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兄夫婦の訪問
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ヴォルフ様がお戻りになった後、リシェル様が生死不明になったと聞かされた。幽閉されている屋敷が火事になり、別の屋敷に移動する間に賊に襲われ、馬車ごと川に落ちたと。共にいた女性騎士が遺体で見つかり、リシェル様と侍女もまだ所在が知れなかった。
「馬車に乗っていたのが王女なら死んでいる可能性が高い。だが王女だったとの確証はない。移動は日が暮れ始めていた頃だという。身代わりを立てていても気付かなかった可能性もある」
夕方ならその可能性も否定出来ないわね。誰かがリシェル様を助け出そうとしたってことかしら? 驚きはしたけれど不思議とそんなことになっても不思議じゃない気がした。クラウス様が手助けしたのかしら? それともレナーテ様たち? あの方たちはリシェル様の暴挙に加担したことでお咎めを受けたと聞いたわ。夫のフェルマー小侯爵は廃嫡になり、レナーテ様と共に死ぬまで領地から出られず、次期当主となる弟の補佐を命じられたと聞く。身分的には平民としてだから使用人と同じ扱いで自由はないと聞いたわ。他の協力者も似たような処分をされたと聞くから彼らが逃げ出してリシェル様に手を貸したと言われても驚かないわね。
「警備は強化したが警戒は怠るな」
「わかりました」
この前の暗殺者のような例もあるから気を抜かないように気を付けなきゃいけないわね。ザーラの二の舞はごめんだわ、誰も傷ついてほしくないもの。
そのザーラだけど、ようやく医師から仕事に戻ってもいいとお墨付きが出たらしい。明日から出て来てくれるという。傷も目立たなくなったと聞いてほっとしたわ。彼女だって未婚の令嬢なのだもの。男性に興味がないと言っていたけれど、いいご縁があったら嫁いで幸せになってほしい。この屋敷にはブレンやアベルのように貴族籍を持ち有能で独身の男性が何人もいる。ティオの話では職場で縁を繋いだ人も少なくないというし。
「お前の兄から手紙が来ていた。一度話がしたいそうだ」
「それは事業の件で?」
「その様だな」
ヴォルフ様が自力で立つ覚悟があるなら訪ねてくるよう兄に言っていたけれど、その気になったのかしら。お義姉様が上手く転がしてくれたのならいいのだけど。
兄がお義姉様と共に訪ねてきたのはそれから三日後、婚姻式から十日経ってからだった。二人を迎えたのは南棟の応接室だった。ヴォルフ様は兄を信用していないのね。でも仕方ないわ、私も信用していないもの。
応接室にヴォルフ様と向かうと、既に兄とお義姉様がソファでお茶を呑んでいるところだった。私たちが座るとティオがお茶を淹れてくれた。
「それで、どうするつもりだ?」
挨拶もそこそこにヴォルフ様が切り出した。兄相手では形式的な挨拶は不要ってことね。兄は挨拶しようとしていたところを遮られて渋った顔をしたけれどヴォルフ様には逆らえない。大人しく今後の計画を説明し始めた。のだけれど……
「話が長くて要領を得ないな。もっとわかりやすく説明しろ」
早々にヴォルフ様に指摘されてしまったけれど、これに関しては兄が悪いわ。やたら勿体ぶった言い方で何を言いたいのか私も理解出来ないもの。この人、この計画を理解しているのかしらと思ってしまうくらいには。兄が顔を赤くし汗を拭きながら必死に話をまとめて説明し直した。
「話にならんな」
ヴォルフ様の答えは簡潔だった。計画の目標もそれに至るための準備も何もかもが『これから詳しく詰める』ばかりで中身がなかった。こんなの学生のレポートよりも薄くて現実味がないわ。
「しかし、侯爵様……!」
「俺が望むのは現実的に達成可能な利が見込まれる計画だ。絵空事には興味がない」
「そ、そんな言い方はないでしょう!? これでも一生懸命考えたものなのですよ!!」
兄が顔を赤くして唾を飛ばさんばかりに声を上げた。もしかして兄の能力はこの程度しかないの? だったら騙されたのも納得なのだけど、残念過ぎるわ……
「考えただけでは意味がないと言っているのだ。俺が求めているのはガウス家の負債を確実に減らし、少なくとも五年後には利益を出せるような計画だ。このやり方では十年経っても利など得られない」
ヴォルフ様は容赦なかったけれど、私でも兄の計画の薄っぺらさは理解出来たわ。ヴォルフ様が望んでいるのはもっと現実的で将来的に確実に利が出る計画。これでは助けようと思っても手が出せないわ。だって確実に失敗するとしか思えないもの。
「そんな……」
「失敗するとわかっているものに投資する気はない」
私が嫁いだことに胡坐をかいても無駄ってことよね。そんな無駄な優しさはヴォルフ様にはないわよ。
「このままでは貴殿に爵位を継がせるのは無理だろうな」
「な、何を! 我が家に嫡男は私一人です。私以外に継ぐ者など……」
