上 下
150 / 196

国王陛下の呼び出し

しおりを挟む
 舞踏会は恙なく再開された。あの後陛下が音楽を望まれ、陛下ご夫妻と王太子ご夫妻がダンスを踊られ、舞踏会は最初から仕切り直しになった。私たちも陛下たちの後にダンスを踊り、挨拶へと移った。陛下たちからは騒ぎに巻き込んで申し訳なかったと謝罪されたけれど、私はヴォルフ様の危機が一つ減ったことの嬉しさが勝って一度目よりもずっとすっきりした気分だったわ。

 その後も色んな方がヴォルフ様を気にかけていたけれど、ヴォルフ様は通常運転のままそれらを黙殺していた。実際王族に戻れるわけでもないから当然よね。舞踏会も終盤に差し掛かったところで王宮の文官らしい人が声をかけてきた。国王陛下がお呼びだという。私も一緒にと言われたのでご友人と歓談中のフレディ様に声をかけて、アベルを伴って文官の後に続いた。

 案内されたのは会場から少し離れた応接室だった。ヴォルフ様によると陛下が内々に貴族と話をするために使っている部屋で、広めの応接間という感じだった。室内の内装も調度も華やかで重厚な雰囲気のゾルガー邸とは趣が違う。室内には大きな楕円形のテーブルがあり、広い方の辺には二、三人がかけられそうなソファが一対、その間には一人掛けのソファが二つずつ置かれている。奥のソファには陛下と王妃様が並んで座り、その奥隣りには王太子殿下と妃殿下が、その反対側にはブレッケル公爵エーリック様が座っておられた。婚約者のアマーリエ様の姿は見えない。

「やぁ、兄上」
「お待ちしていました」

 親しそうに嬉しそうに話しかけてきたのは、陛下たちの両脇に座っていた王太子殿下とブレッケル公爵だった。立ち上がってこちらにやって来て私たちを陛下たちの向かいのソファに案内してくれた。お二人共やけに機嫌がいいわ。

「その呼び方はよせ」
「釣れないことを仰る。ようやく兄上と呼べるようになったのに」
「そうですよ。ずっとこの日を待ち望んでおりましたから」

 確かにこの三人は実の兄弟なのよね。こうして見ると色が違うせいで似ているとは思わない。殿下もブレッケル公爵も顔立ちが王妃様に似ているせいかしら。ヴォルフ様は目元など顔の造形は陛下に似ていらっしゃるのよね。双子も瓜二つのこともあれば全く似ていないどころか性別すら違うこともあるというけれど、ヴォルフ様たちは後者なのね。

「陛下のお言葉をお忘れになったか。これまでと何も変わらないとの仰せだっただろう」
「わかっていますよ。でも、今日くらいはいいでしょう?」
「お断りします。臣下に示しがつきません」

 ヴォルフ様はあくまでもゾルガー侯爵家のヴォルフ様としての立場を崩さなかった。王族だった過去はなかったことにしたいらしい。

「兄上は真面目過ぎる……」
「殿下自ら世間を混乱に招く様な真似はお控え下さい。国を乱す一因ともなり兼ねません」

 嘆く王太子殿下をヴォルフ様がピシャリと跳ね除けてしまった。何故かしら、このお二人、似ているかもしれない。互いに譲らないところが。

「陛下、何のご用ですか?」

 王太子殿下を無視してヴォルフ様は陛下に話しかけた。その横で王太子殿下が冷たいんだから……と嘆いているのを妃殿下が宥めている。こんな風に思うのは不敬かもしれないけれど、王太子殿下は甘えたがりみたいね。普段は砕けていても王族らしい姿しか見ていないから意外だわ。

「イムレ、落ち着け。夫人が困っているだろう」

 陛下が笑いながら王太子殿下を諫めた。ここで私を持ち出すのは止めて欲しいわ。恐れ多い……

「ああ、イルーゼちゃん、ごめんね。嬉しくてつい」

 はにかんだような笑顔が少年みたいだった。殿下は随分とヴォフル様を慕っているのね。そんな笑顔をされると何も言えないわ。改めて座れと言われて陛下の向かい側にヴォルフ様と並んで腰を下ろした。アベルはその後ろに立つ。私だけ場違いな気がして落ち着かないわ。

