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親友との歓談
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「イルーゼ様、こちらでしたのね」
エルマ様が下がるのを見送るとリーゼ様が声をかけてきた。アウラー様の姿がないのでどうしたのかと尋ねたら知り合いと商談絡みの話で盛り上がっているのだという。リーゼ様の姿を認めたヴォルフ様が少し席を外すと言って去って行った。気を使って下さったみたいね。庭に出てさっきとは別のベンチに腰かけた。ベルトラム侯爵自慢の庭は華やかでとても見応えがあるわ。招待客が庭に作られた小径を散策する姿が見える。
「ふふっ、先ほどのやり取り、見ていましたわよ」
悪戯っぽい笑顔を浮かべてリーゼ様が声を潜めた。見られていたのね、大事な式の邪魔にならなかったかしら。
「大人気なかったわね。恥ずかしいわ」
「それは向こうですわ。でも……侯爵様の愛人になれれば恩恵も大きいですからね。愛人が正妻より幅を利かせることは珍しくありませんし」
確かにその通りで、貴族でも王族でも寵愛を得た愛人が正妻よりも力を持つことは珍しくない。時には夫が協力することもあるというわ。
「でも、ヴォルフ様よ? あの方が愛人に好き勝手させるとは思えないわ」
「私もそう思いますわ。でも……恋をすれば別人のように変わる人もいますから」
「彼女たちはそれを狙っていると?」
「そう出来ると自信がおありなのでしょうね。私には理解出来ませんけれど」
私にも理解出来ないわ。あのヴォルフ様が恋するなんて……想像出来ないけれど、そんなことになったら私なんてあっという間に排除されてしまいそうだわ。
「……ねぇ、リーゼ様……」
「はい?」
「あの……」
あの手記のことを尋ねようとしたけれど口に出来なかった。昼間だし誰に聞かれているかわからないという不安もあったけれど、何となく口にしたら負けるような気がしたから。
「あ、イルーゼ様。この前お話した本、手に入りましたの」
「本って……」
「伯爵夫人の手記ですわ」
「……え?」
ど、どうしてわかったのかしら? そんなに顔に出ていた? って、どんな顔よそれ……
「ふふっ、近いうちにお持ちしますね」
「あ、ありがとうございます」
聞きたいことがあったけれどその時でいいわよね。ここじゃ誰に聞かれるかもわからないもの。
「あら、あれは……」
リーゼ様が気に留めたのは目の前を通り過ぎた一組の夫婦だった。面識はないけれどフェルマー伯爵家の次男夫婦、だったはず。リシェル様の取り巻きのレナーテ様の義弟夫妻だ。
「長男は廃嫡、その妻のレナーテ様は実家に帰されたそうですわね」
「ええ。リシェル様の取り巻きだった方は殆どがそうなったと聞きますわ」
リシェル様が毒虫を私に仕掛けた事件は取り巻きのフェルマー小伯爵夫妻たちが主導していた。中身を知らなかったと彼らは主張したらしいけれど、知らなかったでは済まないのよね。レナーテ様は離縁されて実家に戻ったけれど居場所がなくて修道院に入られたと聞く。夫は廃籍されなかったけれど領地に送られて死ぬまで次男夫婦の補佐役に、レナーテ様が産んだお子も次男夫婦にも子がいるからと分家に養子に出されたと聞くわ。
「ロミルダ様も修道院に入られたそうですわよ」
「修道院に?」
「ええ。ミュンター領の修道院なので実際は領内の別邸で暮らしているかもしれませんけれど。ロミルダ様が修道院の生活に耐えられるとは思えませんしね」
「……確かに」
我儘でうちの姉以上に性根が腐っていたらしいし、私の婚姻式で暴言を吐いて本性が露わになった今は誰も娶りたいと思わないでしょうね。侍女たちを虐げていたことも暴露されて、ミュンター家の名も随分落ちてしまった。ロミルダ様を溺愛していた夫人は体調を崩して寝込んでいると聞くわ。今日も夫人は出席していない。