兄は訳が分からないといった風にヴォルフ様を見上げた。元から察しがいい方ではないけれどこの様子からして両親の確執やカリーナに子が出来たことは知らないのかしら? 私は話していないし、父が……いえ、あの人が自分の都合の悪いことを話すとは思えないわね。
「ガウス家の後継は貴殿である必要はないということだ」
「ま、まさか、フィリーナの子が……」
「フィリーナだけとは限らんだろう。イルーゼが産んだ子でも問題はない」
「な!」
本当に想定していなかったことに驚いたわ。あんな詐欺に騙されたら普通は廃嫡、最悪勘当されて追放なのに。男子が自分だけだからとそんな可能性は少しも考えていなかったのね。
「そ、それは乗っ取りではありませんか!」
「嫁いだ娘の二人目三人目が実家の後継になるのは珍しくない。その子はゾルガーの血を引く。より優位に立つために嫁いだ娘の子を嫡子にする家など珍しくない」
そうね、上位の家に嫁いだ娘の子を後継にと望む人は一定数いるわ。それくらい血の恩恵は大きい。兄夫婦の長男よりもゾルガー家の血を引く私の次男の方が立場は強いわ。それが貴族なのよね。
「ふっ、ふざけないで下さい!! その様なこと、許されるはずがない!!」
「決めるのは貴殿ではなくガウス伯爵と王だ。前にも言ったが俺はガウス家がどうなろうと構わん。爵位を返上されてもいずれ王から取り戻してイルーゼの子に渡すくらい造作もないからな」
「な……! ゾルガー侯爵と言えどその様な暴言、受け入れ兼ねます。失礼する!!」
そう言うと兄はさっさと腰を上げて行ってしまった。お義姉様が慌てて席を立った。
「申し訳ございません、侯爵様。失礼しますわ。イルーゼ様……」
「謝るのはこちらの方ですわ。兄が手間をかけて申し訳ありません。また後日、ゆっくりいらしてください」
そう言うとお義姉様は眉を下げながら笑みを浮かべて兄を追いかけていった。交渉決裂ね、どうしようもないわ。
「ヴォルフ様、申し訳ございませんでした」
「お前のせいではない」
「ありがとうございます」
「ガウス家はこれから生まれる子に継がせる方がいいかもしれないな」
「そう、ですね」
あの様子では兄を再教育しても期待出来そうにないわね。だったら姉の子かカリーナの子を後継として育てた方がずっとマシかもしれない。それでもだめなら私の子かしら。
「子どもの資質にもよるが……どうにもならなければイルーゼ、お前の子を後継にすることも考えている」
やっぱりそうなるわね。ガウス家で育てても父か兄の複製品では意味がないもの。その場合はこの家でしっかり教育してからにしたいわ。お義姉様はともかく兄には任せられないもの。
「馬車に乗っていたのが王女なら死んでいる可能性が高い。だが王女だったとの確証はない。移動は日が暮れ始めていた頃だという。身代わりを立てていても気付かなかった可能性もある」
夕方ならその可能性も否定出来ないわね。誰かがリシェル様を助け出そうとしたってことかしら? 驚きはしたけれど不思議とそんなことになっても不思議じゃない気がした。クラウス様が手助けしたのかしら? それともレナーテ様たち? あの方たちはリシェル様の暴挙に加担したことでお咎めを受けたと聞いたわ。夫のフェルマー小侯爵は廃嫡になり、レナーテ様と共に死ぬまで領地から出られず、次期当主となる弟の補佐を命じられたと聞く。身分的には平民としてだから使用人と同じ扱いで自由はないと聞いたわ。他の協力者も似たような処分をされたと聞くから彼らが逃げ出してリシェル様に手を貸したと言われても驚かないわね。
「警備は強化したが警戒は怠るな」
「わかりました」
この前の暗殺者のような例もあるから気を抜かないように気を付けなきゃいけないわね。ザーラの二の舞はごめんだわ、誰も傷ついてほしくないもの。
そのザーラだけど、ようやく医師から仕事に戻ってもいいとお墨付きが出たらしい。明日から出て来てくれるという。傷も目立たなくなったと聞いてほっとしたわ。彼女だって未婚の令嬢なのだもの。男性に興味がないと言っていたけれど、いいご縁があったら嫁いで幸せになってほしい。この屋敷にはブレンやアベルのように貴族籍を持ち有能で独身の男性が何人もいる。ティオの話では職場で縁を繋いだ人も少なくないというし。
「お前の兄から手紙が来ていた。一度話がしたいそうだ」
「それは事業の件で?」
「その様だな」
ヴォルフ様が自力で立つ覚悟があるなら訪ねてくるよう兄に言っていたけれど、その気になったのかしら。お義姉様が上手く転がしてくれたのならいいのだけど。
兄がお義姉様と共に訪ねてきたのはそれから三日後、婚姻式から十日経ってからだった。二人を迎えたのは南棟の応接室だった。ヴォルフ様は兄を信用していないのね。でも仕方ないわ、私も信用していないもの。
応接室にヴォルフ様と向かうと、既に兄とお義姉様がソファでお茶を呑んでいるところだった。私たちが座るとティオがお茶を淹れてくれた。