「ヴォルフ、アウグストの件、すまなかったな」

 陛下が軽く頭を下げた。ヴォルフ様は最後まで出自を明かすのを反対されていたからそれへの謝罪かしら。でもあの場合は仕方なかったわ。フレディ様のことを秘すためにも前当主を黙らせる強い理由が必要だったから。

「呼んだのは他でもない。アウグストのことだ」
「左様ですか」

 やはり前当主のことなのね。そういえばあの後尋問があったのかしら?

「今なら何でも吐くからね。君が聞きたいことも聞けると思うよ」
「……では、異母兄の件で一つ」

 ヴォルフ様が王太子殿下にそう答えると陛下が側にいた騎士に前当主を呼ぶよう命じられた。近くの部屋に待機していたのか、前当主は騎士に両腕を抱えられ、更に四人の騎士に囲まれて姿を現した。

「ゾルガー……貴様……」

 ヴォルフ様が陛下のお子だと知れても前当主は憤怒の目をヴォルフ様に向けた。長年の計画が全て無になり、更にはゾルガー夫人とその子の殺害の容疑者になり果てたのだから完敗もいいところだ。そんな前当主を前にしてもヴォルフ様が表情を変えることはなかった。ブレッケル公爵の後ろ側に立たされた前当主は開き直ったのか口角を下げて憮然とした表情だった。

「ゲオルグの父親はお前か?」

 ヴォルフ様の問いに前当主は僅かに表情を動かしたが口元に力を入れて無言を通した。ヴォルフ様はそんな前当主を見てアベルに手を差し出すと、アベルは屋敷から持参してきた冊子を渡した。それをヴォルフ様はテーブルに置く。前当主が目で冊子を追った。

「これはナディア王女が遺した日記だ。ゾルガー邸の夫人の部屋の化粧台に隠されていたものだ」
「……っ!」

 前当主が息を呑むのが聞こえた。

「この日記には、お前とナディア王女が情を交わした様子が詳しく記されている。彼女はゲオルグをお前の子だと書いていた。間違いないか?」
「……ナ、ナディア様が……」

 その声には今まで聞いたことのない響きがあった。やはり前当主はナディア様を想っていたのだと思わせるには十分なものだった。

「答えろ」
「……そ、そう、です……」

 抵抗しながらも前当主はそれだけを答えた。彼もまたゲオルグ様を実子だと信じていたのだ。それがゾルガー家乗っ取りを意味している。これでミュンター家は終わりかもしれない。

「ち、ちがっ!! クソっ!! 貴様、わしに何をした? こ、こんな……!」
「自白剤だよ」

 自分の答えに呆然とした後激高した前当主に答えたのは王太子殿下だった。
「……自白、剤?」
「知らないのも無理はないよ。王家秘蔵の品だからね」

 私も違和感をずっと持っていたけれど……そういうことだったのね。あの慎重そうな人が簡単に自分の不利になることを口にするとは思えなかったから。でも、自白剤……そんなものが実際にあったなんて……知りたくなかったわ……

「な……!」
「まぁ、これでミュンター家は終わりだね。筆頭侯爵家の乗っ取りにそこの夫人と子の殺害、更には養子に入った王子の暗殺未遂の数々。極刑は覚悟しているよね? これだけの罪状を重ねてきたのだから」

 王太子殿下は険しい表情だったけれどどこか楽しそうに見えた。もしかすると感情がないヴォルフ様よりも殿下の方がずっと強く深く憤っていたのかもしれない。ヴォルフ様への態度を見ているとそんな気がするわ。

「い、一族は……一族の者は関係ない! わしがやったことだと認める。だから、だから家族は……!!」
「お家乗っ取りは関係者全員極刑。五侯爵家の当主の一人だったそなたがそれを知らなかったとは言わせぬ」

