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伏せられていた出自

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「鎮まれ」

 陛下の一言に会場内は静まり返った。ヴォルフ様の正体を確かめようと会場内の耳が全てこちらに傾けられている。

「迷信を信じた先王がいない今なら、公表しても差し障りがなかろう」

 そう仰ると陛下は会場内を見渡した。

「そこに立つゾルガー侯爵ヴォルフと名乗る男は、わしの息子だ」

 陛下の言葉に息を呑む声があちこちで上がったけれど、驚くのは仕方がないわ。全く王家の色を受け継いでいないし、そうする理由が思い付かないもの。私も初めて聞かされた時は驚きの一言では片付けられないほどの衝撃を受けたわ。あの時はヴォルフ様が冗談を……と別の意味で驚いたくらいだもの。



 この話を聞いたのは二日前の夜だった。ミュンターの前当主が式典の出席を知ってから、ヴォルフ様は王家と連絡を取ってその対策を進めていた。

「イルーゼ、話しておきたいことがある」

 執務室に呼ばれた私にヴォルフ様はそう言って話し始めた。

「お前に話していないことがある」
「話していないこと、ですか」

 だからと言って別に不思議なことではなかった。なんせヴォルフ様はこの国を支える五侯爵家の当主、私が知らないことなんて山のようにあるのは当然だし、それを一々話していては時間がいくらあっても足りないから。それに誰だって言いたくないこともあるはず。ヴォルフ様の場合、お母様の件などもあって特にそうでしょうし。

「人から聞かされて疑心暗鬼になれば隙を生む。そうなる前に俺から話しておきたい」
「そう仰るということは、深刻なお話?」
「そうだな。俺の両親のことだ」
「ご両親の……」
「俺の親はゾルガー前当主のオスカーと第二夫人のメリアとなっているが、本当の親は国王夫妻だ」
「…………は?」

 口から出てきたのは間抜けな音だったけれど、この声を出すのですらかなりの時間を要したわ。この日聞かされた話はこれまでに聞かされた話の中でもっとも衝撃的で信じがたいものだった。

「こ、くおう、ふさい、ですか?」
「ああ。俺は王太子の双子の兄だ」
「王太子殿下の? それって……ええ? 兄ってことは……」
「本来なら、その地位に就くのは俺だったのだろうな」

 そう仰るヴォルフ様だったけれど、そこにはどんな感情も感傷も見えなかった。ただ事実を話した、それだけ。それに至った理由も経緯も普通ならば種々雑多な思いがあるはずなのにそれが一切みられない。まるで他人事のように淡々と話すヴォルフ様に胸が痛くなった。

「この話は口外無用だ。今のところは」
「勿論ですが……今のところって……では、前当主が?」
「ああ、俺は襲撃された時に死んだとされているが、それを持ち出して俺を嫌疑にかけるかもしれないし、お前をおびき寄せる餌にするかもしれない。そうなっては困るからな。それと、仮にそうなった場合、王は公表すると言った」
「そうでしたか」

 それは……先に教えて下さったのはよかったのだと思うわ。こんな話、他人の口から告げられたら動揺して冷静に動けないもの。

「俺は反対だが、お前まで狙われているからな。前当主がこの話を持ちだした場合に限ってとの条件を出した。多少煩わしいことは増えるかもしれないが、お前の安全には変えられない」

 それって私のため? いえ、期待してはだめよ。ヴォルフ様はどうすれば効果的に安全を確保できるかを考えて教えて下さっただけだから。

「事実はそうだが俺は俺だ。今更王族に戻ることはないし何も変わらない。今まで通りに接して欲しい」
「……わかりました」



 あの時の衝撃はまだ心に残っている。今までと同じにと言われても内容が内容なだけに難しいのだけど……でも、ちゃんと話して下さったことが嬉しかったし、聞いておいてよかったと今はよりそう思う。もし知らなければさっき前当主に話を振られた時、動揺して何も言い返せなかったもの。

