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聞きたかったこと

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 姉が産んだ子は月足らずだったのもあって小さかったけれど、医師や産婆たちは十分に元気だと言った。姉はお産が長引いたのもあってかなり消耗しているらしく、気を失うように眠ってしまったという。子は産婆やヴォルフ様が手配して下さった乳母が看てくれていて、元気に乳母の乳を飲み、殆どの時間を眠っているという。

 姉と子は産室を出て姉と子が過ごすために設えた部屋へと移った。部屋を移動する際、乳母に抱かれて眠る子を見せて貰ったけれど、思った以上に小さくて皴だらけで姉に似ているとは思えなかった。驚く私に産婆はまだ生まれた直後はこんな感じですよと笑いながら教えてくれた。生まれたばかりの赤子を見るのは初めてだけど、想像していたのと違ったわ。それにしても……あんなに大きなものがお腹から出てくるのよね。確かに痛そう……私に耐えられるのかしらと不安が募った。

 姉が眠ってしまったため面会は後日にした方がいいとルーザー医師も産婆も言うので、私たちは別邸を後にした。私もさすがに限界だった。二人とも無事なら今はそれでいい。馬車が出発したのは既に空が青以外の色に染まる時間帯だった。

 屋敷に帰ると外はすっかり夜の闇に覆われていた。手早く湯あみを済ませてベッドに倒れ込む。別邸で仮眠は取れたけれど、ソファだったしヴォルフ様が膝の上にいらっしゃったから休めた気がしなかったわ。窓がなくどこよりもヴォルフ様の気配が濃い寝室。うつ伏せになって枕を抱きしめるとヴォルフ様の匂いが一層強まる。それだけで言葉に言い表せないほどの安堵が広がった。ヴォルフ様が何者でもここが一番安心出来る。ヴォルフ様はまだかしら……

「……ルーゼ」

 名を呼ばれて何かが覆い被さって来るのを感じたけれど、私の意識はそこで途切れた。





 翌朝、私を待っていたのはティオからのお説教だった。笑顔だけど目が全く笑っていないから相当怒っているわね。ヴォルフ様と二人並んで粛々と話を聞いた。ティオは私がヴォルフ様のお子を宿しているかもしれないのにと、そこが一番心配だったらしい。確かにその可能性はあるし、初期は流産しやすいと聞く。流産を繰り返すと妊娠しにくくなるとも言われていると懇々と説かれた。ティオはゾルガー家至上主義の筆頭だから早くヴォルフ様のお子を! と考えているのは態度でわかるし。

 でも……後継を産むのは確かに私の一番の仕事だけど、まだ結婚したばかりだし気が早くないかしら。ゾルガー夫人としての社交だって殆ど出来ていないし、実家のゴタゴタも片付いていないからもう少し後でもいいと思うのよね。そうは思うのだけど顔に出せば益々お説教が長くなるのは必須なのでそんな思いは必死に隠した。

 お説教から解放されたのは王太子殿下の使者がいらっしゃったからだった。リシェル様たちの取り調べが始まっているらしい。近々私たちの話を聞きたいので登城するようにとの要請だった。時を同じくして姉が目を覚ましたとの連絡があった。消耗しているけれど問題ないという。子はよく乳を飲みよく眠っているとも。このまま何事もなく終わってほしいわ。

 使者たちが帰った後もヴォルフ様は私の隣で黙ってお茶を飲んでいた。用事は済んだから直ぐにでもお仕事にかかられると思っていたけれど、珍しいわね。どうなさったのかしら? もしかしてまだ疲れが残っていらっしゃる? 気になることも色々あるのだけど……

「……どうした?」

 私の視線に気付いたヴォルフ様に声をかけられた。じろじろ見過ぎたかしら。

「い、いえ……」
「聞きたいことがあるのではないか?」

 どきんと心臓が跳ねた。思っていたことが口に出ていたかしら? それともそんなに物言いたげな表情をしていた? 確かに聞きたいことは色々あるわ。リシェル様やクラウス様のこと、姉とその子のこと、私が攫われた後のことにそれから……じっと見つめられて心の底まで見透かされそうな気がした。私が聞きたいことなどお見通しなのかもしれない……