 陛下の声は低く重く、険しい眼光もヴォルフ様によく似ていた。髪と目の色を変えたらヴォルフ様に似るかしら。前当主が喚きたてる声が次第に哀願に変わっていった。アルビーナ様はどうなるのかしら? そのことを考えていると、廊下からけたたましい足音が近づいてくるのが聞こえた。陛下たちが不作法なそれに眉を顰める。足音はこの部屋の前で止まると制止する声と一大事ですと息を切らした声が聞こえた。

「ゾルガー侯爵! お屋敷から火急の使者が!」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美少年に転生しまして。〜元喪女の精霊と魔王に愛され日々!〜

三月べに
ファンタジー
 ギルドの人気受付嬢に告白をされたノークス(15)は、ピンチだと感じていた。  前世では喪女だったのに、美少年に生まれ変わって、冒険者になっていたのだ。冒険者業とギルド業をこなす、そんなノークスは精霊達に愛され、魔族にも愛される!?

溺愛されるのは幸せなこと

ましろ
恋愛
リュディガー伯爵夫妻は仲睦まじいと有名だ。 もともとは政略結婚のはずが、夫であるケヴィンがイレーネに一目惚れしたのだ。 結婚してから5年がたった今も、その溺愛は続いている。 子供にも恵まれ順風満帆だと思われていたのに── 突然の夫人からの離婚の申し出。一体彼女に何が起きたのか? ✽設定はゆるゆるです。箸休め程度にお楽しみ頂けると幸いです。

転生したら血塗れ皇帝の妹のモブでした。

iBuKi
恋愛
謀反が起きて皇帝である父は皇妃と共に処刑された。 皇帝の側室であった私の母は、皇帝と皇妃が処刑された同日に毒杯を賜り毒殺。 皇帝と皇妃の子であった皇子が、新たな皇帝として即位した。 御年十才での即位であった。 そこからは数々の武勲や功績を積み、周辺諸国を属国として支配下においた。 そこまでたったの三年であった。 歴代最高の莫大な魔力を持ち、武の神に愛された皇帝の二つ名は… ――――“魔王”である。 皇帝と皇妃を処刑し側室を毒殺した残虐さで知られ、影では“血塗れ皇帝”とも呼ばれていた。 前世、日本という国で普通の大学2年生だった私。 趣味は読書と映画鑑賞。 「勉強ばっかしてないで、たまにはコレで息抜きしてみて面白いから!」 仲の良い友人にポンっと渡されたのは、所謂乙女ゲームってやつ。 「たまにはこういうので息抜きもいいかな?」 レポートを作成するしか使用しないパソコンの電源を入れてプレイしたのは 『too much love ~溺愛されて~』 というド直球なタイトルの乙女ゲーム。タイトル通りに溺愛されたい女子の思いに応えたゲームだった。 声優の美声じゃなきゃ電源落としてるな…と思うクサイ台詞満載のゲーム。 プレイしたからにはと、コンプリートするくらいに遊んだ。 私、ゲームの世界に転生したの!? 驚いて、一週間熱を出した。 そして、そんな私は悪役令嬢でもなく、ヒロインでもなく…… 高難度のシークレットキャラ“隣国の皇帝シュヴァリエ”の妹に転生する。 強大な大国であり、幼くして皇帝に即位した男が兄…。 残虐で冷酷無慈悲から呼ばれるようになった、二つ名。 “魔王”または“血塗れの皇帝”と呼ばれている。 ――――とんでもない立場に転生したもんだわ…。 父だった皇帝も側室だった私の母も殺された。 そして、私は更に思い出す…私はこの兄に斬殺される事を。 だ、誰か助けてぇええ!(心の悲鳴) ――――この未来を知る者は私しかいない…私を助けるのは私だけ! 兄から殺されない様に頑張るしかない! ✂---------------------------- タグは後々追加するかもです… R15で開始しましたが、R18にするかこれも悩み中。 別枠を作ってそこに載せるか、このままここに載せるか。 現在、恋愛的な流れはまだまだ先のようです… 不定期更新です(*˘︶˘*).。.:*♡ カクヨム様、なろう様でも投稿しております。