 ヴォルフ様を見上げると私の視線に気付いてこちらを見てくれた。何も言わないけれど握られた手に少し力が加わる。それだけで安堵が広がった。このことでヴォルフ様が傷つかないかと、それだけが気がかりだわ。

「お、王家の……ま、まさか、庶子……」

 聞こえてきた声に視線を戻せば、前当主が喘ぐように陛下に答えを求めた。年齢的には王太子殿下の一つ下、他家に出しているならそう思うでしょうね。

「へ、陛下、どういうことです? 隣国の王女を妻に迎えながら……王太子殿下がお生まれになった後か? そんな時に何ということを……」
「勘違いするな。ヴォルフは王妃が産んだわしの子だ」

 前当主の非難めいた声に答えるように陛下が再度声を上げると、今度はあちこちで疑問の声が上がった。両陛下のお子ならば隠さずに公表すればよかったのにと。

「王妃様の? し、しかし……」
「ヴォルフは王太子と同時に生まれた双子の兄、本来なら王太子となるはずだった第一子だ」

 会場にいる他の貴族たちから小さな悲鳴とも感嘆とも取れる声が幾つも上がった。

「陛下、何故ですか? 第一王子なら養子に出さずとも……」

 すっかり意気消沈した前当主に変わって皆の疑問を口にしたのはアルトナー侯爵だった。

「当時、立太子もしていなかったわしには何の力もなかった。そこに生まれたのが双子、しかもこの見た目だ。どうなるか想像出来ぬか?」
「ああ、そういう……」

 陛下の言葉にベルトラム侯爵が納得の声を上げ、その場にいた年齢が高い人たちも事情を察した。先王様は独善的な方で、立太子前の陛下には何の権限も与えなかったという。そんな中で生まれたのは双子の男児。双子は小さく生まれるせいか出産に無理がかかるためか母子ともに亡くなる確率が高く敬遠され、縁起が悪いと言われている。しかもその片方が黒髪緑目となれば……

「先王の性格を知る者ならわかるだろう? あの迷信深かった父が双子の、しかも黒髪緑目の王子を生かしたと思うか?」

 百年前に国内を恐怖に染めた上げた悪虐王。王家の銀髪紫瞳を持たなかった彼はその身に残虐な本性を秘めていた。それは元々の性格なのか、不義の子ではと疑われ続けて育ったせいなのかはわからない。わかっているのは即位すると態度を一変させ、自身を侮ってきた者、気に入らぬ者を次々と粛清していった事実だけ。その治世で亡くなったのは一万人とも二万人とも言われている。貴族の多くが些細なことで処刑され、民は重い税金に喘いで餓死者の山があちこちに出来るほどだったという。

「悪虐王は王家の禁忌。あの後同じ外見を持った男児は闇に葬られたと聞く。先王も同じ考えだったろう」

 確かに先王様は選民意識が強くて、隣国出身の王妃様ですら見下していたと聞くわ。

「だがわしはそのような非道なことはしたくないと、内々にオスカー卿に相談した。彼はそれなら自分が育てようと生まれたばかりの子を王宮から連れ出してくれた。それがヴォルフだ」

 会場内の視線が一斉にこちらに向けられた。今日はこれで何度目かわからないけれど居心地が悪いわ。それでも……これでヴォルフ様への周りの評価がいい方に変わってほしいと思う。

 その後陛下はヴォルフ様には王位継承権はないこと、今後もそれは変わらないこと、これからもゾルガー家の当主であること明言された。既に王太子殿下には王子が二人いらっしゃって盤石だし、弟のエーリック様も臣籍降下されているからと。

「へ、陛下! ヴォルフ殿が陛下の御子だということは理解しました。そういうことであれば次期当主はフレディ様なのでしょうね!? ヴォルフ殿がゾルガーの血を引いていない以上、次期当主は正当な血を引くフレディ様でなければ血が途絶えてしまいます!」

 こうなってもなお前当主の口から出てきたのはフレディ様のことだった。でもそれも当然よね。彼の本来の目的はヴォルフ様の暗殺ではなくフレディ様を次の後継にすることだもの。

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