「そういえば、フィリーネ様はお元気ですの?」
「ええ、特に変わりなく過ごしていますわ」
エルマ様とリーゼ様にだけは姉のことを話してある。お腹も目立ってきて出産予定は一月ほど後。今は無事に生まれて欲しいと思うけれど、生まれた子はどうするのかしら。未婚の姉の子は庶子扱いになってしまうのよね。兄夫婦の子にする手もあったけれど、そちらにはカリーナの子がいるから難しい。もっとも、姉はガウス家の血を引いていないから実家の後継には出来ないのだけど。
「お兄様は? 熱が出て麻痺が残ったと伺いましたわ」
「ありがとうございます。まさか今になってレハール熱にかかるとは思いませんでしたわ」
実際は違うけれど、兄はレハール熱にかかったことになっている。子どもがかかる病気で、子どものうちにかかれば症状が軽く済むけれど大人がかかると稀に麻痺が残る病気。
「面会を止められたから手紙でしか状況がわからないのですが……」
「そうですね。もしうつったら大変ですもの」
レハール熱は感染性があるのかがはっきりしていないから患者が出ると暫く患者には近付かないのが一般的。実際は違うのだけど今はお義姉様にお任せしている。父も兄がああなって暫く落ち込んでいたらしいけれど、カリーナの子を兄夫婦の養子にと言われて元気になったらしい。
「次はリーゼ様の婚姻式ですわね」
式の予定は一月半後。アウラー様との仲は順調だし、エルマ様の時のように揉める心配はなさそうね。
「ええ、楽しみですわ」
「リーゼ様のことだからドレスは意匠を凝らしたものになったのでしょうね」
「ふふっ、これも商売の一環ですもの。でも、イルーゼ様やエルマ様のような形のドレスが似合わないのが残念ですわ。私もあんな最新のデザインを試したかったのに」
「そんなことを仰って。そう言いながらも今の流行とは違う物をお考えなのでは?」
「そんなことしませんわ。ちょっと工夫しましたけれど、普通のドレスですわよ」
そう言ってにこっと笑みを浮かべた。童顔だから私といると二、三歳は違って見えるのよね。リーゼ様のことだからきっと周りがあっと言うようなドレスになるのでしょうね。今から楽しみだわ。
「でも、その前に国王陛下の即位記念ですわ。大々的な舞踏会がありますもの」
「そうだったわね」
今の陛下が即位されて十五年を祝う式典が来月行われる。式典とその後に続く舞踏会はそれなりに大規模なものになる予定。今回は王太后様が亡くなったばかりだから予定よりは縮小されたと聞くけれど、国内行事では最も大掛かりなものになる。式典は貴族の当主夫妻は基本的に全員参加、その後に続く舞踏会は強制ではないけれど当主夫妻以外にも後継や引退した前当主なども参加する。下位貴族も来るから相当な人数になるわ。王家主催の行事にゾルガー夫人として参加するのは初めてになるから、屋敷ではスージーたちが衣装の準備に張り切っていたわね。
「気が重いわ……今までは気楽な立場だったのに……」
きっと式典も舞踏会も最初から最後までいなきゃいけないのでしょうね。いえ、舞踏会は下位貴族から入場だからそこはまだ楽なのだけど……
「そうですわねぇ、筆頭侯爵夫人は王妃様や王太子妃様に続く立場ですもの。あの侯爵様が結婚したってだけでも騒ぎになりましたから。イルーゼ様を一目見ようと思う人はたくさんいそうですわ」
見世物じゃないのだけど、気になる気持ちもわかるのよね。別にヴォルフ様に近付こうとかそういうのではなく単なる好奇心だけど。
「女狐の数も増えそうですわよ」
「ええっ?」
「でもまぁ、先ほどのやり取りが広がれば弁えている方は粉なんかかけには来ないでしょうけれど」
「問題はそうでない方なのね……」
「仕方ありませんわ。そういう方は一定数いらっしゃいますから」
リーゼ様が苦笑したけれど、私も引き攣った笑みを返すしか出来なかったわ。頭が痛いわね。王族以外の方は下だと言われても、中々それにふさわしくなるのは簡単じゃないもの。いつまでもヴォルフ様に守られてばかりは心苦しいのだけど、一年やそこらでどうにかなるものじゃないのでしょうね。