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

大好きな騎士様に冷たくされていた婚約者君が召喚されてきたショタ神子に寝取られる話

豚キノコ
BL
塩対応騎士様×頭弱めの嫉妬しい婚約者君 からの 性格悪いショタ神子×婚約者君 ※受けがちょっと馬鹿っぽいですし、どちらの攻めもクズで容赦無く受けに対して酷い言葉を掛けます。 ※初っ端から♡、濁点喘ぎましましです。 ※受けがずっと可哀想な目に逢います。 展開が早いので、苦手な方は閲覧をお控えください。 タイトル通りの内容です。短く2話に分けて終わらせる予定です。 勢いに任せて書いたものですので、辻褄が合わなかったり諸々の事情で後々加筆修正すると思います。 書きたいところだけ書いたので、猛スピードで話が進みます。ショタである意味はあまりないですが、これは趣味です。大目に見ていただければ…。当然のように女性はいませんし男が男の婚約者になるような世界です。 主の性癖と悪趣味の塊ですので、恐らくメリーバッドエンドになると思います。

完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。 結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに 「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……

嫁ぎ先は悪役令嬢推しの転生者一家でした〜攻略対象者のはずの夫がヒロインそっちのけで溺愛してくるのですが、私が悪役令嬢って本当ですか?〜

As-me.com
恋愛
 事業の失敗により借金で没落寸前のルーゼルク侯爵家。その侯爵家の一人娘であるエトランゼは侯爵家を救うお金の為に格下のセノーデン伯爵家に嫁入りすることになってしまった。  金で買われた花嫁。政略結婚は貴族の常とはいえ、侯爵令嬢が伯爵家に買われた事実はすぐに社交界にも知れ渡ってしまう。 「きっと、辛い生活が待っているわ」  これまでルーゼルク侯爵家は周りの下位貴族にかなりの尊大な態度をとってきた。もちろん、自分たちより下であるセノーデン伯爵にもだ。そんな伯爵家がわざわざ借金の肩代わりを申し出てまでエトランゼの嫁入りを望むなんて、裏があるに決まっている。エトランゼは、覚悟を決めて伯爵家にやってきたのだがーーーー。 義母「まぁぁあ!やっぱり本物は違うわぁ!」 義妹「素敵、素敵、素敵!!最推しが生きて動いてるなんてぇっ!美しすぎて眼福ものですわぁ!」 義父「アクスタを集めるためにコンビニをはしごしたのが昨日のことのようだ……!(感涙)」  なぜか私を大歓喜で迎え入れてくれる伯爵家の面々。混乱する私に優しく微笑んだのは夫となる人物だった。 「うちの家族、みんな君の大ファンなんです。悪役令嬢エトランゼのねーーーー」  実はこの世界が乙女ゲームの世界で、私が悪役令嬢ですって?!  えーと、まず、悪役令嬢ってなんなんですか……?!

わがまま公爵令息が前世の記憶を取り戻したら騎士団長に溺愛されちゃいました

波木真帆
BL
<本編完結しました!ただいま、番外編を随時更新中です> ユロニア王国唯一の公爵家であるフローレス公爵家嫡男・ルカは王国一の美人との呼び声高い。しかし、父に甘やかされ育ったせいで我儘で凶暴に育ち、今では暴君のようになってしまい、父親の言うことすら聞かない。困った父は実兄である国王に相談に行くと腕っ節の強い騎士団長との縁談を勧められてほっと一安心。しかし、そのころルカは今までの記憶を全部失っていてとんでもないことになっていた。 記憶を失った美少年公爵令息ルカとイケメン騎士団長ウィリアムのハッピーエンド小説です。 R18には※つけます。

処理中です...