「聞きたいことがあるなら言え。お前の問いには何でも答える」

 きっぱりとそう言われて心が揺れた。確かに初夜のあの夜から気になっていることがあったわ。例えばヴォルフ様の異常なほどの強さとか。それも普通ではなさそうな武器を使って暗殺者ですらも軽々と躱してしまうそれは正規の騎士の訓練で得たものではないような気がする。それに……一人ならまだしも二人も同じことを言うのならそこには何かがある気がして落ち着かない。そうであってほしくないと思うけれど、そうでなければ納得出来ない自分がいて、そうだったらどうするだろうかとの迷いをずっと感じていた。知ってしまったら何かが変わってしまいそうな気がして意識しないようにしていたけれど、それももう難しい気がする……だったら……

「……ファオとは、ヴォルフ様のこと、なのですか?」

 言ってしまったと思う一方、これですっきりするだろうとの期待が膨らんだ。口にしてしまったらもう引き返せないもの。好奇心の前に後悔のような何かは急速に萎んでいった。

「ファオか……」

 珍しくヴォルフ様に今までに見たことのない種類の表情が見えた気がした。ヴォルフ様でも言いたくないことなのかしら? だったら不躾だった? 誰だって聞かれたくないことはあるし、それが過去のことで今と関係ないなら聞くべきではなかったかしら。

「聞けば、お前は俺を厭うかもしれない」

 それだけで聞かれたくない話だと理解したわ。私がヴォルフ様に嫌悪感を持つような、そんな類いの話だってことね。ヴォルフ様が周囲を見渡すとティオとザーラ、グレンが静かに一礼して出ていった。あまり人には聞かせられない話らしい。

「それは……私が聞いてもいい内容ですの?」
「聞かない方がいいかもしれない」
「ヴォルフ様が嫌なら聞きませんわ」
「でも気になるだろう? それに何でも聞けばいいと言ったのは俺だ。それで答えないのはお前に対して不誠実だろう」

 ご自身が不利になることでも私が望めば話して下さると仰るのね。私を愛せないと仰ったヴォルフ様なりの最大限の誠意だと思っていいのかしら?

「そのことを聞けば……私がヴォルフ様を嫌いになるとお思いなのですね?」
「…………わからん。普通の女は嫌がるだろうが……お前は行動が読めない。普通の女の枠には当てはまらないような気がする……」

 それは……喜んでいいのかしら? 考えようによっては特別とも言えるけれど必ずしもいい意味とは限らないような気もするけど……ヴォルフ様がいつもと違って見えてそっと手を取った。何故かわからないけれど、そうしないとヴォルフ様がどこかに行ってしまいそう気がしたから。一瞬力が入った気がしたけれど直ぐに力が抜けた。大きくて温かくてずしりと重みを感じる手。どんな理由があるにしてもこの手を離したくないと思った。

「聞かせて下さい。ヴォルフ様のことは私が一番知っていたいと、そう思うから」

 もちろんそんなことが無理なのはわかっているけれど、それくらいの気持ちが私の中にある。ヴォルフ様が誠実に話して下さるというのなら私は受け止めたいと思うわ。それにヴォルフ様は自ら好んで人を傷つける人ではない。私はそう信じるわ。

「後悔するかもしれないぞ?」
「そうかもしれません。でも、聞かない方がずっと後悔しそうな気がしますから」

 それに、今までの話で答えは何となく見えてきたわ。ただ確証がないだけで。

「……ファオは、昔の俺の呼び名だ」
「子どもの頃の? ですが、ファオとは……」
「そうだ。ファオは文字の一つに過ぎない」

 感じていた違和感の一つが見えた。ファオは文字の一つの呼び名で、人の名前に付けるようなものじゃなかった。使うならあだ名のようなものだわ。

「どうして、そんなことを……」
「俺がゾルガーの影だったからだ」



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