皇帝に即位した男が兄…。 残虐で冷酷無慈悲から呼ばれるようになった、二つ名。 “魔王”または“血塗れの皇帝”と呼ばれている。 ――――とんでもない立場に転生したもんだわ…。 父だった皇帝も側室だった私の母も殺された。 そして、私は更に思い出す…私はこの兄に斬殺される事を。 だ、誰か助けてぇええ!(心の悲鳴) ――――この未来を知る者は私しかいない…私を助けるのは私だけ! 兄から殺されない様に頑張るしかない! ✂---------------------------- タグは後々追加するかもです… R15で開始しましたが、R18にするかこれも悩み中。 別枠を作ってそこに載せるか、このままここに載せるか。 現在、恋愛的な流れはまだまだ先のようです… 不定期更新です(*˘︶˘*).。.:*♡ カクヨム様、なろう様でも投稿しております。

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

大好きな騎士様に冷たくされていた婚約者君が召喚されてきたショタ神子に寝取られる話

豚キノコ
BL
塩対応騎士様×頭弱めの嫉妬しい婚約者君 からの 性格悪いショタ神子×婚約者君 ※受けがちょっと馬鹿っぽいですし、どちらの攻めもクズで容赦無く受けに対して酷い言葉を掛けます。 ※初っ端から♡、濁点喘ぎましましです。 ※受けがずっと可哀想な目に逢います。 展開が早いので、苦手な方は閲覧をお控えください。 タイトル通りの内容です。短く2話に分けて終わらせる予定です。 勢いに任せて書いたものですので、辻褄が合わなかったり諸々の事情で後々加筆修正すると思います。 書きたいところだけ書いたので、猛スピードで話が進みます。ショタである意味はあまりないですが、これは趣味です。大目に見ていただければ…。当然のように女性はいませんし男が男の婚約者になるような世界です。 主の性癖と悪趣味の塊ですので、恐らくメリーバッドエンドになると思います。

完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。 結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに 「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……

嫁ぎ先は悪役令嬢推しの転生者一家でした〜攻略対象者のはずの夫がヒロインそっちのけで溺愛してくるのですが、私が悪役令嬢って本当ですか?〜

As-me.com
恋愛
 事業の失敗により借金で没落寸前のルーゼルク侯爵家。その侯爵家の一人娘であるエトランゼは侯爵家を救うお金の為に格下のセノーデン伯爵家に嫁入りすることになってしまった。  金で買われた花嫁。政略結婚は貴族の常とはいえ、侯爵令嬢が伯爵家に買われた事実はすぐに社交界にも知れ渡ってしまう。 「きっと、辛い生活が待っているわ」  これまでルーゼルク侯爵家は周りの下位貴族にかなりの尊大な態度をとってきた。もちろん、自分たちより下であるセノーデン伯爵にもだ。そんな伯爵家がわざわざ借金の肩代わりを申し出てまでエトランゼの嫁入りを望むなんて、裏があるに決まっている。エトランゼは、覚悟を決めて伯爵家にやってきたのだがーーーー。 義母「まぁぁあ!やっぱり本物は違うわぁ!」 義妹「素敵、素敵、素敵!!最推しが生きて動いてるなんてぇっ!美しすぎて眼福ものですわぁ!」 義父「アクスタを集めるためにコンビニをはしごしたのが昨日のことのようだ……!(感涙)」  なぜか私を大歓喜で迎え入れてくれる伯爵家の面々。混乱する私に優しく微笑んだのは夫となる人物だった。 「うちの家族、みんな君の大ファンなんです。悪役令嬢エトランゼのねーーーー」  実はこの世界が乙女ゲームの世界で、私が悪役令嬢ですって?!  えーと、まず、悪役令嬢ってなんなんですか……?!

わがまま公爵令息が前世の記憶を取り戻したら騎士団長に溺愛されちゃいました

波木真帆
BL
<本編完結しました!ただいま、番外編を随時更新中です> ユロニア王国唯一の公爵家であるフローレス公爵家嫡男・ルカは王国一の美人との呼び声高い。しかし、父に甘やかされ育ったせいで我儘で凶暴に育ち、今では暴君のようになってしまい、父親の言うことすら聞かない。困った父は実兄である国王に相談に行くと腕っ節の強い騎士団長との縁談を勧められてほっと一安心。しかし、そのころルカは今までの記憶を全部失っていてとんでもないことになっていた。 記憶を失った美少年公爵令息ルカとイケメン騎士団長ウィリアムのハッピーエンド小説です。 R18には※つけます。

処理中です...