「それで、どうするつもりだ?」
挨拶もそこそこにヴォルフ様が切り出した。兄相手では形式的な挨拶は不要ってことね。兄は挨拶しようとしていたところを遮られて渋った顔をしたけれどヴォルフ様には逆らえない。大人しく今後の計画を説明し始めた。のだけれど……
「話が長くて要領を得ないな。もっとわかりやすく説明しろ」
早々にヴォルフ様に指摘されてしまったけれど、これに関しては兄が悪いわ。やたら勿体ぶった言い方で何を言いたいのか私も理解出来ないもの。この人、この計画を理解しているのかしらと思ってしまうくらいには。兄が顔を赤くし汗を拭きながら必死に話をまとめて説明し直した。
「話にならんな」
ヴォルフ様の答えは簡潔だった。計画の目標もそれに至るための準備も何もかもが『これから詳しく詰める』ばかりで中身がなかった。こんなの学生のレポートよりも薄くて現実味がないわ。
「しかし、侯爵様……!」
「俺が望むのは現実的に達成可能な利が見込まれる計画だ。絵空事には興味がない」
「そ、そんな言い方はないでしょう!? これでも一生懸命考えたものなのですよ!!」
兄が顔を赤くして唾を飛ばさんばかりに声を上げた。もしかして兄の能力はこの程度しかないの? だったら騙されたのも納得なのだけど、残念過ぎるわ……
「考えただけでは意味がないと言っているのだ。俺が求めているのはガウス家の負債を確実に減らし、少なくとも五年後には利益を出せるような計画だ。このやり方では十年経っても利など得られない」
ヴォルフ様は容赦なかったけれど、私でも兄の計画の薄っぺらさは理解出来たわ。ヴォルフ様が望んでいるのはもっと現実的で将来的に確実に利が出る計画。これでは助けようと思っても手が出せないわ。だって確実に失敗するとしか思えないもの。
「そんな……」
「失敗するとわかっているものに投資する気はない」
私が嫁いだことに胡坐をかいても無駄ってことよね。そんな無駄な優しさはヴォルフ様にはないわよ。
「このままでは貴殿に爵位を継がせるのは無理だろうな」
「な、何を! 我が家に嫡男は私一人です。私以外に継ぐ者など……」
兄は訳が分からないといった風にヴォルフ様を見上げた。元から察しがいい方ではないけれどこの様子からして両親の確執やカリーナに子が出来たことは知らないのかしら? 私は話していないし、父が……いえ、あの人が自分の都合の悪いことを話すとは思えないわね。
「ガウス家の後継は貴殿である必要はないということだ」
「ま、まさか、フィリーナの子が……」
「フィリーナだけとは限らんだろう。イルーゼが産んだ子でも問題はない」
「な!」
本当に想定していなかったことに驚いたわ。あんな詐欺に騙されたら普通は廃嫡、最悪勘当されて追放なのに。男子が自分だけだからとそんな可能性は少しも考えていなかったのね。
「そ、それは乗っ取りではありませんか!」
「嫁いだ娘の二人目三人目が実家の後継になるのは珍しくない。その子はゾルガーの血を引く。より優位に立つために嫁いだ娘の子を嫡子にする家など珍しくない」
そうね、上位の家に嫁いだ娘の子を後継にと望む人は一定数いるわ。それくらい血の恩恵は大きい。兄夫婦の長男よりもゾルガー家の血を引く私の次男の方が立場は強いわ。それが貴族なのよね。
「ふっ、ふざけないで下さい!! その様なこと、許されるはずがない!!」
「決めるのは貴殿ではなくガウス伯爵と王だ。前にも言ったが俺はガウス家がどうなろうと構わん。爵位を返上されてもいずれ王から取り戻してイルーゼの子に渡すくらい造作もないからな」
「な……! ゾルガー侯爵と言えどその様な暴言、受け入れ兼ねます。失礼する!!」
そう言うと兄はさっさと腰を上げて行ってしまった。お義姉様が慌てて席を立った。
「申し訳ございません、侯爵様。失礼しますわ。イルーゼ様……」
「謝るのはこちらの方ですわ。兄が手間をかけて申し訳ありません。また後日、ゆっくりいらしてください」
そう言うとお義姉様は眉を下げながら笑みを浮かべて兄を追いかけていった。交渉決裂ね、どうしようもないわ。
「ヴォルフ様、申し訳ございませんでした」
「お前のせいではない」
「ありがとうございます」
「ガウス家はこれから生まれる子に継がせる方がいいかもしれないな」
「そう、ですね」
あの様子では兄を再教育しても期待出来そうにないわね。だったら姉の子かカリーナの子を後継として育てた方がずっとマシかもしれない。それでもだめなら私の子かしら。
「子どもの資質にもよるが……どうにもならなければイルーゼ、お前の子を後継にすることも考えている」
やっぱりそうなるわね。ガウス家で育てても父か兄の複製品では意味がないもの。その場合はこの家でしっかり教育してからにしたいわ。お義姉様はともかく兄には任せられないもの。
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