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彼らの向かう先は……

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 リシェル様の拒絶は想像した通りだった。でも彼女がいかに拒否しようとも現実は変わらないわ。

「お兄様目を覚まして下さい!! この血も涙もない男ならお兄様を騙すなんてお手の物でしょうよ!!」

 殿下から話を聞いてもリシェル様は変わらなかった。それどころか殿下たちが騙されているという。

「騙されていたのはお前だろう? そもそも産んだ母上が認めてヴォルフに謝罪しているんだ。守れなくてすまなかったと、父王の力を借りてでも全力で守るべきだったと」
「……お、母様、が……」

 殿下が呆れを隠さずリシェル様に答えた。その話は初めて聞いたわ。私が王宮を出た後で謝罪があったのかしら。それでヴォルフ様のお心が少しでも癒されるといいのだけど……

「それにヴォルフがこうなってしまったのは、ミュンターの前当主のせいだ」
「お、おじ様の……」
「お前に想像出来るか? 僅か六歳で母と兄だと信じていた相手が目の前で殺される光景を。母親が血まみれで自分を庇った姿を。母親の血に染まった自分を。それを見てもお前は正気でいられるのか?」
「ぁ……」

 リシェル様の口から出たのは呻きにも似た微かな音だった。具体的にそう言われてしまえばその惨劇で自分が今まで通りでいられると断言できる人など少ないでしょうね。しかもまだ子どもの頃だもの。

「お前は前当主に上手く踊らされて利用されたんだ。いい加減に理解しろよ」
「そ、そんなことないわ! おじ様は私を実の孫のようだと言って下さったのよ!」
「そりゃあお前もナディア王女と同じ色を持っていたからな」
「…………え?」

 自分が大事にされた理由が自分以外のところにあったと言われてリシェル様が戸惑っていた。子どもの頃から可愛がってくれたらしいけれど、前当主が見ていたのは彼女自身じゃなかった。

「あの男がこれだけのことをしたのは全てナディア王女のためだ。正確にはナディア王女と自分の間に生まれた子供のためだな」
「は?」
「ヴォルフの異母兄だったゲオルグだよ。彼はゾルガー前当主の子ではなくミュンター前当主の子だ」

 リシェル様は、いえ、クラウス様もさすがに今の殿下の言葉の意味が直ぐには理解出来なかったらしい。訝しく眉をひそめていたが答えに行き着いたのか目を丸くした。

「それじゃ……フレディは……」
「あれもゾルガーの血を引いていない」
「そんな……じゃ、おじ様は……」

 前当主がしたことの意味を理解したのかリシェル様の声が震えた。

「ここで長話もなんだし後は王宮で聞くよ。連れていけ」

 殿下が面倒くさそうにそう告げると騎士たちが彼らに迫った。だけど……

「近付くな!!」

 騎士を制したのはクラウス様だった。剣を殿下に向けているけれど、それだけで反逆罪に問われるのに。それに剣を向けたところでどうにもならないわ。彼も罪人、騎士に討たれたらそこで終わりだもの。

「クラウス、いい加減に観念しなよ。そういうところだよ、君が兄上に勝てなかったのは」

 大袈裟なため息付きの殿下の言葉にクラウス様の目がつり上がった。殿下ったら、わざわざヴォルフ様のことを兄上って呼んだわよね。クラウス様を挑発しているの? 今更そんなことをしても意味がないでしょうに……

「それにしても、二人ともこれからどうする気だったんだい? この国には居場所がない。ああ、もしかしてグレシウスにでも逃げる気だった?」

 呆れた口調の殿下の言葉にクラウス様もリシェル様も反応を感じなかった。ただじっと殿下を見つめるだけ。でも、それだけで図星だったのだろうと感じた。

「グレシウスねぇ……でも、あの国に逃げても無駄だよ」

 殿下の言葉にリシェル様の表情が僅かに曇ったように見えた。

「父上が各国に通達を出したからさ。リシェル第二王女は亡くなったが、彼女の名を騙る偽物が現れた、見つけ次第捕獲して我が国に送り返すように。その者は王族殺害の容疑者、庇うなら貴国もその片棒を担ぐものとみなすってね」