エルマ様が下がるのを見送るとリーゼ様が声をかけてきた。アウラー様の姿がないのでどうしたのかと尋ねたら知り合いと商談絡みの話で盛り上がっているのだという。リーゼ様の姿を認めたヴォルフ様が少し席を外すと言って去って行った。気を使って下さったみたいね。庭に出てさっきとは別のベンチに腰かけた。ベルトラム侯爵自慢の庭は華やかでとても見応えがあるわ。招待客が庭に作られた小径を散策する姿が見える。
「ふふっ、先ほどのやり取り、見ていましたわよ」
悪戯っぽい笑顔を浮かべてリーゼ様が声を潜めた。見られていたのね、大事な式の邪魔にならなかったかしら。
「大人気なかったわね。恥ずかしいわ」
「それは向こうですわ。でも……侯爵様の愛人になれれば恩恵も大きいですからね。愛人が正妻より幅を利かせることは珍しくありませんし」
確かにその通りで、貴族でも王族でも寵愛を得た愛人が正妻よりも力を持つことは珍しくない。時には夫が協力することもあるというわ。
「でも、ヴォルフ様よ? あの方が愛人に好き勝手させるとは思えないわ」
「私もそう思いますわ。でも……恋をすれば別人のように変わる人もいますから」
「彼女たちはそれを狙っていると?」
「そう出来ると自信がおありなのでしょうね。私には理解出来ませんけれど」
私にも理解出来ないわ。あのヴォルフ様が恋するなんて……想像出来ないけれど、そんなことになったら私なんてあっという間に排除されてしまいそうだわ。
「……ねぇ、リーゼ様……」
「はい?」
「あの……」
あの手記のことを尋ねようとしたけれど口に出来なかった。昼間だし誰に聞かれているかわからないという不安もあったけれど、何となく口にしたら負けるような気がしたから。
「あ、イルーゼ様。この前お話した本、手に入りましたの」
「本って……」
「伯爵夫人の手記ですわ」
「……え?」
ど、どうしてわかったのかしら? そんなに顔に出ていた? って、どんな顔よそれ……
「ふふっ、近いうちにお持ちしますね」
「あ、ありがとうございます」
聞きたいことがあったけれどその時でいいわよね。ここじゃ誰に聞かれるかもわからないもの。
「あら、あれは……」
リーゼ様が気に留めたのは目の前を通り過ぎた一組の夫婦だった。面識はないけれどフェルマー伯爵家の次男夫婦、だったはず。リシェル様の取り巻きのレナーテ様の義弟夫妻だ。
「長男は廃嫡、その妻のレナーテ様は実家に帰されたそうですわね」
「ええ。リシェル様の取り巻きだった方は殆どがそうなったと聞きますわ」
リシェル様が毒虫を私に仕掛けた事件は取り巻きのフェルマー小伯爵夫妻たちが主導していた。中身を知らなかったと彼らは主張したらしいけれど、知らなかったでは済まないのよね。レナーテ様は離縁されて実家に戻ったけれど居場所がなくて修道院に入られたと聞く。夫は廃籍されなかったけれど領地に送られて死ぬまで次男夫婦の補佐役に、レナーテ様が産んだお子も次男夫婦にも子がいるからと分家に養子に出されたと聞くわ。
「ロミルダ様も修道院に入られたそうですわよ」
「修道院に?」
「ええ。ミュンター領の修道院なので実際は領内の別邸で暮らしているかもしれませんけれど。ロミルダ様が修道院の生活に耐えられるとは思えませんしね」
「……確かに」
我儘でうちの姉以上に性根が腐っていたらしいし、私の婚姻式で暴言を吐いて本性が露わになった今は誰も娶りたいと思わないでしょうね。侍女たちを虐げていたことも暴露されて、ミュンター家の名も随分落ちてしまった。ロミルダ様を溺愛していた夫人は体調を崩して寝込んでいると聞くわ。今日も夫人は出席していない。
「そういえば、フィリーネ様はお元気ですの?」
「ええ、特に変わりなく過ごしていますわ」