 さっきまでどこか伺う様に殿下を見ていたリシェル様は表情を変えなかった。

「そう、ですか……」

 かわりに出てきたのはその一言だった。静かで諦めたような、投げやりなその言い方に嫌な予感がする……この状況で彼らに出来ることなんかないはずなのに……

「クラウス……もういいわ」
「リシェル様! しかし……! いえ……お心のままに。最後までお供仕ります」

 名を呼ばれたクラウス様は一瞬目を見開いたように見えたけれど、次の瞬間には目を伏せて彼女に向かい一礼した。何を……考えているの? そう思った瞬間、リシェル様が近くの棚に置かれていた燭台を手にした。

「リシェル、何をする気だ?」

 声をかけたのは殿下だったけれど、リシェル様は答えなかった。その横ではクラウス様が懐から何かを取り出すと、一つをリシェル様に手渡した。あれは……瓶? まさか薬?  次の瞬間、彼らの従者たちが主の前に立ってその姿を隠した。何をする気かと周りが見守る中、素早く動いたのはヴォルフ様だった。パリンと何かが割れる音がしたけれど、次の瞬間、リシェル様の手元から光が落ちて、それは床に届いた瞬間に一気に広がった。

「リシェル!!」
「火だ!! 引け! 近衛! 殿下を外へ! 急げ!!」

 殿下がリシェル様の名を呼び、珍しくヴォルフ様が声を荒げて騎士たちに命じた。さっきから騎士たちがヴォルフ様が戦闘不能にした破落戸たちを運び出していたけれどまだ終わっていなかったからだ。その間にも絨毯の上を炎が走るようにこちらに向かってくるのが見える。火の周りが速過ぎる。絨毯に何か仕掛けてあったの? そんな疑問を感じる間も王家の騎士たちが殿下を守りながら扉に向かい、気が付けば私もザーラに手を引かれて扉に向かっていた。振り返るとリシェル様とクラウス様たちの周りに腰ほどの高さの炎が上がっていた。このままではあの二人も……そう思ったら天井から何かが落ちてきた。何が起きているの? 

「ヴォルフ様!!」
「イルーゼ様、今は逃げることを優先して下さい!」

 ヴォルフ様の元に向かおうとした私をザーラが諫めた。でもあの部屋にはまだヴォルフ様がいらっしゃるわ。そう思うのにザーラの力が強くて手を振り払えない。

「旦那様は大丈夫です!」
「だけど……」
「今ここにイルーゼ様がいらっしゃっては旦那様も動けません!」

 そう言われたら何も言えなかった。足手纏いになる自覚があったから。

「旦那様は万全の準備をされています。何も心配することはございません」

きっぱりとザーラがそう言い切った。それを信じてもいいの? でも今はザーラの言葉とヴォルフ様を信じるしかない。多大な心残りを抱えながらそう念じて私は歩を進めた。



 足元にまとわりつくドレスの裾に転びそうになりながらも階段を駆け下りて玄関ホールを飛び出した。こんな時ドレスは不便だわ。ザーラのような騎士服が羨ましい。外に出るとエントランスには既に殿下と騎士が集まっていた。灯りを手にした騎士が多数いるお陰で思ったよりも明るい。

「イルーゼちゃん、無事だったか!」
「で、殿下! 私は大丈夫です。ですが、ヴォルフ様がまだ中に!!」

 騎士服の殿下はいつもよりも凛々しく見えたけれど、口調がそれを打ち消していた。いい加減私をちゃん付けで呼ぶのは止めて欲しいわ、子どもじゃないのだから。って今はそんなことよりもヴォルフ様よ。いくらお強いとはいえ相手が火では話が違うわ。私の後ろからゾルガーの騎士たちが続々とやって来るけれどヴォルフ様の姿がまだ見えない。こんなことで後れを取る人とは思えないけれど、それでも心配で胸の中に不安が暗く積もっていく……

「水を持て!!」
「急げ!!」

 ゾルガーの騎士たちが水を求めて声を荒げていた。井戸があったとの声が上がり一層騒がしくなる。慌ただしい動きの中、玄関ホールが明るくなったと思ったら、火に包まれる何かが次々と現れた。呆気に取られて皆がそれを見ている中、騎士たちが水をかけたのか程なくして再び暗闇がその場に広がった。

「ヴォルフ様!?」



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