エルマ様とリーゼ様にだけは姉のことを話してある。お腹も目立ってきて出産予定は一月ほど後。今は無事に生まれて欲しいと思うけれど、生まれた子はどうするのかしら。未婚の姉の子は庶子扱いになってしまうのよね。兄夫婦の子にする手もあったけれど、そちらにはカリーナの子がいるから難しい。もっとも、姉はガウス家の血を引いていないから実家の後継には出来ないのだけど。
「お兄様は? 熱が出て麻痺が残ったと伺いましたわ」
「ありがとうございます。まさか今になってレハール熱にかかるとは思いませんでしたわ」
実際は違うけれど、兄はレハール熱にかかったことになっている。子どもがかかる病気で、子どものうちにかかれば症状が軽く済むけれど大人がかかると稀に麻痺が残る病気。
「面会を止められたから手紙でしか状況がわからないのですが……」
「そうですね。もしうつったら大変ですもの」
レハール熱は感染性があるのかがはっきりしていないから患者が出ると暫く患者には近付かないのが一般的。実際は違うのだけど今はお義姉様にお任せしている。父も兄がああなって暫く落ち込んでいたらしいけれど、カリーナの子を兄夫婦の養子にと言われて元気になったらしい。
「次はリーゼ様の婚姻式ですわね」
式の予定は一月半後。アウラー様との仲は順調だし、エルマ様の時のように揉める心配はなさそうね。
「ええ、楽しみですわ」
「リーゼ様のことだからドレスは意匠を凝らしたものになったのでしょうね」
「ふふっ、これも商売の一環ですもの。でも、イルーゼ様やエルマ様のような形のドレスが似合わないのが残念ですわ。私もあんな最新のデザインを試したかったのに」
「そんなことを仰って。そう言いながらも今の流行とは違う物をお考えなのでは?」
「そんなことしませんわ。ちょっと工夫しましたけれど、普通のドレスですわよ」
そう言ってにこっと笑みを浮かべた。童顔だから私といると二、三歳は違って見えるのよね。リーゼ様のことだからきっと周りがあっと言うようなドレスになるのでしょうね。今から楽しみだわ。
「でも、その前に国王陛下の即位記念ですわ。大々的な舞踏会がありますもの」
「そうだったわね」
今の陛下が即位されて十五年を祝う式典が来月行われる。式典とその後に続く舞踏会はそれなりに大規模なものになる予定。今回は王太后様が亡くなったばかりだから予定よりは縮小されたと聞くけれど、国内行事では最も大掛かりなものになる。式典は貴族の当主夫妻は基本的に全員参加、その後に続く舞踏会は強制ではないけれど当主夫妻以外にも後継や引退した前当主なども参加する。下位貴族も来るから相当な人数になるわ。王家主催の行事にゾルガー夫人として参加するのは初めてになるから、屋敷ではスージーたちが衣装の準備に張り切っていたわね。
「気が重いわ……今までは気楽な立場だったのに……」
きっと式典も舞踏会も最初から最後までいなきゃいけないのでしょうね。いえ、舞踏会は下位貴族から入場だからそこはまだ楽なのだけど……
「そうですわねぇ、筆頭侯爵夫人は王妃様や王太子妃様に続く立場ですもの。あの侯爵様が結婚したってだけでも騒ぎになりましたから。イルーゼ様を一目見ようと思う人はたくさんいそうですわ」
見世物じゃないのだけど、気になる気持ちもわかるのよね。別にヴォルフ様に近付こうとかそういうのではなく単なる好奇心だけど。
「女狐の数も増えそうですわよ」
「ええっ?」
「でもまぁ、先ほどのやり取りが広がれば弁えている方は粉なんかかけには来ないでしょうけれど」
「問題はそうでない方なのね……」
「仕方ありませんわ。そういう方は一定数いらっしゃいますから」
リーゼ様が苦笑したけれど、私も引き攣った笑みを返すしか出来なかったわ。頭が痛いわね。王族以外の方は下だと言われても、中々それにふさわしくなるのは簡単じゃないもの。いつまでもヴォルフ様に守られてばかりは心苦しいのだけど、一年やそこらでどうにかなるものじゃないのでしょうね。
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